カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『一夜』
旅の空を行く為のマントをその身に羽織っていると、耐えられないかも、とすら思える。
そこは、南国だった。
あちらの国、こちらの国、と、世界中を巡り巡っているカナタ・マクドールとセツナの二人が、その年の冬、辿り着いた場所。
彼等には、季節を知るという目的以外に、余り用を成さなくなった暦に踊る数字は、確かに冬で、けれど、南国は、カナタが打ち立てた国・トランの初夏や、セツナが打ち立てた国・デュナンの夏の頃と同じくらい、暑くて。
「暑い…………。冬なのに、暑い…………」
自身の打ち立てた国を出奔してより、もう七十年近く諸国を放浪していると言うのに、相変わらず夏の暑さが堪える質のセツナが、近くの街を目指している道すがら、ぼそりと苦情を洩らした。
「南国だから」
が、セツナと肩を並べて歩いていたカナタは、ああ、暑い所へ来ると出る、セツナの何時ものが始まった、と、大して気にも留めず。
ケロッとした顔で、至極当然の科白を放った。
「……判ってます。暑いの寒いの、言ってみたって始まらないのも、疾っくの昔に学びました。……でも、冬なのに、マント脱いでも暑いんですもん……。あの船乗り込む前は、凄く寒かったのに。こっち来たら、急に暑いんですよぅ……」
「まあね。海一つ越えればね。向こうは雪でもこっちは、って。良く有る話だよ、セツナ」
「…………愚痴った僕が、馬鹿でした……」
波止場で聞き込んだ話が本当なら、もう間もなく見えて来てもおかしくない次の街の影を、目で探している風に、真っ直ぐ前を向いて、さらっと答えるだけのカナタに、ぶちぶち、セツナが文句を吐いても、カナタは何処までも、けろりとした表情を崩さず。
暑さ寒さにすら、頓着を見せないカナタさんに、上っ面だけでも同意を求めた自分が馬鹿だった……、とセツナは項垂れた。
「拗ねないの。セツナが暑いの大嫌いだって、僕も良く知ってるけど。それこそ、言ってみたって始まらないことなんだから。……ああ、そうだセツナ。そんなに暑いなら、さっき港で買った果物、食べたら? すっきりするかもよ? 茘枝みたいな果物だって話だったから、多分、瑞々しいよ?」
進む足こそ、留めぬけれど。
ぶちぶちと、天道に対する文句を零して、ぷぅ、と膨れ。
己の科白にも、セツナがいじけてみせたから。
カナタは、数刻前後にした港町にて買い求めてみた果実を、荷物の中から取り出して、セツナへと放った。
象牙色と檸檬色の中間のような、淡い色したその果実は、茘枝に良く似た、水分豊富な代物、との触れ込みだったから。
多分、次の街に辿り着くより早く、暑いの何のと喚き出すだろうセツナに与えるには、丁度良いと思って、買い求めておいたそれを。
「え、カナタさん、こんな物、何時の間に買ったんですか」
……端から見ればもしかしたら、カナタのその行動は、相変わらずセツナにだけは甘いと言える、が、子供を手懐けるには飴と鞭が一番、との『常識』に従っている、とも言えるかも知れない、それだったが。
愛玩動物を手懐ける御主人様宜しく、カナタに果実を放り投げられたセツナは、膨らましていた頬を萎め、一転、にこぱ、と笑みを浮かべて、手懐けられているのに気付かぬ子犬のように、その果実の、淡い色した皮を、いそいそ剥き始めた。
「……あ、ホントだ、茘枝みたい。甘くて美味しいですよ、これ。カナタさんも食べません?」
ほんの少し指先に力を込めたら、労することもなく、つるんと剥けた皮を捨てて、中から出て来た白い実を、口の中に放り込み。
ぱぁ……とセツナは、幸せそうな顔を作った。
「そう? じゃあ、僕も食べようかな。喉乾いたし」
美味しい物と巡り合った時にセツナが拵える、幸せ一杯、の表情が現れたのを横目で見て。
カナタもその実を、セツナがそうしたようにして、口へと運んだ。
「………………あ」
「……? どうかしました? 不味かったですか? あ、未だ熟れてなかったとか……?」
が、直後。
幸せ一杯の色を湛えたセツナとは対照的に、カナタは、少々複雑そうな顔付きになり。
ふん? とセツナは、そんなカナタへ首を傾げ。
じっと、窺うように、カナタはセツナの顔を覗き込んだ。
「……いや、そういう訳じゃなくて。良く熟れてるし、美味しいんだけど。…………セツナ、平気……?」
「へ? 平気って、何がですか?」
「……ああ、なら良いんだけど。……何でもないよ、御免ね、驚かして」
「…………?? 変なカナタさん……」
──複雑そうと言うか、深刻そうと言うか、そんな顔付きになりながらも、口にした果実を吐き出す訳でもなく、食べるのを止める訳でもなく、とカナタはしているから、何らかの『問題』があった、という訳ではないのだろう、とセツナは思ったけれど。
そうだと言うなら、どうしてカナタが、「平気?」と訊いて来たのかが判らない、と首を捻りつつ。
が、食べちゃ駄目、とも何とも言われないから、いいや、と彼はそのまま。
一掬い程カナタが買い求めた、それ程大きくはないその果実を、又、一つ、二つ……と、立て続けに口の中に放り込んで、暑さも忘れ、至極上機嫌のまま、街道を進んだ。