「おはようございまーす、レパント大統領。アイリーンさん」
近付いて来た二人に。
ほえほえと、セツナは朝の挨拶を告げたが。
「………………何……?」
カナタは到底、セツナに倣う気分にはなれなかったらしく、何処か身構える風に、一組の夫婦を見遣った。
「クレオから、預かって来た物がありますので、それをお渡ししたく。セツナ殿には御無礼かと思いましたが、参上を」
すればレパントは、口上とも思える言い回しを舌の根に乗せて。
「どうぞ」
アイリーンは、手にしていた、布で覆われた包みを、カナタへ差し出した。
「……これは?」
どうして、この、淑やかで上品な女性から、あそこまで女ったらしなシーナが産まれたのだろう、とすら、カナタにもセツナにも思えるアイリーンに、にこにこ、包みを渡されて、勢いカナタは、それを受け取ってしまう。
「正装の為の、衣装ですが」
この上もなく、物騒な何かを持たされた風に、嫌々、包みを持ったカナタへ、さらっとレパントは言って退けた。
「冗談だろう?」
「いいえ」
「…………どうして僕が、正装なんてしなければならない?」
「おや。御出席されるのではないのですか? 本日の式典に」
「しないってば。夜の宴の方は、顔出すつもりでいるけどね。酔っ払うと、絡み酒になる人達もこの城にはいるから、セツナ、心配だし…………」
「しかしですな、カナタ殿。貴方が随分と心砕かれたセツナ殿の国の、建国の為の式典に、出席されないというのは、セツナ殿がお可哀想ではありませんか?」
「……だから。例え、そうだとしても。今日一日、セツナの傍にいないと言っている訳じゃないし。それはそれ、これはこれだろう? それに。もしも僕が、式典に出席する気分になったとしても。正装する必要なんてない筈だ。僕は、個人的にセツナに手を貸しただけで、この国の為に協力した訳じゃないし、『隠居』の身の上になって久しいのに、どうして鬱陶しい正装なんか……」
「何も、正装することが、『トランよりの列席者の一人』という扱いになる訳ではありませんでしょうに。トランの代表は、儂とアイリーンです。するべき正装があるから、正装なされば、と申し上げているだけで」
「………………レパント。いい加減にしてくれないか」
────トラン共和国、初代大統領が。
微笑みを絶やさずカナタに向い、言って退けたことをとば口に。
それより暫し、カナタとレパントの押し問答は続いたが。
やがて、心底ムっとしたように、カナタは低い声で、レパントの名を呼び……が。
「そう、意地をお張りにならず。いいじゃありませんか、たまには」
夫と、かつての己が軍主とのやり合いに、何処かおっとり、アイリーンが口を挟んだ。
「……アイリーンまで、そんなことを……」
「こういう手合いのことが、お嫌なのは承知しておりますけれど。こんな、おめでたい日なのですし。今は、トラン建国の英雄でもなく、かつてのトラン解放軍々主でもなく、唯、セツナさんに助成をされたお一人として、セツナさんのお姿を見守られるのも、悪くはないと思いますよ?」
……どうして、貴女までがそんなことを、と。
さも言いたげな顔になったカナタを捕まえ、アイリーンはにこにこ、言葉を続け。
「…………今日は。『とても』特別な日じゃありませんか」
含んだような台詞を告げて、彼女はカナタを見た。
「……アイリーン…………。何が言いたい……」
故にカナタは、はあ……と、重たい溜息を吐き出し。
「お支度がお有りでしょうから、セツナさんの方は、私が手伝いますね」
トン、とアイリーンは包みを抱えたままだったカナタの背中を押して、セツナの為の腰帯や何やらを奪い。
「……えっ? えっえっえっ!?」
黙って、けれど何処か愉快そうに、事の成りゆきを見守っていたセツナは、アイリーンに手伝うと言われた途端、嘘ぉっ! とカナタの背中に隠れた。
「…………あら、どうか、しました……?」
パッと、隣国の大統領夫婦に追い出され掛けているカナタの背中に身を顰めたセツナに、アイリーンは不思議そうな顔をする。
「……あー……。──アイリーン。セツナ、そのう、ね……。まあ、その、何と言うか。良い意味で、見るからに『母親』って感じの女性に、慣れてないから。『お手柔らかに』、ね……」
己の背中に隠れてしまったセツナへ、肩越しに苦笑を送り、そういう訳だから、とカナタは告げ。
何も彼もを諦めたような顔付きになって、くいっとセツナを彼女の方に押し出し。
「さあ、そうと決まれば」
勢い込んで、カナタの襟首を引っ掴むようにして、ずるずる引き摺り歩き出したレパントに従い、彼はその部屋を出て行った。
「セツナさん。こちらを向いて下さいな」
「……………えっと……。うんと…………。──すみません、アイリーンさんにこんなこと……。あの、僕、誰か他の人に来て貰いますから…………」
愉快そうな表情を拵えていた、先程の勢いは何処へやら。
アイリーンと二人きりで部屋に残され、剰え、にこっと微笑まれてセツナは、気まずそうと言うか、照れくさそうと言うか、そんな感じで俯く。
「いいんですよ、無理矢理、あの方を追い出したのは私達なんですから」
でもアイリーンは、気にしなくても、と微笑み。
「あーのー……。どうして、カナタさんにあんなこと……?」
ままよ、とセツナは、彼女に全てを任せる腹積もりを括って、ずっと気になっていたことを尋ね始めた。
「……ああ。あれですか。────そうですねえ……。一言で言えば、『嫌がらせ』、ですわね」
「…………は? 嫌がらせ……?」
「私達だけの、ではありませんよ。三年前のトランの戦争で宿星だった、デュナンの戦争にも参加した皆からの、『嫌がらせ』ですわ。……三年前のあの時、何も言わずに消えてしまわれたあの方への、せめてもの意趣返しです。…………そう思ってやって下さいな」
すればアイリーンは、てきぱきと手許を動かしながらも、ケロリとそう言って。
「はあ………………」
何だかなー……とセツナは、首を捻りながらも。
「ま、いっか。楽しそうだし」
ボソっと本音を呟いた。