あ、満足。

──そう思うまで波止場の露店で饅頭を食べて、そろそろ発とうかと、席より腰を上げた時。

ふと目に付いた、二人連れの少年の片方をしみじみ見遣り。

随分と、美味しそうに物を食べる子だなあと、饅頭をぱくつく彼の姿に感心して、ヨミは一瞬、動きを止めてしまった。

が、余りにも凝視してしまった為か、自分が見詰めているのに気付いたらしい、少年の片割れである様子の、やはり少年と、目と目がばっちり合ってしまって、慌てて彼は、その場より退散した。

絶対に、十代は越えていないだろう少年と、何処をどう間違っても十代半ばだろう少年の二人連れで、こんな、旅人ばかりが行き交う波止場の片隅でああしているのは、彼等には彼等の都合という奴があるからだろうし、都合があるのだろう彼等をじっと凝視してしまったこちらを、抱えている事情如何によって彼等は、必要以上に警戒するかも知れないと。

露店より一目散に退散して、暫く行った所で立ち止まり、振り返り、何も変わった様子がないのを確かめてから、何となく、ほっと息を付き、彼は独り言を洩らした。

「んーーー、どうしよう……」

饅頭屋の露店へ入る前、群島に戻りたいなとそう思ったのは確かだけれど、それをしてしまって本当にいいのかどうか、悩んでいる風に、一人その場に佇んだ彼は、小首を傾げて悩み出し。

「事情持ちなのは、僕も一緒だったっけ……」

不意に彼は、先程の少年達のように、自分も又、外見的には彼等とさほど歳の変わらない、事情を抱えた旅人の一人だ、と『思い出す』。

「……………………うん。海は海、だよね」

だから、改めて『己の事情』を振り返った後も、その場に佇み思案を続け、再度の独り言を発し。

桟橋の向こう側に広がる海の、紺碧色を眺めながら。

……今更、望郷の念のようなものに駆られて群島に舞い戻ったとしても、懐かしい人達が静かに眠る墓を訪ね歩くくらいしか、己にはすることはないし。

海は何処までも海で、この海も、何処かの海も、懐かしいあの海に繋がっているのだろうから、あの地へ向っても、ここに佇んでも、きっと何も変わりはしない、とそう思い直して。

「別に、何処でもいいや」

適当に、足の向くまま気の向くまま、群島ではない場所へ向おうと、幾つもの乗船受付を取り囲む人混みの中へと、ヨミは紛れて行った。

気が済むまで饅頭を食べたのか、満足そうに立ち上がった、例の黒ずくめの少年が、随分と感慨深気にセツナを見詰めているのに気付き、カナタは、少しばかりきつめの光を瞳に乗せて、少年を見詰め返してみた。

と、少年は、カナタの視線を『睨み』と受け取ったのか、バツが悪そうに、そそくさと退散して行ったので。

「見据えたつもりはなかったんだけどな……」

足早に人混みの中へと紛れて行く、黒服の背中を見送りながら、ぼそっと彼は心外そうに。

「見据えた、って? カナタさん、誰かのこと睨んだんですか? 駄目ですよ、そんな怖いことしちゃ」

すれば、彼の呟きを聞き止めてセツナは、五つ目の饅頭を頬張りながら、何処の誰だか知らないけれど、可哀想、と、同情しきりになった。

「怖いこと、って。酷い言われ様だね。言ったろう? 見据えたつもりなんか、僕にはなかった、って。……ほら、セツナがお饅頭食べたいって思った切っ掛けになったんだろう、黒服の彼。あの少年がね、まじまじセツナのこと見てたから、どうかしたのかと思って、一寸視線を合わせてみただけなんだよ。……気まずそうにされたけど」

「あー…………。それがいけなかったんだと思いますよー」

「どうして」

「カナタさんの顔立ちって、凄く整ってるし。目、切れ長ですから。馴れてない人が、ちょびっときつめにカナタさんに見詰められたら、睨まれてるって思うかもです。カナタさんの瞳、唯でさえ、『強い』ですからねー。……尤も、あの人も強そうでしたけど」

「あの若人の青い瞳も、意思が強そうなそれだった、って言うのには、僕も同感だけど。……セツナ、僕はひょっとして、君に遠回しに、目付きが悪いって言われてる?」

「カナタさんは、目付き悪くなんてないですよぅ。にっこり笑って、でも目だけ笑ってない、とかゆーのは、得意技かなー、って思いますけど……。…………って。えーーーーと。僕、又余計なこと言いました……?」

「うん」

「……御免なさい。聞き流して下さい……。もう今日は、ほっぺた痛いの嫌です……」

──件の『少年』をカナタが見詰め、見詰められた『少年』が逃げるように去って行った所為で、それより暫し、カナタとセツナの二人は、『何故、彼はそんな風に立ち去ったのか』を、馬鹿馬鹿しく語り合っていたが。

又、失言しちゃった、と、しらーっとセツナがカナタより目を逸らしたが為、その話題はそこで止まり。

「今回は、一応殊勝に謝ったから、勘弁してあげる。──さて、そろそろ行こうか、セツナ。これ以上午後が遅くなったら、船の数が減る」

やれやれ、この子は。

…………そんな風に苦笑しつつカナタは立ち上がって、小休止はお終い、と宣言した。

「はーーい。五つもお饅頭食べちゃいましたから、お腹もぽんぽんになりましたし。少し、動きましょっか」

丁度、五つ目の饅頭の最後の一口を飲み込み終えたセツナも、冷たい茶を飲み干して、倣うように立ち上がって。

「えーーと。東の方行く船でしたよね? 乗ろうって言ってたの」

「うん、そうだよ。あちらが今、一番平和そうだから」

これから先、暫くの間は漂うだろう、東方を目指して船に乗ろうと、常春の国の波止場で、ほんのひと時擦れ違った『少年』が消えて行った人混みとは又別の、大きな人混みの中へと二人混ざって行った。

────そうして、船は出て行った。

西へ、東へ、南へ、北へ。

何艘も。

その波止場を離れて。

気楽な旅人も、そうでない旅人も、数多行き交うその波止場で、擦れ違い掛けた者達が、何時の日か、本当に『擦れ違う』ことになるか否かは、今未だは、判らない。

End

後書きに代えて

何のことはない、波止場で擦れ違い掛ける真の紋章持ちな皆さんの話。

他愛のない話なんですが、どうして、ブラウザ10枚分にもなったんだろう…………。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。