「あいつは、何を考えて生きているんだ?」

「………私にそれが、判ると思うか?」

「シュウにも判らないんじゃ、永遠の謎だな、カナタの思考なんて」

「一つだけ、言えるぞ。この戦争中、あいつが何をやらかしたのか、俺達には判らないが、多分それは、碌でもないことだって。…………それだけは」

──そんな風に。

ルカ、シュウ、フリック、ビクトールと言った、セツナが消えていた三日の間に天山の峠で一体何が起こったのか、それだけを知りたいと願って、存外に長くなってしまった今宵を過ごした男達が、遺憾そうに語り合った頃。

カナタは、器用にも、足音を立てずに廊下を走り、階段を駆け上がって、城の最上階にあるセツナの部屋の扉を開いた。

セツナが目覚める、と察した始まりの紋章の訴えを、魂喰らいに教えられ──何故、そこにそんな関係が生まれたのか、カナタにも判っていないが──、足早に、が、そうっと、愛しい少年の枕辺に腰掛けてみれば、悪い夢でも見たのだろうか、セツナの眦にはうっすらと涙が乗っていて。

あれだけ泣き続けたのに……とカナタは苦笑しつつ、もぞもぞと身動みじろぎを始めた小柄な体へ、静かに両腕を伸ばした。

「……ん…………──

「おはよう。未だ、夜が明けたばかりだよ?」

伸ばされた腕に抱き締められた所為で、セツナは瞼をこじ開け始め。

起きるには早いよと、カナタは囁く。

「……おはよー…ございますぅ…………」

寝ていれば? と促されたけれど、大きな欠伸を一つしてから、少年は、しっかりと目を見開いて、にこっと笑い、すりすりと、カナタの胸に縋り付いた。

「良かったあ……」

「何が?」

「何か、よく覚えてないんですけど、変な夢見ちゃったみたいなんで……。カナタさん、傍にいてくれて良かったな、って」

ムギュっとしがみ付き懐いて来た彼が、安堵の言葉を洩らしたから、何故? とカナタは問うて、セツナは問いに、夢を見た、と答える。

「ずっと、君の傍にいるよって。僕はそう言ってるじゃない。何度も」

「……ええ、ですから。カナタさんいてくれて良かったなって、しみじみ、そう思うんですよ。────僕には……カナタさんがいるんだなあ……って……そう…………」

何の夢を見たのか、その時セツナは語ってくれなかったけれど。

そんなことは聞かずともカナタには察せられ、故に、傍にいるよ、とそう言えば、だから懐いているんですー、とセツナは笑みを深め。

「…………カナタさん……」

彼は、カナタの名前を、囁きのトーンで呼んだ。

「ん?」

「カナタさん……。カナタさん…。……カナタ、さん……」

「……どうしたの?」

幾度も、幾度も、独り言のように、セツナはカナタを呼び続けて。

「カナタさん……」

「…………なぁに? セツナ」

「ここは…………『甘い』場所ですよね?」

「……え?」

「辿り着けましたよね? 甘い……甘い甘い場所に、僕、辿り着けましたよね? だから、もう。僕はもう、何処にも行かなくて、いいですよね? 何処かに行く時は、一緒ですよね? 手を伸ばせば、何時でも、カナタさん、傍にいてくれますよね……?」

────僕は。

僕は漸く、この『甘い』場所に辿り着いたから。

僕がもう、何処にも行かないように。

貴方ももう、何処にも行きませんよね?

例え、止まることが出来なくても。

止まることも出来ぬまま、衝動に駆られるようにして歩き続けるのだとしても……共に、ゆくのですよね?

…………カナタの名を、幾度となく呼び続け。

ほわっと微笑みながら。

セツナはカナタへと、『確かめる』為の言葉を紡いだ。

「忘れちゃった? セツナ」

だから、表情とは裏腹に何処か必死に言い募るセツナを、一層深くカナタは抱く。

「何を、ですか?」

「天山の峠で。僕は君に、『信じてるよ?』って、そう言わなかった? ……いい? セツナ。僕は君に、信じてるよ、と言った。それはね、君も僕を『信じて』くれてるって思っていなきゃ、言えない台詞。…………そのまま……ずうっとずうっと……僕を信じてくれて、いいんだよ」

「…………はい」

「僕は君を置いて、何処にもゆかない」

「……はい」

「大丈夫。……歩む時も、立ち止まる時も、走る時も、蹲る時も。僕は、君と共に」

小柄な体の少年を、その身の全てを以て何かから護るように、深く強く、抱き締めて。

僕が信じているように、君も僕を信じてくれればいい、と。

そう、カナタは伝え。

「セツナ? 夕べ、僕は一寸、寝そびれてしまってね。眠っていないんだ。……だから。未だ夜は明けたばかりから。一緒に、一眠りしない? 二人で眠ればきっと、嫌な夢も見ずに済む」

「……それも、いいですね。そうしましょっか」

こくり、セツナが頷いたのを見計らい、軽装になって彼は、セツナを抱き直しながらベッドへと潜り込んだ。

深く被った毛布の中で、赤ん坊を寝付かせる時のように、抱き寄せたセツナの背をポンポンと叩いてやれば、未だ眠りが足りなかったのだろうセツナは、瞬く間にうとうとし始める。

「夢すら、見なくていいよ。逝ってしまった人達の夢なんて、見なくていい。……僕が見せない」

「…………何か……言いました……?」

「何でもない。お休み、セツナ。起きたら、一緒に朝御飯食べに行こうね」

「はぁい……」

微睡み始めた横顔を眺め、細やかな独り言を呟き。

何か聞こえた……と、閉じ掛けた瞳を開いたセツナの目許を右手で被って。

布で被われた窓の向こうを満たし始めた、綺麗な朝焼けから逃れるように。

その腕の中に収めた少年だけが、己の全てであるかの如く、カナタは微かに身を丸めて、ゆるゆると、その瞼閉ざした。