五分丈袖の白い服の上に、赤を基調とした丈の長い上着を纏って、ふんわりとした裾のズポンを履き、黒く塗られた棍を持って、髪を、若草色のバンダナで覆い……と言った、百年の昔から余り変わってはいない、何時も通りのカナタの支度の中に、見慣れない物が混じっているのを見付け。
「へ? どうして?」
目覚めた朝、セツナはくるっと目を丸くした。
「それって……星辰剣ですよね……?」
「そうだよ」
「何で……カナタさん、星辰剣なんて持ってるんですか……?」
身体的には決して、『安らか』とは言えないだろう、己が実家にての『穏やか』な一夜を過ごし。
初夏の空の下、旅を続けよう、と身支度を整えてみれば、カナタの腰には何故か、大振りの剣が一振り帯びられていて、あれ、それって……? と、剣の正体に気付いたセツナは、しきりと首を傾げる。
「道々、訳を話してあげる。──それよりも、これからどうしようか。久し振りに、デュナンでも廻ってみる?」
『寝かし付けてやった』が為、夕べの成り行きをこれっぽっちも知らないセツナに、後でね、とカナタは微笑んだ。
「デュナン廻るって言うのは、賛成ですけど…………。──うーーーー、星辰剣持ってる理由、絶対教えて下さいよ? 僕、後で沢山、星辰剣とお話したいですし。──それにしてもカナタさん」
綺麗とも、朗らかとも例えられるようなカナタの微笑みを、胡散臭気に一瞥し、早く星辰剣を叩き起こしたい、そんな衝動に、うずうずと駆られながらもセツナは、己が実家の玄関に立ち尽くすカナタを、頭の先から爪先まで眺め。
「……腰に剣下げてるっていうのも、似合いますねー……」
しみじみと彼は、吐息を吐いた。
「そう? ありがと」
「大抵の格好、様になる、と思っちゃうのは、僕の欲目ですかね」
「元が良いから、なんじゃないの?」
そんな彼へと返されたのは、カナタの、恍けたような台詞。
「そーゆーことは、自分で言っちゃいけません」
「いいじゃない、何をどう言ってみても。──大抵の格好、様になるって、セツナは思ってくれるんだろう?」
「そりゃ、まあ」
「なら、もっとそう思って、惚れ直して?」
「………………ぶちますよ?」
──だから。
カナタのふざけた台詞を切っ掛けに、二人は朝から、馬鹿なやり取りを交わすこととなって。
「いい加減にせぬか…………」
二人を見送る為、寝不足そうな顔をし起き出して来たシエラに、とことん呆れられた。
「あ、シエラ様」
此奴らは、朝も早ようから……と、渋い顔をしてみせた彼女を、にこっとセツナは振り返る。
「もう、行くのかえ?」
「はいっ。お元気で、シエラ様。又、何処かでお会い出来た時に」
「そうじゃな。又、何処かでの。──妾も夜には、ここを経つとしよう。何時までも、ここを借り受けておる訳にもゆかぬし。『旧知の友』を、訪ねなくてはならぬしの。…………何時何処で、巡り会えるかは判らぬが……、元気で過ごすのじゃぞ、セツナ」
さようなら、と。
笑みつつも、名残惜しそうに告げるセツナの頭を撫でて、シエラは、再会を誓って。
「……じゃあ、又」
「御主も、それなりに、息災でおれ」
セツナとは対照的に、素っ気無い言葉のみを告げたカナタへも、一応彼女は言葉を放った。
「それなりに、は余計」
「それで充分じゃろう? 御主のことなぞ」
「そちらこそ、年寄りの冷や水には、どーぞ、お気を付けて」
「足を掬われぬようにな、未熟者」
そうしてそのまま彼等は、相変わらずのやり取りを交わし。
「カナタさんも、シエラ様も…………」
セツナがげんなりと項垂れたのを合図に、『応酬』を収め。
項垂れた彼も交え、三者三様の眼差しで、それぞれ、見詰め合い。
カナタも、セツナも、シエラも。
もう、何一つとして音にせぬまま、それぞれの『場所』を向き直って。
シエラは、道場の中へ。
カナタとセツナは、針葉樹生い茂る、寂れた小道の向こうへ。
己が身を、溶け込ませた。
「そうそう。何で僕が、星辰剣を持っているかって言うとね。『おばあ様』に、持ってろって渡されたからなんだよ。幽霊を視るって言うなら、お守り代わりに、それでも持ってろって」
────キャロの街の門を出て、燕北の峠へと繋がる街道を歩きながら。
カナタに、何故ここに星辰剣があるのかの、恐ろしく端折った説明をされたセツナは。
「へー……。お守り代わりに、ですか……」
唯、素直に頷いた。
「うん、そう。ま、気休めかも知れないけど、持っておけ、ってことなんだろうね、多分。吸血鬼は倒せても、『お化けさん達』まで消せるとは、限らないしねえ……。第一、そんなことに使ったら、星辰剣に文句言われそうだ」
昨夜、彼女と交わしたやり取りを、全て語る訳にはいかないから、唯々カナタは、軽い調子で説明を続け。
「あれ? でも、何でシエラ様、都合良く、星辰剣持ってたんでしょうね?」
「さあねえ。長生きな者同士、暫しの道行きでも共にしてたんじゃないの?」
気付かずとも良いことに気付き出したセツナをいなして彼は、風の所為でずれたマントを、肩より掛け直した。
「でも……ね? カナタさん」
「ん?」
「シエラ様、良い人でしょ?」
故にセツナは。
あ、まーーた何か誤魔化してる、そんな顔をしながらも、あっさりと追求を引っ込め、嬉しそうに笑い。
「…………そうだね」
「だから、今度シエラ様と再会した時には、もう、やり合わないで下さいね? シエラ様とはきっと又、何処かで会えるんですから。ああ、ルックとも、又会いたいなー」
こくり、と頷いたカナタへ彼は、夢見るような口調で言った。
「……案外、早く。彼女とは再会するかも知れないね。……その時は、セツナの忠告守って、『極力』、言葉を選んでみるとするよ。ルックと再会出来た時にもね、『出来る限り』、我慢はしてみる」
──だからその時。
カナタは、夢や、希望や、望み、と言った、彼等にとってみれば、何処までも『儚く』在るだけなのかも知れぬモノを、その胸に浮かべたのだろうセツナの為に、そんなことを言ったけれど。
計らずも、彼が告げた通り。
『人々』の再会は、遠い未来の話ではなかった。
『運命』が、導いたかのように。
End
後書きに代えて
カナタ&セツナの、百年後の旅路のお話でした。デキ上がってより『初めて』の、彼等の旅路とも言えるんでしょう、多分。
さて、彼等の旅は今後、どうなることやら。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。