馬鹿馬鹿しく騒々しい『出来事』が起こった日より、数日が過ぎ。
その街で行われる、年に一度の収穫祭も終わり。
街が、何時も通りの喧噪と静けさを、取り戻した頃。
何時の間にやら、風邪は何処かに吹き飛んだようだし、『知恵熱』も下がったみたいだし、と。
セツナの体調が戻ったらしいのを窺って、そろそろ出発しようと、カナタが言い出した。
二度目の知恵熱を出した日以来、あの騒ぎのことをカナタは口にしなくなったから、もう、「もう少し世間を知ろうね」のお小言は喰らわなくて済む、と、その点に関してセツナは、絶対の安堵を覚えてはいたけれど、正直、セツナにしてみれば『嫌な記憶』でしかないあのことを、どうしても思い出させるこの街に、これ以上留まりたくはなかったから。
「はぁい」
誰の耳にもはっきりと、喜びが滲んでいると届く返事をして、まとめ終えた荷物を手にし。
「忘れ物ないですよねー」
客室の扉前で立ち止まって彼は、室内を振り返り、くるっと見渡し。
真後ろに立っていた、カナタを見上げた。
「大丈夫。確かめたから平気だよ」
だから、眼差しを送って寄越した彼へ、カナタは頷き。
「本当に、もう平気? …………ああ、大丈夫だね、何時も通り」
この街へと立ち寄る直前、街道の外れでそうしたように、セツナの額に己がそれを当て、最後にもう一度、と、熱の下がりを確かめた。
……すれば。
ビクっと、必要以上にセツナの肩が揺れて、真円と見紛う程丸く、両の瞳は開かれ。
詰まった呼吸は、止まり。
「セツナ? どうしたの?」
息を止めていた所為か、それとも別に理由があるのか。
さあっと頬を赤くした彼より離れて、カナタは首を傾げた。
「……なっ、何でもないですっ! 何でもないんですーーーーーーっ! ホントに、ホントに何でもないんですぅぅぅっ!」
訝しげな色を浮かべる漆黒の瞳に見詰められて、セツナは声を張り上げる。
「…………セツナ?」
故に益々、カナタの声音の怪訝さは増し。
「い、行きましょう、カナタさんっ!」
ダッ……とセツナは、カナタに背を向け、部屋を飛び出して行った。
「……何を想像したんだろうね」
────宿屋の廊下を駆けて行く、彼の小さな背中を見詰め。
にっこりと、酷く喜ばしそうに、カナタは笑う。
「仕方ないよね。『見て』しまったのだし、『聞いて』しまったのだし。……もう、知らぬ振りなんて、出来ないよ、セツナ。一寸、刺激的過ぎたみたいだけどね。──教える手間が省けて、丁度良かったかな」
そうして、カナタは、ゆるりとセツナの後を追いながら。
「『意識』したってことは、『そういうこと』でしょう」
心底、愉快そうに、何時までも、笑みを納めず。
「…………愉しみだ」
一人、呟きを洩らした。
End
後書きに代えて
或る意味……否、或る意味もへったくれもなく、お下劣で御免なさい(土下座)。
……セツナ、奥手なんてもんじゃないし、そもそも、その手のこと知ろうとしないから、いっそ『現場』を見せてしまえ、と……。ええ…………。
それが一番手っ取り早いし、序でに知恵熱も出して貰え、と思ってしまい……。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。