崩れ落ちるルルノイエのお城の中で、僕はジョウイに対する、とてもとても大きな怒りを感じてしまったけれど、それは一時のことだったみたいで、カナタさんに引っ張られてお城の外に出て、無事だった皆の顔を見たら何となく落ち着いて、でも、どっちにしても、天山の峠には行かなきゃ駄目だって、そう思ったから。

これから出来る新しい国を治めて下さいって、皆にそう言われても──まあ、言われるんだろうなって判ってたけど──、僕は御免なさいってして、待っててねってお願いして、カナタさんと一緒に、ジョウイの許へ向かった。

シュウさんとか、ビクトールさんとかフリックさんとかは、僕が何処かに行こうとしてるのを知ってたみたいだし、ビッキーがくしゃみして何処かに消えちゃったから、代わりに峠の入り口まで送ってねってお願いしたルックとか、その辺の皆には、何か心配掛けることになっちゃったけど……どうしても、譲れなかったから。

何が遇っても、最後の最後まで一緒にいるって言ってくれたカナタさんと、僕は、あの場所へ。

土壇場で、カナタさんには、待ってて下さいって『我が儘』言っちゃったけどね。

…………だって、いざ、この先にジョウイがいるってなったら……僕はどうしたらいいのか、判らなくなっちゃったから。

あの時も未だ、僕には幾つか、僕自身に選び取れる道があって、後悔はしない、ジョウイの望む幸せを、僕は形にするんだって、そう決めていたけれど、カナタさんこそを幸せにしたいって想いも絶対で、本当は、心の何処かで選ぶ道なんて決めていた癖に、何を選んだらいいのか、判らなくなっちゃったから。

ヒトツニナリタイ、って『始まりの紋章』──輝く盾の紋章じゃなくって──が訴えることも、ソバニ、ってカナタさんの魂喰らい──ソウルイーターの訴えることも、僕の耳には届いて来てて、なのに、そんな訴え聞きたくない、なんて思ったりもして。

もしかしたら、僕はこの場所で、カナタさんの手を離してしまうのかも知れない、そんなことさえ考えた。

………………でも……僕とカナタさんが出逢った夜、黄金の都で、『共にゆこうね』って言って、僕を『捕らえた』ように。

待ってて欲しいって僕の言葉に、少し不満そうな顔をしながらも、カナタさん、『信じているよ?』……なんて言うから。

本当は、信じているよ、じゃなくって、望んでいるよ、の方が相応しい筈なのに、わざと、信じてる、なんて言い方をしたカナタさんの言葉に、僕は又背中を押されて……押されたまま、ジョウイの前に立った。

──判らなかったよ。

どうなるのか、なんて、少しも判らなかった。

だけどジョウイの前に立った僕は、僕に言える精一杯の想いを、ジョウイに差し出したつもりだった。

確かに僕は、ジョウイも言ったように、決着を付けにあそこへ行ったけれど、戦争が終わったのに僕達が戦う必要なんてないよねって思いも本心としてあったから、それを訴えて……ううん、訴えたいことなんて、それしかなかったから、それを言葉にして。

ジョウイの望む、幸せを尋ねた。

────あの時、ジョウイが答えたことは……僕が想像していた通りの答えだった。

僕達と、ずっと一緒にいたかったけれど。でも、守りたいと思ったから。

力が欲しいと思って、強くなりたいと思って、それさえあれば、全て守れると思って。

遠くからでもいい、唯、守りたかったって、ジョウイは、そう答えた。

それが、望んだ幸せだった、って。

優しい君が、羨ましいかったんだと思うー、なんて、本音もちらっと聞かせてくれたりしながら、ジョウイは言った。

……僕にはどうしたって、もう、死んでしまいたい、としか聞こえない言葉を。

守るモノがないなら、その先に幸せなんてない。

…………ジョウイの言葉は、僕にはそう響いて仕方なかった。

──それを聞きながら、僕が考えたのは二つのこと。

僕が色んな人に、生きて罪を償って、って望んで来たように。僕もジョウイも唯の人殺しでしかないから、どんなに苦しくっても、生きて罪を償わなきゃならないって、僕はそう思ってたけど……この先に幸せなんてなくって、だとしたら、生きてなんかいたくないって、ジョウイがそう言うなら……それが、ジョウイの幸せなら、僕はこのひと時だけ、同盟軍の盟主だってことを忘れて、『僕』として、ジョウイの幸せを『叶えて』あげなきゃならないのかな。

……それが、僕が考えた、一つ目のこと。

もう一つは。

力が欲しいと思った、強くなりたいと思った、それさえあれば、全て守れると思った。

……そう感じたことがあるのは、ジョウイ、君だけじゃないよ。

力を持って、強くなって、全てを守って、『幸せ』を求めたいって、僕だって思ったよ。

力とか、強さとかの正体が何だったとしても……どうして、力が欲しい、強くなりたいって思ったの? それをジョウイ、思い出したことある?

全てを守りたかったのは、ジョウイだけじゃない。

なのにどうして…………どうして、例え、向いている先が違っても……川の向こう側とこちら側に分かたれたとしても……どうして、共に守ろう、共に守り合って行こうって、ジョウイは思ってくれなかったの………?

…………これが、僕があの時考えた、もう一つのこと……。

────だから、僕は。そんなことを考えた僕は。

ジョウイの『幸せ』を形にして、紋章の訴えにも耳を貸して、信じてるって言ったカナタさんの言葉にも応えようって。

とてもとても間違っているのかも知れない……とてもとても『欲張り』な道を、選ぶことに決めた。

ジョウイがどんなに望んでも、僕はもう、『ジョウイには守られない』。

僕が守りたいと思う人、守られたいと思う人、それはもう、ジョウイじゃなかった。

……だから。

──────後悔なんて、してない。これっぽっちも。

僕が選んだ道は、とても『冷酷』で、『残酷』な道なのかも知れないけど。

僕は、少しも後悔なんてしてない。

ジョウイが死んだこと。僕自身の手で、ジョウイの命を断ち切ってしまったこと。

…………それは、一晩中泣き濡れる程……唯、泣き続けるしかないくらい、どうしようもなく悲しいことだったけど。

それも又、『幸せ』の形の一つだって……僕は今でも信じているし……信じることにしているし……。

カナタさんと共に歩む、老いること許されない時間の世界に踏み込んだことも、『始まりの紋章』を宿したことも。

何一つとして。

……ルックなんかに言わせれば、二十七の真の紋章は、どれもこれも、宿した者に呪いだけを与える碌でもないモノってことになるらしいけど。

輝く盾の紋章が、確かに僕の『強さ』で、僕の大切な人達を癒してくれる、お便利アイテムでしかなかったように。

『始まりの紋章』も、僕にとってはやっぱり、『お便利アイテム』でしかない。

ジョウイが僕に託してくれた『命』でもあるんだろうけれど。それを否定はしないけど。

『始まりの紋章』、それは、老いること許されない時間の中で、『螢の水』のように甘い『高み』に一人立ち続けるカナタさんと共に、歩む為に必要な『道具』。

……そんな風に、今の僕には思える。

そんな風に、思うしかない、のだとしても。

────長かった、この戦争の中で。

僕の大切な人達が、本当は僕に何を望んでいたのか、始まりの紋章やソウルイーターが、僕に何を望んでいたのか。

それは僕には判らない。

バナーの村の池の畔で初めて出逢ってから数ヶ月、カナタさんが、本当は僕に『何をしたのか』も。

今の僕には判らない。

何時の日か、それが判る時も、やって来るんだろうけど。

……今になっても僕は、唯、ジョウイに『置いて行かれたくない』、そう思ってユニコーン少年隊に入った、何も判らなかったあの頃のように、何一つとして判っていないのかも知れない。

デュナンの大地を被い尽くした、この戦争が終わった今も尚。

でも、僕は確かに。

刹那の時だけを見詰めて。唯ひたすらに、幸せの為だけに歩いた。

僕と、僕の大切な人達の、『幸せ』の為に。

それだけが、今の僕に判ること。

それだけが、僕の『本当』。

そうして、今。

僕の傍らには、カナタさんがいる。

嫌な夢ばかりを見せる眠りから覚めた時、必ず隣に在って、僕の顔を覗き込んで、僕を抱き締めてくれるカナタさんが、僕の傍らにはいる。

…………遠い昔。

何も知らなくて、毎日、ナナミとジョウイの三人で笑い合って過ごしてた遠い遠い昔、僕が望んだ『幸せ』の形は、僕の手に入らなかったけれど。

カナタさんが傍にいて、カナタさんと何処までも共にゆくという『形』。

それが今の、僕の『幸せ』。

遥か遠い彼方だけを見詰めて、『甘い』場所に立ち続けるカナタさんの為だけに。

刹那の時を見詰めること。

それが、今の僕に出来る、今の僕の想いを『満たす』…………────

End

後書きに代えて

お楽しみ頂けましたら幸いです。

──キャラに注ぐ愛情は、可能な限り平等に。……などというモットーが、私にはあったりなかったりするので、一応それに従って&『千夜一夜』の方とのバランスの問題もあったので、幻水2のストーリーを駆け足で追うぞ物語を書いてみました。

カナタとセツナの話に於ける、一応の最終到達目的地点はあります。

その話を書き終えられる頃には、この悪ガキ共、一体どうなっているんだろう、と私自身不安ではありますが、その辺りまでお付き合い頂けたら幸いです。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。

最後まで、お付き合い、どうも有り難う。

2003.05.15 自室にて

海野 懐奈 拝