カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『「さようなら」。』

左手に握った、細い絹の腰紐と。

右手に握った、太い、やはり絹の腰帯とを。

じーーーーーー……っと、見比べ。

「……あれ? えーと、これがこうで、こうだからー……。んあ?」

どうすればいいんだっけ? ……と。

先日、この大地にった、たデュナン国という名の新国の、初代国王陛下となった、セツナは。

同盟軍の盟主としてハイランド皇国と戦っていた時も、国王となった今も、好んで着ていることの多い、何時もの身軽な服ではなくて。

鯱張った衣装を身に付けるべく、自室の姿見の前にて、悪戦苦闘していた。

「判らなくなっちゃった?」

と、そんなセツナを、こちらは何時も通りのいでたちのままいる、そして、相変わらずこの城に入り浸っている、トラン建国の英雄、カナタ・マクドールが眺めつつ、くすりと笑った。

「……はい……。昨日散々、シュウさん達に着方聴いたんですけど……。あーれー? こっちの紐で、ここ留めてー。ここは、この細い皮紐で結んでー…………。……え? でも……そうすると、この腰紐、外から見えちゃう……。何処で間違えたんだろ……。んと……」

セツナの立つ、姿見のある隅より少しばかり離れた、ベッドの上に腰掛け。

くすくすと、笑いながら自分を見遣って来る、カナタへ困った表情を返し。

彼にとっては複雑怪奇な構造をしている、お固いだけの衣装の、正しい着付け方が判らなくなった……と、ぶちぶちセツナは、独り言を零し始めた。

「動き辛そうな服だよね。着るのも面倒臭いし。…………セツナ、手伝ってあげる」

ぶつぶつぶつぶつ、零した挙げ句。

あーもー、判らないぃぃぃぃぃっ! と、セツナが癇癪を起こし始めそうになったので。

カナタは立ち上がり、少年の傍らに立った。

「…………御免なさい、カナタさん……」

寄り添い、しゅるり、衣擦れの音を立てて、手の中より腰紐と腰帯を奪って行ったカナタに、セツナはシュン、と、申し訳なさそうに言う。

「気にしなくてもいいってば。こんなの、慣れるまでは誰だって、一人でなんて、ね」

未だ、腰紐も何も結ばれていない所為で、ダラン、とセツナに纏わり付いているだけの、ズルズルした衣装の裾を捌きながら、カナタは、「はい、両手あげてー」と、小さな子供を着替えさせる時の要領で、セツナの着替えを手伝い始めた。

先程、朝日が昇って来たばかりの、未だ、朝すら浅い、この時刻。

セツナが、高が着替えに奮闘し、その手伝いをカナタがしているのは、今日が、特別な日だからだ。

起ったばかりの新国の、建国を知らしめる為の式典と、宴が催される日、という予定の組まれた、特別な日。

なので。

国王陛下は国王陛下らしく、嫌がらないで、きちんとした格好をして下さい、各市の代表者も、同盟国のトランの大統領も列席する、正式な席なのですから、と、数日前より、ぐっっさり、シュウに釘を刺されてしまったセツナは。

僕にも、立場っていうのがあるのは、じゅーぶん理解してるけど、格好で何が変わるって訳でもないのにー、と、内心では思いつつも、至極当然であるシュウ達の言い分に、反論することも出来ず、口尖らせながら、早朝より支度に勤しんでいる。

が、此度めでたく、ハイランドとの戦いに勝利を収めた同盟軍の盟主となる以前は、極普通の市井の少年であり、盟主となってからも、堅苦しい席を数多くこなすよりは、戦いのことをこなす方が先、といった事情の中にあったセツナに、ポン、と式典用の衣装のみを放り投げてさえやれば、恙無く支度は……となる筈もなく。

セツナの機嫌を宥める為にか、面倒臭いよね、と、心から同意している風な顔をしてカナタは、セツナの支度に、手を貸していた。

────此度の戦争が終わっても。

出逢ってよりこっち、日々、延々、周囲の人々が辟易する程に、セツナを『溺愛』し続けていたカナタのことだ、本当にセツナが面倒臭いと思うこと、やりたくないと思うことは、彼も又、面倒臭いだろうし、やらせたくないし……と、思っているのだろう。

でも、今回は、己がセツナの立場だったら絶対に、面倒臭いかは兎も角、やりたくない、と思うのだろうことと、己が直接の関係を持っていないから、のほほんと、そんな風に彼は、セツナに接しているのかも知れない。

…………が。

『厄災』という物は、或る日突然、降り注いで来るのが相場で。

「…………失礼しても、宜しいですかな?」

本日の式典と宴の為に、何時もよりは数段早く、デュナン湖畔の城が動き始めているとは言え、幾ら何でも、『誰か』がセツナの部屋へと訪れるには早い、今の時刻。

トントン……と、扉は叩かれ。

控えめな声と共に、カナタにとっての『厄災』が、ずいっとやって来た。

「あれ? レパン……ト? それに、アイリーンも……」

ノックと声に、セツナに代わってカナタが応えれば、するりと開かれた扉より姿を見せたのは、トラン共和国初代大統領、レパントと、その妻、アイリーンで。

「……何か遭った?」

セツナを着付ける為の腰紐を握ったまま、跪いていたカナタは立ち上がった。

今日の式典に、レパントとアイリーンが出席する話はカナタも聴いていたし、国賓として、二人が昨日からこの城に滞在しているのも知っていたから、この夫婦の存在がこの城の中にあることは、別段謎ではないけれど。

何故、今……? と、訝し気な顔を、彼は作る。

「カナタ殿」

しかし、レパントは。

不審そうなカナタの表情には、これっぽっちも気付かぬ振りをして、己が妻・アイリーンと共に、カナタの傍近くへと歩み寄った。