「……僕、歌なんて歌ってたんだ」

「自覚ぐらいしろよ、馬鹿。……お前が、小さく歌なんか歌いながら、洗濯続けてるからさ。俺はてっきり、よっぽど洗濯が好きなのかと、そう思ったじゃないか」

「…………うん、そうだね。……御免、耳障りだった……?」

己も知らぬ内に、歌を口ずさんでいたのは本当かと、問い質すように見詰められたから、力強く、テッドが肯定してやれば、ヨミは、申し訳なさそうに、僅か俯き。

「そんなことはないけどな」

気にしなくても、とテッドは肩を竦めた。

「……御免ね」

「だから。謝ることなんかない。……いいんじゃないのか? お前、楽しそう……と言うか、幸せそうだったし。──慣れも、あるんだろうけど。案外お前、向いてるのかもな、こういうこと」

が、ぶっきらぼうに、気にするなとテッドが言ってやっても、申し訳なさそうなヨミの風情は消えなかったので、おどけるような態度を、テッドは取ったのだけれど。

「……そうなんだと、思う。僕自身も。…………僕も、ラズリルで育ったから。大きくなったら、海上騎士団の騎士になれたらいいなあって、そう思ってきて、実際、そうなったけど。やっぱり僕は、こういうことの方が向いているのかもって、自分でも時々思うよ」

それに返されたヨミの答えは、それまでと打って変わって、何処か重々しく。

「…………なあ、ヨミ」

「……ん?」

「お前、もしかして、元の生活に戻りたいのか? クールークと戦う軍の軍主、なんて止めて、天気がいい日には、歌を歌いながら幸せに洗濯するような、そんな生活に戻りたい、とか……?」

……故に、テッドは。

その重々しさから『何か』を汲み取って、恐る恐る。

ヨミへ、真意を尋ねた。

「………………ううん。そんなことないよ。……うん。正直ね、正直ここまで……成り行き任せだった部分、あるけど……、僕達の船の船長……延いては、軍の長になれって、リノさんに言われた時、僕は僕の意思で、それを引き受けたから。戻りたい……とは思わないよ。…………戻れないし」

「戻れない、か…………」

「……うん。……悩んだ、んだけどね。悩んだんだけど……。リノさん、誰が軍を率いて行くか、実力で決めよう、だから一騎打ち、だなんて、挑発するようなこと言ってきて、逃げ道ないなあ……って、そんなこと、ぼんやり考えたりもしたけど……」

「…………けど?」

「それで、大切な人達守れるなら、いいかな、って……」

──すれば、ヨミは。

何処となく、はにかむようになって、ボソボソ小声で告げながら、誰にも言うなと言わんばかりの目を、テッドへ向けた。

「タルやケネス達や、お前の育った、ラズリルの連中は兎も角。他の連中は、あの王様にしたって、出逢って間もなかっただろうにか?」

自分を見詰めた後、ふいっと晴天の空を見上げてしまったヨミを眺め。

その時テッドは、意地が悪いと自身にも判っている問いを重ねた。

「……あのね。僕は、もう十七歳くらいで、子供、じゃないけど。でもね」

と、青空からテッドへと、視線を戻したヨミは、益々、照れ臭そうに笑んで。

「でも……。──……やっぱり、罰の紋章のこと気にした人もいるし、今でも気にしてる人もいるし、僕のこと、認めてくれてない人とかも、いるかも知れないけど……、それでも、皆ね。僕は子供じゃないけど、リノさんとか、キカさんとか……。シグルドさんや、ハーヴェイさんや、エレノアさんとかも。皆、自分の子供や弟にそうするみたいに、何かあると、僕の頭を、くしゃって撫でてくれるんだ。……それが、幸せで……。亡くなった、海上騎士団のグレン団長が、一寸だけしてくれたことあるけど、今まで、そういうことって殆どされたことがなくって、嬉しかった。可愛がって貰えてるんだなあ、って判るから。自分でも、細やかかなって、そう思うけど、それが、幸せで、だから、皆のこと、守れるなら守りたいな……って思うよ。……あ、その……。僕が、皆のこと守る、だなんて、それは一寸、おこがましいかもだけど……」

……それを黙って聞いていたテッドが、溜息を付きたくなる程控え目に、ヨミは言った。

「お前………………」

だから、テッドは呆れを口にし掛けて……、しかし、言葉半ばで口を噤んだ。

──聞かされた話が、余りにも細やか過ぎて、泣きたくすらなった。

罰の紋章を宿し、揺るがぬ大地に根を張る大国の侵略を防ぐべく戦う軍の長が受け取った『幸せ』にしては、小さ過ぎるように思えた。

本当に、それでいいのか、と問い詰めたくなる程。

……でも。

『幸せ』とは、そのような代物なのかも知れない。

ちっぽけで、細やかで、吹けば飛ぶように、儚い。

それが、『幸せ』なのかも知れない。

…………そうだ、『幸せ』とは、『所詮』そのようなモノだ。

他人の目には、どれ程細やかに映っても、当人──ヨミにとって、それが幸せだと言うなら。

それは確かに『幸せ』で、掛け替えがないのだろう。

そして、途方もなく、『大きい』のだろう。

ヨミにとっては。

……そう、思ったから。

テッドは、口を噤んだ。

「あ……。僕、何か変な話、した……?」

──思いに駆られて、彼が言葉を打ち消したら、ヨミは不安に駆られたのか、又、首を傾げた。

「そうじゃねえよ……。──……まあ、いいや。その話は。お前がそれでいいって言うなら、それでいいと思うよ。…………処で」

「……今度は、何?」

「話、随分と脱線したけど。お前がここで、洗濯をしてる理由は判った。……で? どうして俺は、洗濯してるお前に、馬鹿面晒して付き合わされてるんだ?」

故に、テッドは彼の不安を払うように、ヒラヒラ片手を振って、少しばかり空々しく、話を変えた。

「うーん……。誰かと喋りながらする方が、楽しいかと思ったのと……、皆、賑やかだから。賑やかな人達の中に、テッド一人放り出しとくのは、テッドが可哀想かな、って思ったからかな」

変えられた話に、すんなりとヨミは乗って、にこっと、あどけなく笑った。

「…………ご親切に、どうも。……っとに。お前って、奥ゆかしいのが我が儘なのか、よく判らない奴だよな……」

「そう?」

「ああ。……ま、でも、ぼんやりしてるのも、手持ち無沙汰だから。洗濯、付き合ってやるよ」

「ホントに?」

「嘘吐いてどうすんだ。……その代わり、もう二度と、勝手に俺の服や下着、洗濯すんなよな。……あっ! 最初に言っとく、あの王様の褌は、俺は洗わないからなっっ」

あどけない、その笑みと、洗濯日和としか言い様のない空の青に免じて、嫌味と苦情を吐きながらもテッドは。

今日の処は手伝ってやるかと、胡座を解き、立ち上がった。

一歩、ヨミへと近付けば。

泡立つ水で満たされた盥の中より、石鹸の、清々しい香りがした。

──天には青。

晴天の青。

そして、目の前には、洗い掛けの洗濯物。

これも又、『幸せ』の一つだろう。

……そう掛け値無し、その時テッドには思えた。

それを、真実の言葉では、『幸せ』でなく。

『束の間の儚さ』と例えるのだと、知ってはいたけれど。

End

後書きに代えて

4主@ヨミの、細やかな幸せのお話。

ヨミは決して、家事が好きな訳ではありません。

──何と言うか、ホントこの子、細やかだなー……。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。