カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『告白』

その村が、余りにも、バナーの村に似ていたから。

バナーの村がそうだったように、この村にもあった、村の裏手の小さな池で、久し振りに、お菜目当ての釣りでなく、『遊技』目当ての釣りでもしようと、昨日に引き続き、そんな話になって。

良く晴れたその日、カナタ・マクドールとセツナの二人は、宿で借り受けた釣り竿片手に、池の畔へ向かった。

未だ、午前の日射しも浅い内から始めた『遊技』の釣りは。

遊技だからなのかそれとも、元々の、彼等の腕前の所為か。

何時まで経っても成果は上がらず。

午前の日射しが正午の日射しになって、午後のそれへと移り変わる頃には、両手で掴み続ける釣り竿もそのままに、セツナの方が、うとうと……と船を漕ぎ始めた。

だからカナタは、おや……と、苦笑とまでは言えない軽い笑みを浮かべて、池の畔のなだらかな傾斜を、ともすれば滑り落ちてしまいそうなセツナの身を、伸ばした左手で支えた。

…………そもそもセツナは、こう云ったことに、余り向いていない質だから。

時ばかりが過ぎて、一向に手応えのない釣りをし続けるのには、限界を覚える頃だろうと、セツナのうたた寝を気にも留めず、カナタは唯、釣り竿の先を見詰め続けて。

少しずつ少しずつ、己が方へと傾いてくる躰の重さを、その身と腕で、受け止めた。

「…………セツナ?」

────釣り、と云う、短気と呑気の、双方を兼ね備えていなければ出来ぬ技に、セツナが余り向かなかろうとも。

カナタはそうではなく。

尤も、彼が釣りをするのは決して、楽しみや趣味の為、と云った動機故ではないから、その点、彼も又、釣りには向いていない、と言えるのかも知れないけれど。

例え釣果が上がらずとも、釣り針の先の餌を、得物に取られてしまおうとも、身動みじろぎもせず彼は、釣り糸を下げていられるのだが。

つい夕べ、『愛』を囁き、接吻くちづけを請うたばかりの相手に、息が掛かる程の傍らで、すやすやと眠り続けられるのは、カナタとて、腰の座りの悪い想いへ繋がるそれだから。

セツナがうたた寝を始めて、小一時間程が過ぎた頃。

業を煮やしたのかそれとも、構って貰えずつまらない、とでも思ったのか。

彼はそっと、セツナの名前を呼んだ。

「ふぁい…………」

すれば、傍らで洩れ続ける吐息の中に、少々間の抜けた声が混ざり。

「今日は、良いお天気だからね。うたた寝したくなるのも判るんだけど。…………そろそろ、起きない? いい加減、僕も退屈になって来た」

カナタは、寄り掛かってくる重さを支え続けていた左手で、セツナを揺すった。

そんな彼の言い分は、僕のことだけを構え、と親にねだる、小さな子供の我が儘にも似たそれだったけれど。

「……んぁ……? うたた寝……? 退……屈……? 何が……ですか…………。僕……起きた方が……いい……ですか…………?」

起きているのかいないのか、あやふや、としか言い様のない口調で、むにゃむにゃとセツナは、カナタの我が儘に、沿う努力を見せ始めた。

「うん、出来れば。それにそろそろ、日没が近…………。って、セツナ…………」

起きて欲しい、と云う我が儘と。

日没が近い、と云う真実と。

その二つを織り交ぜて、カナタはセツナを、更なる覚醒へと引き上げようとしたが。

カナタの意向に沿う素振りを見せたセツナは、当人の努力の甲斐もなく、睡魔に負け、べしょっと、カナタの肩口に突っ伏した。

「……これは駄目かなー…………。────セツナ。セツナ、起きて? セツナ。……セーツーナーーーっ」

突っ伏した躰を、突っ伏した姿勢のまま支え。

耳許に唇を寄せ、高めのトーンで、カナタは喚いた。

「……うーん…………。抱き抱えて帰っても、いいんだけど…………」

が、ぼそぼそと、聞き取れぬ何かを囁き、もぞもぞと、身動みじろぐだけしかセツナはせず。

どうしようかな……と一瞬だけ、考え込むような色を、その頬に浮かべて直ぐさま。

「セツナ。起きて」

傍らへ釣り竿を放り出し、支えていた躰を、両手でふわりと起こして彼は。

起きろ、と云うや否や、触れる程度の細やかなキスで、セツナの唇を封じた。

「…………ん……?」

──幾度も、幾度も。

その『細やかさ』だけは変えず。

角度と長さのみを変え。

自分が今、一体何をされているのだろうと、セツナが瞳を開くまで。

カナタは、接吻を続けた。

「………………カナタさん……?」

「ああ、起きた?」

「いえ、起きた? じゃなくって。今、何してました……? 僕に、何しました……?」

触れては離れ、触れては離れしていくカナタの唇に、瞼をこじ開けられて。

今のって……? と、薄茶色の瞳を、セツナは見開き抗議する。

「何して……って。キスだけど」

しかしカナタは事も無げに、キスの単語をさらりと告げた。

「……そりゃ、そうだろうなあ、とは思いますけど…………。僕の寝起きが悪かったってだけで、どうして…………」

「どうして……と言われても、困るんだけど……。キスの一つもしてみれば、セツナ、起きるかなって思ったし、キスしたかったし。それに」

「…………それに?」

「夕べ、言わなかった? 僕は君に、毎日接吻をするって。なのに今日は未だ、セツナとキス、してなかったから」

「そー言えば、そんなこと言ってましたね…………。ニ、三日もすれば、慣れる、とか何とか……」

もしも、聴く者がいたらどうするんだと、セツナは叫びたくなる単語を、しれっと告げた後。

ケロリ、接吻の理由をも語ったカナタへ、げんなりと、セツナは項垂れてみせ。

「……でも、僕は未だ、慣れてなんかなくて……。それに、ここ、外ですし…………。出来れば、今後こーゆーことは、止めて貰えると嬉しいんですけど……」

チラリ、と云った感じで、彼はカナタに上目遣いを送った。

「こーゆーことって、キス? それは、悪いけど……──

──……あー、違います、それじゃなくって……。外で、って云うのと。何回も、って云うのを……その……勘弁して貰えると嬉しいなー、って」

「……君が嫌だと言うなら、『野外』で、と云うのは、考慮してあげてもいいけど。そんなことまで、無理強いするつもりはないしね。……一応。でも、回数限定の申し出は、受けてあげられないよ、多分」

縋るような、セツナの上目遣いを向けられて。

カナタは『一応の』、妥協案を示しはしたが。

その全て、受け入れてあげることは叶わない、と、暮れ始めた陽を見上げながら、難しい顔を作った。