──『先輩』を見習って、と。

そんな科白を口にしたヨミに、冗談も言えるのか、と酷く的外れな感慨を覚えつつも。

「そういう、ヤな言い方するな、って」

ぶすっとした顔付きになったテッドは、声のトーンを低くした。

「でも、先輩は先輩」

が、ヨミは、どういう訳か幸せそうに、唯笑って。

「俺は、お前に先輩だなんて呼ばれる覚えはない」

「でも、僕の知らないこと、色々知ってるし。色々教えてくれもするし」

「お前があんまりにも、クソ真面目に生きてるからだろ? だから、仕方なく、だ。仕方なく」

「……仕方なく、でしかなかったとしても、教えてくれるんだよね? ……優しいんだね、テッドって」

ムキになっているようなテッドを、ヨミはするりといなした。

「………………もう、いい……」

だから、余りに、と言えるくらい幸せそうに笑んで、己の否定を交わし続けるヨミに、とうとうテッドは匙を投げ。

「処で、さ」

「何?」

「あの馬鹿騒ぎ、誰が始めたんだ?」

「……リノさん。今日は一寸、暑さが過ぎるから、夕涼みがてらに怪談でもしないか、って。リノさんが言い出した」

「…………何を考えてるんだかな、あの国王陛下は……」

「さあ。……でも多分、リノさんが考えてることは何時も、沢山の人が幸せになる為に出来ること、だと思うよ」

「あの王様は、楽しけりゃそれでいいって口だと思うぞ、俺は」

一言、二言。

ヨミと軽口を交わしてよりテッドは、そのままそこで、仰向けに転がった。

そんな彼の傍らで、笑み続けてはいるけれど、膝を抱えることを止めてはいなかったヨミは、相変わらず、遠い水面を見詰め続け。

「……テッド」

「何だよ」

「僕が視たり聞いたり、テッドが視てたり聞いてたりしたモノって。この世の人のものではないけれど、『この世に在るモノ』だよね? 全ての人に、視えたり聞こえたりしなくても、僕やテッドには、視えたり聞こえたりしたんだから」

「…………た、ぶん……。……そうだな。俺もお前も、確かに生きてるんだから、そういうことになるんじゃ……?」

「だったら、この世の人間に、『この世に在るモノ』を視せたり聞かせたりすることが出来る、『この世の人でない人達』って……、やっぱり、この世にいるってことなのかな?」

「そうなるんじゃないのか……?」

「だったら。この世の人でない人達──……うん、多分、言葉にするんなら、魂……って言うのかな。……それって、この世に漂うことを止めたら、何処に行くんだろう。最初から、この世を漂ってない魂って、何処に行ったんだろう。群島辺りでは、人は死んだら海に還るって、そう言うけど。……ね、テッド。魂の行方って。何処かな……?」

──ヨミは。

暗い水面の向こう側に、何かを見続けている風に、魂の行方を問い出した。

「さあ……な。そんなこと、俺にだって判らない。魂の行方が、本当にあるのかどうかも。俺達に、何も訴え掛けては来ない魂は、もしかしたら、行くべき場所に行ったんじゃなくて、そこら辺で、眠ってるだけなのかも知れないし。そもそも、魂の行くべき場所なんて、存在していないのかも知れない。…………いや、いっそ。魂の、本当の行方なんて存在してない方が、俺は有り難い」

ヨミの問い掛けに。

テッドは、そう答えた。

「………………あ。御免…………」

「謝ることなんか、ないだろ。……多分、俺が今、咄嗟に考えたことと。お前が咄嗟に考えたことは、同じだろうさ」

そうして彼は、ちらり……と、己が右手へ視線を流し。

ヨミも、やはり、ちらり……と、己が左手を見詰めた。

「…………さて。たまには、ベッドで横になるとするかな。お前も、いい加減寝ろよ。夜更かしがバレると、エレノアさんに叱られるんだろう?」

「……うん。そうだね、僕ももう、部屋に戻る」

──それぞれが、それぞれの『手』を見てしまった所為で、彼等二人の間には、一瞬、如何とも例え難い沈黙が降りたが。

それを振り払うように、少々明るい声音を放ちながら、転がしていた身を起こし、テッドが立ち上がれば。

ヨミも、それに続いて。

「じゃあな、又、明日」

「うん。明日。…………あ。テッド、良かったら明日の朝、一緒に朝御飯食べよう……?」

「朝飯? ……まあ、良いけど…………。あんまり、俺に構うな、って」

振り返れば直ぐそこにある、甲板と通路を隔てる扉を開きながら、二人は揃って、暗い、夜の水面に背を向けた。

End

後書きに代えて

? と思われた方、おられましたら申し訳ありません。

──『テッドは「かつて」、ソウルイーターを宿した所為で、霊魂を視ていた「時期があった」』。

これは、そういう話です。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。