「うーん、やっぱりだったか……」
北方から乗り込んだ船を降りた、港町で買い求めた一掬い程の果実を、全て食べ終る頃。
在の者達に教えて貰った通り、辿り着くこと出来た街の、宿屋の客室で。
部屋に入るや否や、ベッドの上に身を投げ出して、ほにゃほにゃ言いつつ身を丸め出したセツナを見下ろし。
あーあ……、とカナタは、苦笑を浮かべた。
その街へと向かう道中、もしかしたらこうなるかも知れない、と思った通りの様を、目の前で、セツナが晒し始めたが故の、苦笑を。
…………何と言う名なのか、市場の者達は教えてくれなかったし、カナタも別段確かめようとしなかったから、名も知らぬまま買い求めた、例の果実の一つを、口の中に放り込んだ時。
それが、熟れている、を通り越して、若干『発酵』しているのに、カナタは気付いた。
尤も、発酵している、と言っても、腐っていた訳ではなくて、べらぼうに高いのだろう果実の糖度が、南国の暑さに晒されたが為の発酵──即ち、最も原始的な酒が出来るのと同じ理屈の『発酵』を、してる、と。
だが、それをカナタが口にした感想は、発酵していると言っても大したことではない、だったし、セツナはそれに気付いていないようだったし、彼が気付かない程度のそれなら、どうともならないだろうと、そう思って放っておいたら。
あれよと言う間にセツナは買い求めたそれを、全て食べ切ってしまって。
下戸なのに、大丈夫なんだろうかと、秘かに抱えた不安通り、セツナは、ベッドに沈んだ。
「大丈夫? セツナ」
故にカナタは、酔っ払ったな、これは……と、眉間に皺寄せつつ、ベッドの端に屈んで、セツナの顔を覗き込んだ。
「えー……とーーー……。なんでかー、ものすごーくぅ、ふわふわしますぅぅ……。すんごくぅ、きもちいいですよぅぅ、カナタさぁんー……。えへーー…………」
そうしてみれば、靴も脱がずに転がって、ベッドの掛け布を掴み、掴んだそれごと身を丸め、へら……っと、自分自身を何処か遠くへ置き去りにしてしまったような笑いを、セツナが浮かべたので。
「………………駄目だ、これは……」
不安には思ったけれど、幾ら何でもこの程度なら平気かと、高を括った自分も悪い、と。
溜息付き付きカナタは、セツナの靴や上着を、脱がしに掛かり。
軽装にした彼を、もう一度ベッドの上へ転がして、水でも貰って来ようと、宿の、帳場へと向かった。
客室の並ぶ二階より、一階の帳場へと降りて。
「すみませんが、水を頂けますか」
帳場の中にいた宿の女将に、そう頼んだら。
支度をしつつの女将に、
「お連れさん、顔が赤かったけど、具合でも悪いのかい? 薬、探して来ようか?」
……と、親切に問われたので、カナタは女将に、有り体に事情を語った。
すれば女将は、あー……という顔付きになって。
「あれ、をねえ……。あの実、そんなに食べたのかい。知らなかったとは言え、可哀想に……」
彼女は、同情しきりの声を洩らした。
「お騒がせして……。でも、酔った、と言っても、所詮果物ですから。一晩寝れば大丈夫だと思うので」
だからカナタは、少しばかり旅慣れている風な少年を装って、ぺこり、女将へと頭を下げたのだが。
「……そうじゃなくてね。この辺りの者じゃないあんた達が知らなくても、無理はないけど。あれは、酔っ払うだけじゃなくって、その…………」
「…………未だ、他にも何か?」
「……そのう、ね。年頃のお客さんに、こんな話するのは何だけど。あの実は、子供を欲しがってる夫婦に食べさせると良い、とも言われてる実で……。だから、ね。十四、五くらいの年頃の子には、可哀想だな、と…………」
『子供』が酔っ払ってしまったから可哀想、と言っているのではなく。
『そういう意味』で可哀想なのだ、と、言い辛そうに女将は、カナタに告げた。
「……………………そう、ですか……。──眠れば、大丈夫だと思いますから……」
──宿の女将より、その話を聞かされた途端。
カナタは一瞬、どうしようもなく複雑そうな顔色になったが。
直ぐさま、にっこりと、人好きのする笑みを浮かべ、それこそ、所詮『子供』だから、と。
水差しと、グラスの乗った盆を手に、客室へと戻った。
二階から一階へと降りて、女将と話をし、水を貰い、部屋へと戻るまでの間に。
カナタが要した時間は恐らく、数分程度だった筈なのだが。
彼が部屋へ戻ったら、冷たい場所を求めたかったのだろうセツナは、服を脱ぎ捨て、下着姿になって、床の上に転がっていた。
「ああ、もう…………」
べっちゃり、大の字になって床に転がる彼を、部屋に入るや否や、視界に入れてしまい。
げんなりと、カナタは肩を落とす。
「……セツナ。そんな所で寝たら、お腹冷やすから。……セツナ。セツナってば」
しかし、だからと言って、項垂れていても仕方ないので。
盆を、ベッドの傍らのテーブルに放り出して、彼は、下着姿で伸びている、セツナを抱き起こした。
「…………うー……。ここはー、つめたくって、きもちいーんですよぅ……」
半身を起こし、腕に抱えれば。
抱き上げた彼は不服そうに、上目遣いでカナタを見て。
又、へら、っと笑い。
「あー、でもー。ここよりもー。カナタさんのほーがー。きもちいーかもー。カナタさんはー、いつもー、ひゃっこいからー、こーしてるとー、すごくー、きもちよくてー、しあわせでーす……」
先程、床に懐いていた時のように。
セツナはべちゃりと、カナタに抱き着いた。
「……はいはい、判ったから。幾らでも、抱き着いていいから。取り敢えず、ベッド行こう。ね?」
典型的な酔っ払いの様の一つを、示し始めたセツナにそうされてカナタは、保護者のような口調で、セツナを諭す。
「おふとんですかー? いいですよー、いってもぉー。でもー、カナタさんがー、いっしょにねてくれなきゃー、ヤーですぅー。でなきゃー、ねないですぅー」
そうしてやればセツナは、カナタの促しに、素直にこくりと頷きつつも。
一層の上目遣い、一層の笑みで以て、カナタに迫り。
ベッドに戻そうと、セツナを抱いたまま立ち上がったカナタの首筋に、がっぷり、しがみ付いた。
「カナタさーん。……カナタさん、カナタさーーーんーー……」
「…………酔っ払うと大抵、吐くとか気持ち悪いとか言って、寝込むのに……。何で今回に限って…………」
しきりに、自身の名を呼び続けて、首筋辺りに懐いて来るセツナに、やりきれなさそうな溜息を零して、はあ……と、遠い目をし。
可愛さ余って憎さ百倍、のノリでカナタは、セツナをベッドの上へと、放り投げようとしたけれど。
力加減など、疾っくの昔に忘れ去っているセツナは、渾身の力でカナタに縋り付いて、離れようとせず。
「…………判った。判ったから。今直ぐ、一緒に寝てあげるから……。せめて、上衣くらい脱がせて」
もう一度、盛大な溜息を吐いてカナタは、懐き続けて来るセツナを抱えたままベッドに腰掛け、渋々、着衣を脱ぎ始めた。