カナタとセツナ ルカとシュウの物語

を開き、耳をそばだて』

その身の何処かに、羽でも生えているかのような。

軽快な足取りで、タカタカと駆け来て、ぽすん、と火の近くに座り。

「噂通りでしたよー、カナタさん。やっぱり、なきゃ駄目でした」

忙しなく動かしていた作業の手を止めて、駆けていた自分を見詰めて来た『彼』へ、少年は、にこっと笑いながら言った。

「ご苦労様、セツナ」

──トラン共和国、という国と、デュナン、という国が存在する大陸の北西、ゼクセンの港から、南方を目指す船に乗って辿り着いたこの辺りは、とても気候が温暖で。

秋の収穫が最高潮を迎えているこの時期、夏の頃程ではないがそれでも、昼日中から焚き火を灯すような寒さに見舞われることは先ず有り得ないのに、真っ昼間から灯した焚き火の前に座り込みながら、街道の外れの、空き地とも言えぬ程度小さく開けた場所で、少年に微笑まれた『彼』──カナタ、という名の彼は、何処より帰って来たらしい少年へ、やはりにこっと微笑み掛けてから、ほんの少しだけ渋い顔をした。

「…………面倒臭いですか? それ。なら……──

彼・カナタに、セツナと呼ばれた少年は、カナタの表情の移ろいに気付き。

その面を覗き込みながら、窺うように尋ねて来たけれど。

「まあ、一寸だけね。気にしなくていいよ、口で言う程手間じゃないから」

面倒臭いと言うのなら……と、何かを言い掛けようとしたセツナをカナタは制し、止めていた手許を再び動かし始めた。

デュナン、という名を戴く王国が、この世界に打ち立てられ。

その王国を打ち立てた当人である少年王が、自国から出奔を果たしてより、数年。

両手を使って折り数えるには、そろそろ指の数が足りなくなるくらい、季節が移り変わった頃。

デュナンの少年王だった彼、セツナと。

デュナンの地に起こった戦いより遡ること三年前、トラン共和国という国を打ち立てた英雄であるカナタ・マクドールの二人は。

『あれ』から数年が過ぎても、当てがないように思える旅の途中、気候穏やかな南方を走る街道の、片隅に踞って、何やらをしていた。

「あー、いい匂いーー」

火を縢らずとも良い日中、焚き火の前でカナタがしていたことは、と或る物を煮詰める仕事で。

そんなことをしているカナタに頼まれた『御遣い』をこなしたセツナは、煮詰まっていく物の香りを嗅いで、ほわん、と呟き。

「飲む為に、こうしてるんじゃないよ」

例えるなら、「それ、いいな」という風な表情を作ったセツナを、くすくすとカナタは笑った。

「判ってますけどぉ。……一寸、温かいもの飲みたい気分で」

「……今日は結構暖かいのに? セツナやっぱり、風邪引いてるんじゃないの?」

「そんなことはないと思いますけ……────くしゅっ……」

カナタにからかわれても、煮詰まって行くそれを眺めること止めず、実はー、とセツナが今の気分を告白すれば、カナタは一転笑いを納め、じっとセツナを見遣り。

体調不良を心配された当人は、それを否定し掛ける途中で、小さなくしゃみをした。

「ほら。くしゃみなんかして」

「でも、平気ですよ?」

故にカナタは、一見して『過保護』と判る口調を取り。

セツナは、細やかに鼻を鳴らし、懐に突っ込んでいたちり紙を取り出して、くしゃくしゃと揉むと、びぃぃぃぃぃぃぃ……む、と盛大に、鼻をかんだ。

「鼻風邪ですって、鼻風邪。それよりもカナタさん。そんな面倒臭いことするくらいなら、この先の街、飛ばしちゃいません? 別に、わざわざ寄らなきゃならない用事もないですし。必需品だって、未だ尽きてないですし」

──むーーーー……と、鼻をかみ終え。

まーた、カナタさんの過保護が始まった──、内心ではそう思いつつ、ぽいっとちり紙を火の中に焼べて、セツナは言い出す。

「駄目。そんなに時間掛からないから。大人しくそこで待ってる。いいね?」

が、カナタは、相方の意見を間髪入れずに却下して。

「はぁい……」

僅か、唇を尖らせながらも、セツナは主張を引っ込めた。

今の彼等が目指そうとしている街は。

この辺りでは最も大きく最も賑やかだと、旅の道中、近在の者達に教えられた街だった。

大抵の物ならそこに行けば手に入るし、少々入手が難しい物でも、手練の商人達に話を付ければ揃えて貰えるような、大きな商業都市だよ、と。

仕事に勤しむ農夫達が、教えてくれた街。

──セツナが言った通り、別段彼等には、その街に立ち寄らなければならない、絶対の理由はない。

況してや今その街は、収穫祭を迎えている為、近くの村落の者達、遠方よりの旅人、と言った沢山の人間でごった返している。

そして、年に一度の祭りを恙無く執り行う為に、その街は今、正規の通行証を持たぬ者を招き入れない。

それ故にカナタは今、セツナ曰くの『決して仔細突っ込んじゃいけないカナタさんの沢山の特技の一つ』を駆使して、当座の目的地である街の門を潜る為の通行証の偽造に、せっせと勤しんでおり。

噂通り、門を潜るのに本当に通行証が必要なのかどうか、街の入り口近くまで行って確かめて来たセツナは、面倒臭そうなその作業を眺め、何もそんなことしなくても、と主張したのだが。

何がいけなかったのか、その原因は不明だけれど、この数日、ぐずぐずとセツナが鼻を鳴らしていて、何処となく……本当に何処となく、体調を崩しているのかも知れない程度の気配を窺わせていたので。

面倒臭い手筈を整えなければならぬくらいなら、立ち寄ることを放棄する街へ、セツナを休ませる為に寄る、と、カナタは決めてしまっていて。

飲みたい、とセツナに言わしめる程、一般的なと或る物を、コトコトと煮詰め続け。

如何とも例え難い、濁った色合いになったそれに、威勢良く、某かをしたためておいた紙切れを突っ込み。

「それだけ手の込んだこと出来るくせに、公文書偽造は『趣味』って言い張りますか、カナタさん……」

右手で作業を進めながら、左手で、ぼそっと要らぬ突っ込みをしたセツナの頬をむぎゅっと摘み。

「はい、出来たよ。通行証。──うん、今回のは結構力作。……君と僕はトランの出身で、従兄弟同士で、この国に住んでる祖父母の家に暫く身を寄せに来たって筋書きにしてあるから。……いい? セツナ」

偽造した通行証が乾くのを待って、カナタは。

「ん、熱はないね」

セツナの額の金輪を軽くずらしながら、こつんと軽く己が額を当て、体温を確かめてより立ち上がった。

「ふぁい」

摘まみ上げられた頬を撫で、焚き火を消し。

カナタの額が触れた場所を、こすこすと擦りながらセツナも又、立ち上がり。

そうして、二人は。

数日の間は逗留することになるだろう街の門を潜る為に、街道へと戻った。