『決着』を付けようと、始めた立ち合いの。
勝敗の軍配が、どちらかには上がった頃。
真っ青な顔をして、駆ける足音も甲高く。
今宵は宴の真っ最中である同盟軍盟主の、セツナが訓練所に飛び込んで来た。
カナタとゲオルグの、何れが勝ちを収めたのかは固より、この場所で二人が何を語らい、何をしていたのか、そのようなこと知りもしないセツナは、カナタの姿を見付けるや否や、ダッと、べそ掻き顔で抱き着いて。
「マクドールさんーーーーーーっっっ」
ぐしぐしと、何かを訴え始めた。
「どうしたの? セツナ。何か遭った?」
故に、ポン、と棍を床へ放り投げるようにして、抱き着いて来たセツナを受け止め、よしよしとカナタは、頭を撫で始めた。
「酔っ払いさん達が沢山なんです。皆結構、見境なくなっちゃってるんです。僕もう、あそこの匂い嗅いでるだけで、酔っ払いそうなのに、お酒飲めって、僕に迫って来るんですぅぅっ。でも僕、気持ち悪くなって来ちゃって……。けど、僕が抜けるのもねー、って思いますしぃ……。だから、知らない内にいなくなっちゃったマクドールさん探して来るっ! って、逃げ出して来たんです……」
カナタに慰めて貰い、益々、ぐしぐしべそべそ、気持ち悪いですぅぅぅ、とセツナは訴え。
「おやおや……。そんなに、盛況になってるんだ? ここの人達も、羽目外し始めるとキリがないねえ……」
事情を知ったカナタは、呆れ顔を作り。
「途中まで、飲み過ぎだっ! って、シュウさんは一人で怒ってたんですけど、キバさんとルカさんの二人掛かりで、宥められちゃったって言うか、丸め込まれちゃったって言うかでーーーっ。僕もう、どうしたら…………。──って、あれ? そー言えば、何してたんですか? マクドールさんとゲオルグさん」
そこで漸くセツナは、抱き着いていたカナタとゲオルグの顔、見比べることが叶った。
「ん? 一寸ね、昔話。……彼、もう、ここを去るそうだから」
「え? ゲオルグさん、行っちゃうんですか? お城、出てっちゃうんですか?」
「契約は、終わったからな」
もう、ゲオルグは行ってしまうよ、と、カナタに教えられ。
セツナが目を見開いて、伝説の剣士を見上げれば、ゲオルグは、唯、何時もの顔で頷き。
「あ、じゃあっ! じゃあ僕、お見送りしますからっ! 一寸待ってて下さい、ゲオルグさんっ! 門の所に、いて下さいねっっ」
カナタの腕の中より抜け出し、ダッッと、やって来た時同様、何処へと、セツナは駆けて行った。
「最後の最後まで、賑やかな小僧だ」
「……ま、セツナだから」
そんなセツナの背中を、二人は呆気に取られたまま見送り、顔を見合わせ苦笑し合い。
……時間だ、とでも言わんばかりに、ゆるり彼等は歩き出し。
言われた通り、城の正門へと向かった。
「ゲオルグさーーーーーんっ!」
訓練所の入口を出て、中庭を抜け、敷かれた細い石畳を伝って、のんびりのんびり、城門へと二人が辿り着けば。
商店街を抜けて来たらしいセツナが、気持ち悪さも吹き飛ばしたのか、疾風の速さで駆けて来て。
「これ、荷物になっちゃうかも知れないんですけどっっ」
彼はゲオルグに、小さな箱を手渡した。
「何だ?」
「僕が作った、チーズケーキですっ! ゲオルグさん、チーズケーキ好きだからーって、今日の昼間、こっそり焼いといた奴ですっ!」
勢い、それを受け取って、首を傾げたが。
にこにこ微笑みながら、中身をセツナが告げたから、『小さな彼』へと笑い返してゲオルグは。
「有り難く、受け取っておこう。────元気でな。達者でやれよ」
ぽん、とセツナの頭に手を置いて、くしゃり、髪を撫で。
「……カナタ。お前もな。ま、お前は、『これ』がいるから平気だろうが」
セツナへと伸ばした手を、そのまま、カナタの頭へ置き、同じように、撫で。
それきり、もう、何も言わず。
ニの太刀要らずの異名を持つ、伝説の剣士は踵を返して、城門の向こう側に広がる、夜の闇の中へと消えた。
「行っちゃいましたねー、ゲオルグさん…………」
決して、振り返ることはないだろうと、知ってはいたけれど、剣士の背中が消えるまで、手を振っていたセツナが、寂しそうに呟いた。
「そうだね。でも、又何時か、巡り会えるかも知れないしね」
大丈夫だよ、と。
軽く俯いたセツナの肩を、カナタは抱いた。
「…………そですよねっ。何時か、再会出来るかも知れませんよねっ。──じゃ、マクドールさん、皆の所、戻りましょうっ」
「そうしようか。君の姿が見えないと、皆心配するだろうし。──少し、諌めないといけないしね、酔っ払いは」
──肩を抱いてやれば、セツナが直ぐさま、消沈しそうだった気分を持ち上げてみせたから。
にっこり笑いながらカナタは、愉快そうに告げ。
でも、歩みは進めず。
「マクドールさん?」
「……………一寸だけ。ほんの、少しだけ」
両腕で、セツナの小柄な体を、深く抱き締め。
「…………セツナ……」
「マクドールさん? どうかしたんですか?」
「ううん、何でもないよ。何でもない」
彼は、セツナの薄茶色の髪の中に、頬を埋めながら。
去ってしまった伝説の剣士と。
もう、何処にもいない、最愛だった父の面影を追って。
暫し、瞼を閉じた。
End
後書きに代えて
カナタ当人は、ゲオルグさんにテオパパを重ね合わせて見ていた訳じゃないと言い張るんでしょうが、まあ、若干は。
因みに、セツナもそうです。
あ、そうそう。
カナタとゲオルグさんのやり合い、私の中では一応の勝負が付いてますが、どっちが勝ったのかは内緒です。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。