「………………風邪引いたら、責任取って下さいね」

「それは勿論、幾らだって」

「……ホントですかぁ……?」

「大丈夫、嘘なんて吐かない。も、それはそれは、手取り足取り、甲斐甲斐しく」

「あー…………そーゆー意味じゃなくってですね。カナタさんが思ってる責任、じゃなくって、僕が思ってる責任、取って下さいね、って意味ですけど。……判ってます?」

……結局。

カナタ曰くの、その気にさせたのはセツナの方なんだから、との『理由の所為』で。

セツナが、カナタとの『お付き合い』より解放されたのは、一晩中降り続いた激しい雨が止んだ、明け方だった。

その頃にはもう、燃え残りを再利用した焚き火の火も落ちてしまい。

冷えた体を暖める物はなく。

が、かと言って、一晩中情事に溺れた後の躰で、服を着るのも嫌だったし、で。

背に腹は変えらぬとセツナは、カナタの記憶が正しければ、その洞穴より少し行った処にあるという、小川だか池だかより、カナタに水を汲んで来て──足腰が立たなくなっていたセツナに、自力でそこへ向かうことは叶わなかったから──貰い。

冷たいの何のとぼやきながら、躰を浄め始めた彼は、この所為で風邪引いたら、何とかして下さいね、カナタさん、と、ぶちぶち、訴えた。

「……大体、何で一晩中……。だから獣って言われるんですよ……」

「そう言われてもねえ。……でも、セツナ。こういうことって、連帯責任って言わない?」

「いいとか嫌とかの、選択権が僕にもあったら、そりゃーあ連帯責任って言うんでしょうけど。……何時、僕に選択権ありました? 何時っっ! 僕に選択の余地があったとっ!」

「…………嫌って、言わなかったじゃない」

「……ええ、言いませんでした。……言いませんでしたよ……。言えませんでした……」

セツナより、少しばかり離れた場所で、改めて身支度を整えながら、ああ言えばこう言うカナタを、ちろりと眺めて詰り、溜息付き付き。

「いいですけどね……。そりゃ、いいですけど……。本気で嫌だったら、しませんけどねぇぇぇぇぇぇ……」

カクリ、セツナは項垂れる。

「ん、もう……。直ぐ、拗ねるんだから、セツナは。──もう『極力』、外ではしないようにするから。機嫌直して?」

だからカナタは、身を浄め終わったセツナへ近付いて、綺麗な笑みを浮かべながら、恋人の顔を覗き込んだ。

「……直しますよ、機嫌なんか直ぐに。…………カナタさんの『極力』なんて、信じてませんけど」

故に。

セツナはもう一度だけ、盛大な溜息をわざと零し。

仕方のない人ですねえ……と、呆れたように笑った。

「いいです。惚れた弱味ですから」

「それは、僕の台詞だと思うけどね」

「好き放題やる人の、何処に弱味があると」

「ん? 全部。……判ってる? 僕はセツナの全てに弱いってこと」

「…………だと良いですけどね」

ほんわり、と笑ったセツナに、カナタは両腕を伸ばして。

手を差し伸べて来たカナタに、セツナはされるがままに。

狭い洞穴の片隅で、彼等は暫し、抱き合った。

「歩ける? 無理そうなら、抱いて行ってあげるけど?」

「……遠慮します。ゆっくり行って貰えれば、何とかなりますから」

「おや、残念。──じゃあ、セツナの支度出来たら行こうか。今夜は、宿を見付けたいしね」

「そですね。僕も今夜は、ゆっくり寝たいです」

「………………嫌味?」

「判ってるじゃないですか、カナタさん」

──抱擁を交わし。

接吻を与え合ってから身を離し。

そろそろ、旅路に戻ろうか、と二人は、何処までもふざけた口調でやり合いながら、その洞穴を後にすることに決めた。

まとめた荷物をカナタが持って。

支度の終わったセツナも立ち上がり。

それぞれ、マントに身を包んで彼等は、洞穴の乾いた土の上より、ぬかるんだ山道へと踏み出す。

「今夜には、トランですね」

「ああ、久し振りにね」

「村か町か、ありましたっけ? この山の向こう側。……お腹空いてるんですよねー。街道沿いで、何か食べられるといいなあ…………」

「暖かい物がいいね。雨上がりの、今日だから」

──ぬかるみの上に、同じ速さで進む、足跡を残しながら。

朝未だ早い頃合い、霧で霞む山道を、トラン目指して下りつつ。

カナタとセツナは。

一度だけ、揃って、雨の一夜ひとよを過ごした、洞穴を振り返った。

情事の最中、カナタが洩らしたように。

もしも、刻が止まることあったら。

『幸福』を感じられる瞬間に、全てのことが終わって、全ての刻が止まったら。

何一つとしてない、あんな場所であろうとも、確かに、『幸せ』なのに。

幸福を、この身の内に留めたまま、幸せのまま、在れるのに。

それが例え、如何なる場所でも。

何一つとして、持ち得ずとも。

…………だから。

そう思う刹那も、この二人とて、あるから。

彼等は、洞穴を振り返り。

暫し、見遣り。

どちらからともなく、その手と手を繋ぎ合わせ。

そうして、祈った。

──叶わぬことは知っている。

知り過ぎる程に知っている。

けれど、もしも、叶うなら。

唯、幸福の中で。

刻よ、止まれ。

End

後書きに代えて

………………愛の営み。……だと思う。多分。

…………にしても、カナタ。元気だね(素)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。