それより暫しの間、そんな風に飲んじゃったら勿体無くないかな……、とヨミは思ってしまったくらい、するすると酒を飲み下していく大人二人とのやり取りに、彼は辛抱強く付き合ったが。

その部屋を訪れた本来の目的は疎か、他愛ないやり取りの最中に感じた極々普通のことすら半分も言葉に出来ず、益々、自身にも掴み切れぬ感情や衝動を持て余しつつも、仲間達に曰く『壁の花』な性分の彼には、段々、モヤモヤするこの気持ちをリノやエレノアにぶつけようとしたのは、間違いだったかも知れない、と思えてきてしまっていた。

美味そうに、そして気持ち良さそうに飲んでいる彼等の気分に、水を差すような真似をしなくても……、とも。

それでも、どうしていいか判らない感情や衝動は秘かに膨れ上がり続け、先程、リノがチロリと口にした『罰の紋章絡み云々』との言葉が、胸にチクリと刺さった際の痛みは抜けなくて、やがて、ヨミは。

このままでいたら、訳も判らず泣いてしまうかも知れない、と感じ始め、控え目に腰掛けていた椅子より静かに立ち上がった。

「ヨミ?」

「休むのかい?」

所作まで控え目だな、と言わんばかりの目をして、リノとエレノアは彼を見上げる。

「はい。もう遅いので、そろそろ」

向けられた二対の眼差しから微妙に視線を逸らして、ヨミはぎこちなく笑み、

「…………ヨミ」

けれど、自分でも不出来だと判っていた、然りとて致し方ない笑みを湛えたまま、逃げる如くに辞そうとする彼を、リノは引き止めた。

「はい?」

「明日からも、宜しくな。軍主殿。──良く寝ろよ。これからは、今まで以上に大変になる。なのに、辛くても、しんどくても、そうとは言えなくなる。それが、リーダーってのの仕事だ。だから、しっかり寝て、しっかり食え。で以て、時々だけ大人に甘えろ。お前は未だ、若いんだから」

呼ぶ声に振り返ったヨミを、ちょい、と手招いたリノは、近寄って来た彼の左手に自らの手を重ね、優しく握り込み、もう片手では、焦げ茶の髪を梳くように撫でて、

「それから、もう一寸しゃっきりしておくれ。思慮深いってのは、人としちゃ美徳だが、軍主は少しくらい傲慢でいいんだ。軍主の覚悟や決断を、支え叶える為にあたし達がいるんだ。その代わり、お前は、仲間の夢や願いを叶えればいい。どんな形であろうともね。……それじゃ、お休み。ちゃんと体を休めるんだよ。朝には軍議を開くから、そのつもりでいとくれ」

酒のグラスを摘んだ方の手で頬杖を付いたエレノアは、唯々、真っ直ぐに彼を見詰めた。

「あの…………。……えっと、お休み、なさい」

リノにそうされて、エレノアにそうされて、思わずヨミは俯く。

とてもとても、嬉しくて。

────何とか思い切り、口実を抱えてこの部屋へ踏み入ったのに、結局、言いたいことの一つも口に出来なかった。

モヤモヤした何かは薄れたけれど、自分は、様々なモノに流されているだけなのかも、との想いはいまだ消えない。

どうしたって、『人に使われる立場』しか知らない自分には、何の自信も伴ってくれない。

なのに、『逃げ道』すら何処にもない。

……でも、この人達に、こんな風に言って貰えるなら。こんな風に、罰の紋章をも恐れず、優しく頭を撫でて貰えるなら。

細やかな、されど己にとっては大きな幸せをくれる、この、大切に想える人達を。生まれ育った群島諸国を。幼い頃から夢にまで見た、本当の家族の許へも繋がっているかも知れない群島の海を。

守れると言うなら。

明日の夜明けと共に、確かに『軍主』として立とう、とヨミは決意して、俯いたまま、リノの手からもエレノアの眼差しからも逃げる風に、気恥ずかしそうに部屋から出て行った。

「色々が、慎ましいったらありゃしないね。あんなに、意志の強そうな良いをしてるってのに」

「あいつは、だから良いんだ。そりゃ、もう少しだけでも堂々としてろ、とか、ちったあ真っ当に笑え、とか、思わんでもないがな。あれでいてヨミは存外、良い意味で頑固だし、何より、他人ひとの痛みが判る奴だ。苦労性でもあるんだろうが、誰よりも、俺達の頭に相応しいと見込んでる。『諸々の事情』を抜きにしてな」

「…………リノ・エン・クルデス。もう、その辺で止めときな。今更、それ以上を言ってみたって何にもならない。言っていいことでもない。誰が何をどう思おうが、この軍は、あの子を軍主に戴いたんだ。数刻も前にね。この先、あたしやあんたが口にして許されるのは、あの子に寄せて当然の期待や想いじゃない。『それ以上のこと』だ。良くも悪くも」

「……んなこたぁ、言われなくても判ってる」

自室へ戻って行った彼には、決して聞こえぬように潜めた声で、エレノアとリノが、そう語らっていたのを知らず。

────そうして、翌日。

前日夜半の決意通り、夜明けと共に、ヨミは、群島諸国へ侵略しつつあるクールーク皇国と戦う『連合軍』の、軍主として立った。

自らの意志で。

本当に細やかな、『幸せ』の為だけに。

End

後書きに代えて

本当に久し振りに、幻水4時代の話を書いた。

確認してみたら、2006年以来だったから、えーと、2014年7月現在で、は、八年振り……? ……うわお。

…………いや、その。ヨミ@幻水4主人公が出てくる話は書く(と言うか書いている)けど、幻水4時代の話は打ち止めかなあ、と思っていた時期が、その。

んで以て、故に恐らく、他の幻水4時代が舞台の話とは、書き方その他に相違があるかと。

──えーと、それは扨措き。

ヨミが、群島の皆の衆の軍主になった際のお話。

久し振りに書いても、うちの4主の細やかさっぷりは健在。

尚、内容とタイトルを付き合わせると、主にヨミの諸々が、激しく薄暗くなると言うか、何と言うか。……御免ね、ヨミ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。