カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『百年目の泡沫』
デュナンの大地にて、今は、デュナン統一戦争と呼ばれるあの戦いが続いていた頃より。
百年の月日が流れた。
あの頃、不可思議な運命に導かれ、宿星、という『煌めき』に司られ、湖畔の城に集っていた者達の殆どは、もう、この世を去った。
その戦いより遡ること三年前に終結した、トラン解放戦争の折、やはり、宿星という『業』を背負っていた者達も又、人の世の理に従い、その大半が鬼籍に入った。
人間とは、送る生涯の時間の異なる者達──例えばエルフを筆頭とする、各種族の者達や、竜、ユニコーン、グリフォン、と言った動物達、それから、二十七の真の紋章を宿した者達──は、未だこの世に健在だけれども。
そういった者達ももう、数える程しかいないから、あの頃を知る人々は皆無に等しい、と告げて差し支えないだろう。
──百年の時は決して、短くなどない。
けれど、トラン解放戦争時、解放軍のリーダーだったカナタ・マクドールと、デュナン統一戦争時、同盟軍の盟主だったセツナの二人は、あの頃確かに仲間だった……彼等がこの世から消えた今も尚、その胸の内では仲間である、懐かしい者達をはっきりと思い出せる。
内緒な、と言いながら、悪さばかりを教えてくれた、頼もしい兄のようだった傭兵コンビや。
優しかったり口煩かったり、少しばかり厄介だった、けれど何時でも支えとなってくれた軍師達や。
戦いの中に於いても、賑やかにお喋りをすること欠かさなかった、花のような少女達や。
年の頃が近かった所為か、戦友、と言うよりは、悪友、と言った方が相応しかったろう少年達や。
歴史に今尚名を残す歴戦の勇者達、鮮やかな詠唱を唱えてみせた魔法使い達、城内の雑事を引き受けてくれた淑女達、体を労ってくれた医師達、城内で店を開いてくれていた商人達、酒が好きだった者達、騒ぐことが好きだった者達。
……勿論、あの戦いの最中失ってしまった、大切だった人々のことも。
敵と看做して戦った者達のことも。
カナタもセツナも、百年の時が過ぎ行きた今でも、鮮明に、思い起こすこと叶う。
…………けれど。
懐かしい彼等の殆どは、もう、この世の者に在らず。
確かに彼等は、鬼籍の人だったから。
……バナーの村の池の畔で、カナタとセツナが出逢ってより、丁度百年目を迎えたその日を。
彼等は、懐かしい人々への祈りを捧げながら迎えた。
全てのことが始まった、黄金の都。
懐かしき、麗しの都、グレッグミンスターにて。
西の空へと沈んで行く、朱色の夕日を眺めながら。
「この街、又少し、大きくなりません?」
宿の客間の、開け放たれた窓辺より、眼下に広がる黄金の都へ、セツナが感嘆を洩らした。
「あー、そうかもね。……うん、大きくなったかな。この前ここに立ち寄ったのは、何年前のことだったかな……えーと、ああ二十年は前の話か。なら、大きくなっててもおかしくはないか。ま、尤も、僕がここで暮らしていた頃とは比べようもない程大きくなったから、今更何とも思わないけどね」
ほえ……と、夕日の朱に埋め尽くされる町並みに、溜息さえ零すセツナの隣に立って、カナタはくすくすと笑った。
──黄金の都、グレッグミンスター。
カナタの故郷であるこの街に、二人は数十年振りに舞い戻った。
意外なように思われるが、トラン建国の英雄の生家、マクドール邸は、今はもうない。
トラン解放戦争終結後、黙ってこの街を去ったカナタの代わりに留守を守っていた女性、クレオが、五十年近く前に亡くなった後、当時は未だ健在で、トラン共和国初代大統領子息として、祖国に対する『影響力』を持っていたシーナの手を借り、カナタ自身が取り壊させた。
生まれ育った家であり、大切な者達との数多の思い出の宿る館を取り壊すのは、流石のカナタにも若干の抵抗があったようだが、戻って来られる訳ではないし、見ず知らずの者達に渡るよりはいっそ、と彼は結論付けたのだろう。
だからあの、重厚さ漂う美しい屋敷は、この街の何処にもなくて。
マクドール家の者達全員が馴染みだった、マリーの営んでいた宿屋でもなく──何故ならそこは、マリーの孫に当たる者が、今も尚宿屋を営んでいるから──、街の外れの、兄弟のような従兄弟のような、『少年』二人連れが気軽に宿泊出来る、余り行儀が良いとは言えぬ場所に、風体を隠すようにして二人は。
……そうまでするなら、何故この街に立ち寄ったのだ、と言いたくなるのが道理だが、その日は彼等二人にとって、とても重たい意味合いを持つ日だったから。
どうしても、自分達が出逢ってより百年目となる日を、黄金の都で迎えたい、と言ったカナタの意向に沿うべく、大きくはなったものの、町並みは、百年前のあの頃と大差ないこの街に、二人は戻って来たのだ。
この場所で、自分達が何をしようとしているのか、カナタもセツナも、紛うことなく認めて。