カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『魂喰らい』
切っ掛けは。
百年以上、その出で立ちに殆ど変化を与えなかったトラン共和国建国の英雄カナタ・マクドールの腰に、夜の紋章の化身である星辰剣が帯びられるようになったことだった。
真の紋章をその身に宿し、不老と化したカナタと共に、百年の上世界を放浪して来た、やはり、真の紋章をその身に宿し、不老と化したデュナン建国の英雄セツナが、「……あ、そう言えば……」と考えるようになった切っ掛けは、カナタが、九〇〇年以上の時を生きた吸血鬼の始祖シエラに、持っていろ、と星辰剣を手渡されたことにあった。
──その日より遡ること、二、三週間程前のこと。
生と死を司る紋章──ソウルイーターとも、魂喰らいとも渾名される紋章を宿した所為で、『死霊』を見遣るようになった、と言うなら、少なくとも『夜』に属する『死霊』くらいは星辰剣が討ち果たしてくれるだろうと、初夏のキャロの街にて、カナタはシエラに剣を渡された。
シエラが、『気に喰わない人間』であるカナタにそんな行為を為したのは、様々な理由で解放された際、カナタの魂喰らいが『本能』を擡げて、カナタにとって最も大切な存在であるセツナを『喰らわない』ように、という想いから来たことで、彼女の行いに甘えこそしたものの、その成り行きの全てを、カナタはセツナには語らず、
「ま、所謂、護符代わりってことなんじゃないの?」
と、誤魔化しの理由を告げていたのだが、「多分、ソウルイーターのことが関係してるんだろうなあ……」程度の察しを付けることなど、セツナには容易だったから。
再会を果たしたシエラと別れた後、久方振りに、己が打ち建てた国、デュナンの街々を廻りながらセツナは、「ああ、星辰剣って、そういう使い方も出来るんだなあ……」としみじみ感じ入った後、ふと、記憶の中に埋もれていた懐かしい日々の一コマを思い出した。
今は亡きハイランド皇国と、セツナ率いる同盟軍が、この大地の平和の為に……とは言え、血で血を洗う争いを繰り広げていた頃。
デュナン湖の畔に構えられていた本拠地の図書館にて、後に学園都市グリンヒルのニューリーフ学園長となった司書のエミリアにせがんで見せて貰った、一冊の本を読み耽った時のことを。
……その時、セツナがエミリアに貸し出して貰った本は、トラン共和国の建国譚だった。
当時より、懐いて懐いて止まなかったカナタの故郷であるトランにて起こった革命の顛末を、セツナはどうしても読んでみたく。
トラン解放軍の軍主だったカナタ自身が教えてくれた件の革命の仔細が、歴史書の中ではどんな風に綴られているのかも知りたく。
あの頃のセツナには少々難解な言い回しをされていた堅苦しい本を、一晩掛けて、彼は読破した。
…………その。
どうして、もっと判り易い言葉で書いてくれないのかなー、と思うこと頻りだった、が、それでも最後まで興味深く読むことは敵った歴史書の、最終章辺りに綴られていたことを、百年と数年振りにセツナは思い出したのだ。
────トラン共和国建国物語の最終章。
そこには、赤月帝国最後の皇帝、バルバロッサ・ルーグナーのことが描かれていた。
歴史の中では『継承戦争』と呼ばれている、赤月帝国にて起こった内乱時、バルバロッサが、真なる覇王の紋章の化身である、竜王剣なる剣を携え、継承戦争を制したことも。
真なる覇王の紋章は、他の紋章──それが、二十七の真の紋章であったとしても──の全ての効力を無と化す能力を有していたらしいことも。
竜王剣に宿った覇王の紋章の力を借り、解放軍々主──即ちカナタに、バルバロッサ自身が最後の戦いを挑んだことも。
本の中には記載されていた。
………………それを。
本当に、ふっ……とセツナは思い出した。
そして、あの頃カナタが聞かせてくれた、解放戦争の『想い出話』とも合致するそれを振り返って、彼は。
星辰剣を『そんな風』に使うことが出来るなら、もしかしたら、バルバロッサが持っていたという竜王剣を携えていたら、口にすることは決してないけれど、カナタが心の何処かで怯えているかも知れない魂喰らいの呪いを打ち消せるかも知れない、と。
そんなことを考えるようになった。
但、己の記憶が正しければ、トラン解放戦争の終わり、ウィンディという女宮廷魔導師と共に、バルバロッサがグレッグミンスター城の空中庭園から身投げして自害した折、竜王剣も、ウィンディが宿していたという門の紋章の『表相』も行方不明となった筈だから、探すと言っても……と、一人、くるくると思案を深めた彼は、デュナン湖畔に今も建つ、かつては己の城だったあそこの図書館なら、行き方知れずの紋章の手掛かりが綴られている本の一つでも、あるかも知れない、と淡い期待を抱き。
大昔はノースウィンドゥと呼ばれていたその城に近い、サウスウィンドゥの街に逗留していた、という事情に背中を押され。
『一寸、デュナンのお城まで行って来ます。直ぐ帰って来ますからー』
そんな風に簡潔に認めた置き手紙のみを逗留中の宿屋の客室に残し、思い立ったが吉日思考を発揮して、『生涯の道連れ』であるカナタが買い出しに出掛けていた隙に、セツナは一人、百年前、確かに彼の『我が家』であった、今でも彼の胸の中では『我が家の一つ』である城へと向かった。