「あ、カナタさん。脅かしっこ無しですよぅ……」
唐突に、背後から湧いた声に、一瞬セツナは、ひえっ! と声を上げたけれど。
直ぐさま彼は、面差しを変え。
「…………あのね、お婆さん。あの…………」
ほんの少し、おどおどと彼は、老婆を見詰めた。
「ん? ……ああ、構わないよ。構わない、けれど…………」
自分のことではなくて、やって来た、この人のことを、と眼差しで訴えて来たセツナの意向を汲んで、老婆は頷き……が、躊躇い。
「けど、なぁに?」
「さっき、お前さんに私が、聞きたいかい? と尋ねたことの答えと、一緒だよ? それでも、いいのかい?」
「………………そっか。なら、いいや……。御免ね?」
老女の告げた『結果』を聞き届けたセツナは、僅か、残念そうに微笑んで、バイバイ、と手を振った。
「縁があったら、又おいで」
「うん。それじゃあね、お婆さん。──行きましょっか、カナタさん」
行きずりに触れ合った彼女へ別れを告げ、振り上げた手でそのまま、カナタの腕を掴み、セツナは歩き出す。
「……事情が、良く飲み込めないけど……。良かったの? セツナ」
もう、寄り道はお終いなんですよ、という風に宿屋へ向かい直したセツナに、促されるまま従って、カナタは首を傾げた。
「え? 何がですか? ああ、さっきのお婆さんとのことですか? 別に、何か占って欲しいことがあって、立ち止まった訳じゃないんですよ。お婆さんが持ってたあのカードが、昔、リィナさんが使ってたのにそっくりだったから、懐かしいな、って思って、足止めただけですから」
「そう? そうは、見えなかったけどね」
どうにも、カナタの目には、セツナが占い師の露店の前にて足止めたのは、セツナ自身が語ったような、懐かしさ故が原因と、映りはしなかったのだろう。
大したことじゃ、と笑いながら言うセツナへ、納得いかなそうな眼差しを、カナタはくれた。
「ホントですよぅ。ホントに、それだけのことですってば。但、立ち止まった僕が、お婆さんにはきっと、物珍しそうな顔してる子に見えたんでしょうね。僕がお願いした訳じゃなかったですし、何を占おうとしたのか僕には判りませんけど、カナタさんが通り掛かる少し前、ほんのちょびっとだけ、お婆さん、占いの触り、やってみせてくれて」
「ふうん……」
「それでですね、あのお婆さんの占いって良く当たるのか、好きな人がいるのか? ……とか何とか、言われちゃってーーー。あーもー、恥ずかしかったですぅぅぅ」
己の説明を、頭からは信じようとしないカナタへ、嘘じゃないですってば、とセツナは、更なる事情を語り。
次いで、自分に想い人が存在する事実を言い当てられて恥ずかしかった、と。
へらっと笑みながら、バシバシ、照れ隠しの素振りのように、カナタの背中を叩いた。
「……照れなくてもいいじゃない。本当のことなんだから」
ベシベシベシベシベシベシ、威勢よく背中を叩いて来るセツナに、ちょっぴりの苦笑を浮かべながら。
何をそんなに恥ずかしがることがあると、と、カナタはさらりと言う。
「そりゃまあ……そうですけど。僕、カナタさんみたいに神経太くありませんから。見ず知らずの人にそんなこと言い当てられたら、もー、恥ずかしいこと、この上ないんですよぅ」
が、セツナは、そこで漸くカナタを叩き続けるのを止めて、紙袋を抱え直し、あはは……と、照れくさそうに笑い声を立てた。
…………楽しそうに、笑っていると見せ掛けて。
実際、彼等の傍を通り過ぎて行く行きずりの者には、余り似てはいない兄弟か何かが、楽しいじゃれ合いの笑い声を上げているのだろうとしか受け取れぬ、けれど本当は、儚さだけに満たされた笑みを。
だから、セツナの笑みの儚さを、唯一汲めるカナタは。
「何時になったら、君のその過剰な照れは、消えるんだろうねえ……。──ああ、セツナ? 言っておくけど、別に僕は、神経太い訳じゃないから」
儚く笑んだ面を、見なかったことにして。
楽しさだけを目立たせようとする、セツナの努めに報いた。
「そーですかぁ? 僕に比べればカナタさん、充分神経、太いと思いますけど」
「…………何時までも、そういうこと利く口は、その内ね、摘まれるよ? 摘んで欲しい? 今」
「……ヤです」
「だったら、そんなことはもう言わない。──そもそもね、セツナ。辻占をする人達は大抵、お客の悩みに当たりを付けて、話を進めるものなんだよ。人間の持つ悩みなんて大方の場合、金銭絡みか、色事絡みか、人間関係絡みで、そのどれかを適当に口にするだけで、結構当たるものなんだから。辻占の言うことに、一々照れる必要なんて、ないの」
「えーーーー。そーゆーもんなんですか?」
「そう。そんなもの。占いも、所詮は信心の世界」
「つまんないもんですねえ…………」
────そうして、彼等は。
逢魔ヶ刻の往来を、ああでもないの、こうでもないのとやり取りしながら、宿屋へと向かった。