靴や上衣やズボンを、手早く脱ぎ捨てて。
どうしても一緒に寝てくれとせがんで来る『酔っ払い』の意向に従い、無理矢理引き剥がしたセツナをシーツの上に転がし。
『新婚に与えるのが吉』と言われる実を食べ過ぎても、セツナは『この程度』なんだ……と、深刻な問題を抱えたような顔付きをしつつ、カナタも又、その傍らに横たわった。
──が。
「……んー。カナタさーん……」
そうすれば、引き剥がしてやったセツナは再び、ずるずると体を捻って、カナタの首筋に腕を絡め、何が楽しいのか、クスクスと笑いながら、鎖骨辺りに顔を埋めた。
「ひゃっこーいー。きもちいー。カナタさんー、すきーーー」
肌の上に唇を押し付けて、ぼそぼそセツナが喋るから。
もしかしたら、これはこれで、実の成分に、セツナはヤラれているのかも知れないと、頭の片隅で、うっすら考えつつ。
「……ひゃっこいから好きなの……?」
忍耐の限界を試されているようだ、と、遣る瀬ない目をしてカナタは、囁いた処で届きはしない、嫌味を放ったが。
「えー? ひゃっこくてもー、ひゃっこくなくてもー、なんでもー、カナタさん、すきーーー」
何処までも、セツナは唯クスクスと笑い続けて、きゅぅっと、腕に力を込めた。
「…………何処にも、色気なんてないんだけどね……。いっそ、見事な程にないんだけど……。……一応僕も、男なんだよね…………」
「はいー? ぼくも、おとこですよー? カナタさんも、おとこですよー? おんなのこじゃないですよー? なんででーすかー? こーしてるの、カナタさんはイヤですかーー? きもちいーですよー? カーーナータさーーーん」
──……語尾が伸び切っている、酔っ払い特有の、その声も。
ぎゅむぅ、としがみ付いて来る、その仕草も。
カナタの目には、可愛いと映りはすれども、何処にも、色気の欠片もないのに。
それでも、時折見上げて来る薄茶色の瞳は、酔っている所為で潤んでいて。
肌に押し付けつつ蠢く唇は、何処となく濡れていて。
己が名を呼ぶ声音は、鼻に掛かった甘さがあって。
「あのね、セツナ………………」
これは、或る意味究極の苦行、と感じつつカナタは、僅か、セツナを押し退けるようにした。
己とて、あの実を食さなかった訳ではないから、と。
「寝ようね。大人しく。でないと明日、頭痛くなるよ? 嫌だろう? それは。だから……──」
「──いーやーでーすー。カナタさんとー、ふたりでー、こーしてますー。きもちいーからー」
だが、遠退けるようにされたのが、セツナはいたく、ご不満だったのだろう。
カナタへ向けた上目遣いの中に、若干、ムッとした色を乗せ。
腕でしがみ付いているだけでは駄目だ、と言うのなら、と。
その時セツナは、僅かに身を引いたカナタを、行かせまい、と、腕に、それまで以上の力を込めた挙げ句、顔を押し付けていたカナタの鎖骨辺りに、カプっ……と、噛み付いた。
「…………………………。………… 判ってる。……うん。犬猫の仔がやるそれと、大差ないって。判ってる……んだ、けど…………。酔っ払いに、理性を求める方が、間違ってるんだろうけれど…………。人間にはね、限界っていうものがね、歴然とね、あってね……。僕にもね、こう……ね。一応、本能って、あるんだよ……。…………判ってる? セツナ……」
だから、カナタは。
何処かで何かを、ぶちりと切らせてしまったかのように、微か、声を震わせ。
懐いて来るセツナの両の手首を取って、体を返し、覆い被さり。
貪る程に、キスをして。
「………………ん……」
洩れ聞こえた、甘いような、息が詰まったような、途切れ途切れのセツナの声に、曲がり掛けた機嫌を直し。
己が噛み付かれたそこと同じ、セツナの肌の上に、強く、歯を立てた。
「……カナタさーん? なんの、あそびですかー? いたいでーーすぅー」
激しくて深い、接吻をされ、胸が競り上がる程、息遣いを激しくし。
トロ……っと、目許を危うくしながらも。
肌に唇を寄せた後のセツナの反応は、カナタの全身の力を奪って、余りあるそれで。
「…………御免ね……」
今、生まれて初めて自分は、男という生き物の辛さを味わった気がする、と項垂れつつカナタは。
「この、酔っ払い…………」
最後に、せめてこれくらいのことはしてやると、キッ……と、セツナの耳朶を、それはそれは強く噛んでから。
「だーかーらー。いたいですぅぅぅ。なにしてるんですかー? あそぶんならー、もっとちゃんと、あそびましょー?」
「……何でもない。何でもないから。寝ようね。抱き枕にでも何でも、していいから。お願いだから、大人しく寝て……」
バタバタ、暴れ出したセツナを、強引に毛布の中へ押し込めて、毛布ごと、羽交い締めにして。
もう二度と、あの実はセツナに与えない、と彼は心に固く誓った。
────明くる、朝。
「あのですね、カナタさん」
「……何?」
昨夜晒した醜態の割には、爽やかと言える目覚めを迎えたセツナに呼ばれ。
何処となく、不機嫌そうな声を、カナタは返した。
「僕、昨日、ここに着いた後のこと、憶えてないんですけど……。僕、どうしちゃったんですか? 僕何か、変なことしました? 肩のトコ、変な痣付いてますし……、耳、一寸痛いし……。もしかして僕、寝惚けて暴れたりとか、しました……?」
けれど、カナタの不機嫌の理由に、一向に思い至れぬセツナは、只首を傾げながら、あれー? と、しきりに不思議がるだけで。
「…………うん。暴れた」
「……え?」
「ほら。昨日暴れた君に、噛み付かれた痕」
昨夜の顛末を思い出してしまったカナタは、せめてもの意趣返し、とばかりに、服の襟元を寛げて、『痕』を見せ付けてやった。
「……えええええ? 僕、カナタさんに噛み付いたんですかっ? え、何で? どーしてそんなことになったんですかっっ? うわーーーん、御免なさい、カナタさんーーーっっ!」
そうしてやれば、セツナは見る間に顔色を変え、ワタワタと、手足をバタ付かせる。
「いいよ。気にしなくて。お互い様だし……」
「……へ? お互い様……?」
「何でもない。こっちの話。──でももうあの実、食べちゃ駄目だよ? セツナ。僕も食べないから。……二度と、あんなのは御免だ……」
「あの実、って? 昨日のあれですか? えー、どうして駄目なんですか? あれ、凄く美味しかったのに……」
「兎に角、駄目ったら駄目。絶対、駄目」
だからカナタは、申し訳なさそうにしながらも、不服を窺わせたセツナの髪を撫でて、誤摩化し。
「さ、朝御飯食べに行こうね」
「……? はあい……」
セツナの手を引いて、彼は、宿屋の一階へと降りて行った。
────このまま、理性を忘れ去ってしまえたら、と、昨日、あの瞬間、カナタがそう考えたのは。
『醜態』を晒したセツナの所為かも知れないし、彼も食した、あの実の所為だったのかも知れない。
だが、どちらが理由だったにせよ、下らぬモノに流されたままセツナを抱くなんて、出来よう筈もないから。
カナタにとってセツナは、決して失えない、大切な、大切な、『 』、だから。
何時か……そう、後、何十年かが経つ頃には、きっと。
浮かばれる日も来るだろう、と、そう信じることにして、カナタは、セツナを握る手に、少しばかり、力を込めてみた。
End
後書きに代えて
非常に気楽なノリの、カナタとセツナの一夜の話。
関係進むまで百年も掛かれば、こういう一夜とてあるでしょう(笑)。多分ね。
…………あー、男って生き物は、大変だなーーー(笑)。
尚、ホントにこういう木の実、あるですよ。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。