痛みの先に苦しみがあって。
苦しみの先には熱があって。
熱の先には、快楽があって。
快楽の先には光源があって。
…………そこまでは、憶えている。
けれど、そこから先には何があったのか、今一つ定かに思い出せず。
閉められたカーテンの隙間から忍び込む朝焼けに、目覚めを促されたセツナは、ぼう……っと、ああ、そうか、多分僕は、気を失っちゃったんだ……と。
夕べの出来事を顧みながら、薄く瞳を開いた。
「おはよう、セツナ」
自分の瞼が、それはそれは重たく感じられたから、糸のような細さだけ目をこじ開けてみれば、そこには、迫るカナタの頬笑んだ顔があり。
未だに自分が、カナタの腕の中にいることを知って。
「…………………………あー…………」
早くに目覚めていたのか、それとも眠ることなかったのか、しっかりと覚醒している声で、朝の挨拶を告げられたセツナは、ポッと火が点いたように真っ赤になって、しらーと視線を逸らし。
ズルっと体を滑らせて、そのまま垂直に、首までを毛布に潜り込ませた。
「おは……おはよーございまーす…………」
目一杯有らぬ方向を向いたまま、あはは、と誤魔化し笑いを浮かべつつの挨拶を返し、セツナは又、ズルっとシーツの上を滑って、今度は頭まで毛布を被った。
「逃げても無駄」
けれど『敵』は、器用なやり方で毛布の中に逃げたセツナを、有無を言わせぬ力で引き摺り出した。
「…………もしかして、照れてる?」
隠れ蓑を奪われ、優しい腕の檻に閉じ込められ、俯くしかなくなったセツナに、にっと笑ってカナタは言う。
「もしかしなくても、照れてます…………」
「可愛いね」
「あー……可愛い、とかそんなんじゃ、ないと思います、よ…………。──って言うか……照れませんか、普通……」
「……そう?」
「…………そーゆートコ『も』、人並み外れてますね、カナタさん……」
「照れてどうするの。照れる必要なんて、僕にはないよ。君を、僕のモノに出来たのだから、誇らしい想いの方が、勝ってる」
恥という言葉を知らないのか、とでも言いたげに、憮然としつつ拗ねたセツナに、きっぱりとカナタは言い切った。
「僕、もう少し、寝ます…………」
──勝利の凱歌をあげるように。
恥じ入る必要などない。君は僕のモノ。故に誇らしい。……と、そう言い放つカナタに、恥ずかしくて仕方ないこの胸の内を、切々と訴えても無意味だと悟ったのだろう。
夕べの出来事も、少し思い出すだけで恥ずかしいし、カナタの台詞も恥ずかしいし、けれど何一つ、なかったことにはならないから、困り果てる前に寝てしまえ、と、もぞもぞセツナは、毛布に潜り、さっさと目を閉じた。
「はいはい。ごゆっくり」
そんな彼を、カナタは唯笑うだけで。
眠って、もう一度目が覚めた時にはきっと、何とかなってるよね……、そんな期待を抱きつつ、カナタの笑い声から逃れるように、セツナは甘い疲れに意識を委ねる。
今だけは。
何も考えたくなかった。
だから、セツナは。
「これで僕は、生きてゆける」
与えられた眠りに落ちる寸前、カナタが呟いたその言葉に、耳峙てることが出来なかった。
「もう一度、この街から、始められる」
彼の囁きに、そんな続きがあったことも、無論。
────あれから、百年。
決して、短いとは言えぬ歳月は流れ。
彼等二人が、自ら望み、決めたように。
百年の刻の果て、二人の関係は形を変えた。
あの頃を知る者はもう、彼等以外にはいない、新しい百年の始まりに。
全てのことが始まった、黄金の都で。
故に、古き百年と、新たに始まる百年の、境目に存在した昨夜の出来事は、儚い泡沫と消えるのかも知れぬけれど。
百年の歳月は流れ。
新しき『刻』は始まり。
泡沫のみが、宙に浮き。
End
後書きに代えて
カナタとセツナの、『初めて物語』。
……多くを語ることは止めておきたいと思います。
何故って、公開するの、えらいこと恥ずかしかったから(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。