カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『一夜情』
往来の激しい、道の片隅に、二人立ち、向かい合い。
「……表っ!」
「なら、裏」
片割れが、宙へと投げて、その手へと納めたコインの裏表を言い当てようと。
コインを投げなかった方の片割れは、表、と告げ。
コインを投げた方の片割れは、裏、と告げた。
「あ、表だ。……なら、カナタさん、防具屋さんですね」
「そうだね。じゃあセツナ、道具屋の方、宜しく」
──往来の片隅で、『些細な勝負』をしていた彼等のその後は。
コインを投げた方の彼が広げた手のひらの、金属の模様に左右され。
最初から、それを当てた者が道具屋へ行き、外した者が、防具屋へ行くと、彼等は決めていたのだろう。
その、約束に従い、彼等は。
買い物を終えたら、今宵の宿で落ち合うことを決め、片方は往来を右へ、片方は往来を左へ、と向き直り、そして歩き出した。
この大陸を、ずっとずっと、ずっと。
西方目指して歩いていけば、必ず、現・トラン共和国の東端に辿り着ける程度の場所に位置する、辺境の町に姿見せて。
百年と少し前、その、トラン共和国を作った『自身』である、カナタ・マクドールと、トランの隣国、デュナンを打ち立てた『自身』である、セツナの二人は。
何時終わるとも知れぬ旅を、尚も続けて行く為に、訪れた小さなその町で、足りなくなった荷物や、古ぼけ始めた装備を整えてしまおうと決めた。
けれど、二人揃って仲良く、目的の店々を潜るのは、如何せん、効率が悪いから。
よく、彼等がそうしているように、投げたコインの目を言い当てた方が道具屋に、外した方が防具屋に、赴くことと決め、宿で落ち合う約束だけを交わして、その町の、目抜き通りを左右に分かれた。
だがまあ、買い物と言っても、彼等がするそれは、大仰なものでは決してなく、それ程の時間も要さずに、片付いてしまうようなことで。
さも、親に言い付けられたお遣いをしている、とでもいう風な顔をして、ちょろっと道具屋を覗き、ちゃかちゃかと、薬だの何だのを買い求め、大きめな紙袋に入れて貰ったそれらを抱き抱えたセツナが、再び往来を歩き始めたのは、カナタと分かれてより、三十分程、後のことだった。
──長い旅路をやり過ごしているセツナとカナタが、その町の門を潜ったのは、もうそろそろ、日が傾き始める、といった頃合いで。
そこから宿屋に向かい、部屋を取り、目抜き通りへと出て、コインを使った賭をしたのは、家路を急ぎ始める人々が、増え出した頃で。
セツナが、宿屋へと戻り始めた時には、夕暮れ時もそろそろ、終わりそうだった。
故に彼も又、進む足取りを早め。
「今日のお夕飯、何がいいかなー」
……などと、呑気なことを、一人呟いていたが。
「………………あ」
通りに立ち並ぶ商店や、家々の隙間に埋まるように出されていた、小さな露店の前で、彼は足を止めてしまった。
「興味があるかい? 坊ちゃん」
己が店の前で、ぴたりと足を止めた彼を、座った椅子より見上げて、露店の主である老婆は、愉快そうに笑った。
──老婆が出している、セツナが足を止めたその露店は。
辻占の露店だった。
黙って座ればピタリと当たる……と言った感じに嘯く者が多い、占い師の露店。
別にセツナは、占いというものに対する興味を、旺盛に持っている訳ではないけれど。
たまたま、老婆が開いている露店の、黒い羅紗布で覆われたテーブルの上に乗っていた、彼女の占い道具なのだろうカードが、昔、己の仲間であり、旅芸人一座の長であった、リィナの持っていたカードにそっくりだったから。
「……うん、一寸だけ……」
遠い昔を懐かしむ瞳隠して、セツナは老婆の笑いに答えた。
「なら、占ってあげるとしようか? 何が知りたいんだい? 何でも、答えてあげるよ」
一寸だけ、興味があるんだと、そう答えたセツナに、もう一度笑って、老婆はカードを取り上げた。
「え、でも……。僕、占いって良く知らないし、別に、占って欲しいことがある訳でも……。んと…………──」
でも。
所詮、嘘は嘘でしかなくて、興味があるが故に足を止めたのではなく、懐かしかったから立ち止まっただけのセツナは、老婆の問い掛けに、返す言葉を持たず。
「それは、困ったねえ…………」
手慰みをしているかのように老婆は、唯、セツナの目には、綺麗な模様が沢山描かれているだけとしか映らないカードの山を、崩し、掻き混ぜ、又崩し、としていたが。
「………………その歳で。可哀想にね」
セツナには、崩しているだけ、と見えたカードの山を、老婆はきちんとした目的と共に扱っていたのだろう。
バラっ……と、テーブルの上に広げられたそれらをじっと眺めて、彼女は、そんなことを呟いた。
「……可哀想、って……?」
「いいや、何でもないよ。──それよりも。恋をしているだろう? お前さん。とても『幸せ』な恋を。でも、とても『幸せではない』恋を。…………カードが教えてくれることが、正しいならば。お前さんのしている恋は、小さな子供がするような、とても幼い恋で、なのに、老らくの恋に似ているね。……その恋を。『どうしてしまったら』、お前さんが一番『楽』になるのか、教えてあげようか? ────ああ、お代なら要らないよ」
「え、僕って、恋してるの? それを、どうしたら一番楽になるか……って、えーっと……?」
彼女にだけは囁き掛けるのだろう、カードの『言い分』に耳を傾け、老婆が言ったことへ。
その時セツナは、目を丸くしてみせたけれど。
「お恍けでないよ。知っているくせに。──どうしたい? 知りたいかい? それとも、聞かずにおくかい?」
老婆は彼の答えに、少々顔を顰め。
「あれ? セツナ。何してるの、こんな所で」
と、丁度そこへ、買い物を終え、宿屋へ向かっていたらしいカナタが通り掛かって、ひょいっとセツナの背後から、老婆の露店のテーブルを覗き込んだ。