ルイーズの店先で、未だに続いているのだろう騒ぎの喧噪は。
通路と甲板の境である扉を隔てても尚、テッドの耳に届いた。
「…………なあ、ヨミ」
だから、あの騒ぎが自分に聞こえるってことは、ヨミにも聞こえてる筈だよな、と。
暫し、無言のまま海の眺め続けてより、テッドは傍らの彼を振り仰ぐ。
「何?」
「混ざらなくていいのか?」
「混ざる? ……ああ、あの騒ぎに? ……何で?」
「お前、この船の連中と、凄く上手くやってるみたいだしさ。俺と違って、誰かを避ける必要もないだろうし? だったら、ああいう輪の中に混ざっといた方が、お前の為になるんじゃないか、って。……そう思ってさ。お前自身、楽しいだろうし」
「……そう、かな」
「一人でいるのは、そりゃ気楽だ。気も遣わなくていいし。息抜きってのが、出来るんだろうけど。真夜中、こんな風にしてたって、何時も何時も良いことばかりとは限らない。たまには、馬鹿騒ぎの中に混ざるってのも、気晴らしになるんじゃないのか?」
「……それは、そうかも知れないけど…………」
名を呼びつつ見上げた相手に、話し掛けてみれば、直ぐさまヨミは言葉を返して、語ってやった思う処に、うーん、と首を傾げたので。
テッドはピクリと、僅かに片眉を持ち上げた。
「…………何か、理由でもあんのか……?」
少しばかり困った風に小首を傾げながら、語尾を濁したヨミの態度より、『理由』があるな、とテッドは察した。
「理由、って言うか……」
すればヨミは、テッドの傍らに、踞るように腰を下ろして、曲げた両膝を、己が両腕で抱え込んだ。
「……って言うか? 何だよ。言いたくないなら、無理には聞かないけど」
「大したことじゃないよ」
「もしかして、怪談話が嫌い、とか?」
「……ううん。そういうんでもない。ガイエン海上騎士団の訓練生だった頃は、肝試しみたいなこと、タルやケネス達とやったことあるし。……夏の暑い夜に、肝試しや怪談って、割と定番だから」
「…………定番、ねえ。そうかもな」
「だから別に、幽霊が恐い、とか、嫌い、とかいう訳じゃなくて。その…………」
「その?」
「怒ら、ない……?」
そうして、彼は。
膝を抱えた腕の中に、顔を伏せるようにして。
伏せた面より、上目遣いをテッドへ向けて。
「話聞く前に、怒るか怒らないか、なんて判らねえよ」
「……………………本当に、視る、から……」
言い辛そうに、ぽつりと告げた。
「……視る? ……『本物』を?」
「うん……」
「成程……」
小声の告白に、テッドは、暗い海の水面を見詰めつつ、ボソリと答えた。
「…………多分、罰の紋章の所為だと思うんだ。これを宿すまで、『そういうの』って、視たことも聞いたこともなかったし。でも今は、そうじゃないから。色んな所に、あの…………『在
呟かれたテッドの、ボソリとしたその声に、相応しいくらい声を潜めて、ヨミは、一層俯く。
「……お前、な」
故にテッドは、少しばかり、声に苛立ちを滲ませ。
「あ、御免。怒った……?」
はっと、慌てたように、ヨミは俯かせたばかりの面を持ち上げた。
「……そうじゃない。何でお前はそこまで控え目なのか、って、一寸呆れただけだ」
「…………そっか……」
「ああ、そうだ」
「でも、それだけが理由じゃないよ?」
だが、幽霊を視る云々に、テッドが腹を立てた訳ではない、と知って彼は、ほっとしたように、表情を緩めた。
「……他に、何があるんだよ」
「この世の人でない人を視たり、この世の人でない人の声を聞いたりってするのが、当たり前になると。何となく……、そういう逸話を、『怪談』で済ますのが、申し訳ない気がして。怪談とか、肝試しとか、混ざれなくなっちゃった……」
「………………お前、真面目な性分だな」
安堵した思いに釣られたのか、軽くなったヨミの口が、理由の続きを語るのを聞いて。
テッドは、やれやれ……と、溜息を零した。
「え? 何処が?」
「全部。死んだ連中の言うことや姿に、一々耳貸して、そんな風に考えてたら、身が持たないぜ」
「………………? もしかして、テッドも、視る……?」
「……正確には、視てた、だな」
そして、目を見開いたヨミの代わりに、今度はテッドが、口を開き。
「視てた……?」
「多分、俺もお前と一緒でさ。ソウルイーターの所為……だったんだと思う。こいつを宿して暫くの頃は、そういうのを視たり聞いたりするのが、当たり前だった。……始めは、俺だって気にしたさ。死人の声や姿ってのは、色々『うるさい』し。…………俺の所為で、ソウルイーターに飲まれた人達も、俺が視たり聞いたりする姿や声の中にいるのか、って、そう思ったら、やりきれなくて堪らなかったけど……。その内段々、そんなこと考えるのにも、疲れてきてさ。もう、『目』も『耳』も、貸すのは止めよう、って。でも、どういう訳なのか、何時の頃からか、そんなもん、視ることも、聞くこともなくなって。今では大分、楽になった。──経験者が言ってるんだ、大人しく聞いとけ。……自分が、重たくなるだけだから。止めた方がいいぜ、気にするのなんか」
彼は、遣る瀬なく、肩を竦めた。
「…………そう。テッドもそうだったんだ。……そっか……。──そうだね。僕も、気にしないようにする。『先輩』のこと、見習って」
すればヨミは、酷く複雑そうな表情を拵え、でも、最後には、冗談で締めくくった。