細やかに過ぎる昼間と、細やかに過ぎる夜を、幾つか越えた、その日。

彼等を乗せた巨大な船は、オベル王国の港に入港した。

戦勝を祝い、これからの群島をどうして行くのかを語る席を持つと、オベルへの航海の途中、リノがそう言い出していたから、着いたばかりの陸を、慌ただしく離れて行く仲間は、少なかったけれど。

テッドは、どの国へ向う便でもいい、次にオベルを離れる船に乗り込むと定め、波止場から出ようともしなかった。

「…………テッド」

思い思いの話に花を咲かせ、表情豊かに笑いながら、オベルの街の中心を目指し、緩やかな坂道を登って行く仲間達の中から抜け出し、波止場の片隅に、身を隠すようにしていた彼の傍らに寄ったのは、やはり、ヨミ。

「……もう、行くの?」

「……ああ」

「…………お別れ、だね」

「そうだな」

「………………何処に行くの?」

「さあな。次にここを出る、船の行き先次第だ。…………お前は、当分オベルか?」

物陰に潜む風に立つテッドの傍らに寄って、自身も又、潜む風に立ち尽くして、ぽつぽつヨミが喋り出せば、眼前の海を眺めたまま、テッドもぽつぽつ喋り出し。

「ううん……。近い内に一度、スノウや皆と、ラズリルに戻る。多分これから、群島諸国の連合が出来て、代表国にはオベルがなるだろうから、粗方のことは、リノさんが手配してくれると思うけど。僕も一応、あの軍の軍主だったから、僕に出来る後始末は、しなきゃならないと思うし。海上騎士団のこれからのこと、少しだけでも手伝っておきたいし。……スノウも、一人でラズリルに戻るの、心細いかも知れないと思うから」

「……そうか」

「うん。そうしたら、暫くは、無人島とか、モルド島とかで、のんびりしようかなって考えてる」

「…………王様が、拗ねないか?」

「……拗ねられる、かも」

「だろうな…………」

どうにも、オベルから距離を取ろうとしている様子のヨミの口振りより、この数日、ヨミがヨミが、と浮かれていたリノのことを思って、テッドは苦笑を拵えた。

「………………いきなりは、無理だよ……。そんなに急に、甘えられない。どうしたって、何時までも、傍にはいられないし。でも、一寸くらいは、甘えさせて貰うつもりでいるよ? 生きてて良かった、って、僕に、そう思わせてくれた大切な人達に、僕が貰った幸せを、返せるくらいには。…………でも……、でも……」

「……………………ヨミ」

「あっ、大丈夫! 大丈夫、僕は、大丈夫だよ。……貰った、泣く程嬉しかった幸せを、リノさん達に返して、少し甘えて、何時か僕が群島を離れても、何処かで、僕が確かに生きてる、それを信じて貰えるように。これからは、そうやって生きようと思うんだ。……だから、テッド」

テッドの頬に浮かんだ苦笑に、ヨミも又苦笑を返して、けれど、引っ込んだ苦笑の代わりに、テッドから洩れた溜息めいた声に、慌てて彼は笑う。

「何だよ」

「……約束、忘れないで……。何時までも、何時までも、僕は確かに生きてるって、元気に、幸せに生きてるって、大切な人達にそう思って貰えるように、これから僕は生きるから。何時か何処かで出逢えたらって約束……、忘れないで……?」

けれど、笑うヨミの声は、涙混じりのそれになり。

そんな、彼を眺めて。

借りを返し終え、別れるとなったこの今になって、こいつもそれなりには、表情豊かだったんだなあと、今更なことをテッドは思った。

「…………忘れない。忘れないよ。何時か、何処かで再会出来たら。それが、何年後でも、何十年後でも、何百年後でも。今度こそ、友達になろうな」

テッドとの別れを惜しんでいるのか。

それとも、例え、『どれ程の時』が流れようとも、胸に秘めた想いの為に生きて行こうと決めた、自身の未来の為なのか。

泣き笑いの顔をして、湿っぽい声を絞ったヨミに、せめても、と。

叶うかも知れない、叶わないかも知れない、どうしようもなく曖昧な約束を、それでもテッドは口にした。

自ら。

これより先、一五〇年の年月が流れたのちの、己が運命を知る由もないまま。

「…………うん」

そして、ヨミも又。

一五〇年の後、テッドが辿る、その運命を知らず、行く末を信じて頷き。

「…………船が、出るみたいだ」

「……そっか…………」

「じゃあ。又、な」

「うん。又、ね」

常夏の群島に、決して降ることない淡雪のような、薄く儚い『誓い』を交わして、テッドはヨミに背を向け。

去り行く彼の背中を、ヨミは何時までも見送った。

──一対の、翠の瞳見詰める中。

真夏の海の中へ、テッドを乗せた、真夏のみを渡る舟は、静かに発った。

叶うことない、誓いと共に。

End

後書きに代えて

幻水4の、ラスボスぶっ倒したぜ! の直後辺りから、ヨミとテッドの別れまで、の話。

という訳で、ヨミは、リノさんの息子かも知れない、な子です。

…………私はこれを、テッド&ヨミ、と言い張って良いのだろうか。

そこはかとなく、掛け算のような気がする。テッド×ヨミのような気がする…………。いや、テッド←ヨミ、か?

なのにこんな終わり方……。

──最近益々、頓に、坊ちゃんと2主君だけでなく、他の真の紋章持ち皆に、愛情注いでみたい心境なので、何処かでちょびっとは(それでも、ちょびっとか)、ヨミにも救いをあげたいとは思います、が。

……その話に辿り着けるのは、何時の日なのだろう。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。