「いーじゃないですか……。キスするのが嫌だ、って、そう言ってる訳じゃないんですしぃ……」
余り、この議論はしたくない、そんな表情で、そっぽを向いたカナタへ。
もぞもぞ、支えられていた腕の中から逃れ、池の畔の傾斜へ座り直したセツナはそれでも、食い下がった。
「……じゃあ、聴くけど。接吻を重ねることの、何が嫌なの? セツナ。愛情表現の一つなんだけどね、キスって。──これも夕べ、告げた筈だよ? 僕は君を、愛していて。だから、君にキスをしたいと思うし。僕が君に接吻をする理由は、それだけで充分だと、僕は言わなかった?」
「………………それは……夕べ、聴きましたよ、確かに……。確かに、カナタさんにそう言われましたけど……。…………沢山、すると……何か、減りそうで」
「…………は? 減る? …………何が?」
「……『僕』、が……」
──食い下がりの果て、彼が口にした理由は、接吻を重ねると、『僕』が減りそうだから、と云う、少々、意味不明なそれで。
「……減ら……ない…………と思うけど……」
どう答えたら良いやらと、カナタは上向けていた視線に、困り果てた色を乗せ、セツナへと戻した。
「そう、ですか……? でも、減りそうな気がするんですもん……。だから、沢山は、ヤです。沢山キスしても、減らないって判るか……『減ってもいいや』って思えるかまで、沢山は駄目です」
「セツナ。参考までに聴くけど……君の言う『沢山』って、どれくらい?」
「一日、一回以上っ!」
「………………却下」
「どーしてですかーーーーーーっっっ! 全部嫌だって言うより、マシじゃないですかーーーっ! ……一日一回で、じゅーぶんじゃないですか…………」
「……あのねえ…………。──どうして、好きだよ、って、愛してる、って、そう告げた君を前に、一日一回程度のキスで、僕は満足しなければならない? 拷問って言うんだよ、それ」
「……うーーーーーーー…………。だって…………。だって、だって……だって…………」
瞳に乗せた、困惑の色を、何時しか、不機嫌そうな色へと変え。
セツナの訴えを、カナタが退ければ。
ほんの少し俯いて、セツナは、だって……とだけ言い募り。
「…………どうしたの、セツナ。……僕と接吻を交わすのは、本当は、嫌?」
「……だから…………そうじゃ、なくて…………──」
彼は唯々、俯きの角度を深め。
「あの、ですね……。カナタさん…………」
長い、と言える沈黙を、己とカナタの間に挟んで、セツナは。
「……何?」
「…………だって僕…………未だ、カナタさんに、答えてないから…………」
ポツ……っと、風に流されれば消えてしまう、掠れるだけの声で、そんなことを告げた。
「答えてない?」
「……僕。好きです、って、愛してるって、そう言ったカナタさんの言葉に、答えてません…………」
「────だから、嫌なの? 君の答えを、示していないから? ……それとも、僕が、答えを求めていると思った? …………言葉なんて要らないよ、セツナ。『今は』、要らない。言葉なぞなくとも、君は僕の接吻を受け入れてくれた。そして今も、接吻をするのは嫌じゃないし、日に一度なら……とね、そう言ってくれる。──それが、明確な君の答えだと、僕はそう受け取っているよ。言葉よりも、尚雄弁な、君の態度を」
──僕は貴方に答えていない。
……そう語るセツナへ、カナタは薄く笑みながら、言った。
「………………そう、ですね…………」
すればセツナは、抱えた己が膝上に、強く顔を伏し。
「嫌じゃ、ないんですよ…………。カナタさんに求められることが、嫌なんじゃないんです……。言葉にするのも、出来ない訳じゃないんです……。唯……唯、夕べの僕には、『勇気』がなかっただけで…………────」
何処となく、泣きそうな声で、想いを綴り。
「…………カナタさん……?」
彼は、意を決した風に、伏せていた面をバッと持ち上げて。
「……何?」
「………………大好きですよ、カナタさん。大好き…………。貴方となら、僕はキスだって出来ます……。例え『僕』が、削られても……」
真摯な光を、大きな、薄茶色の瞳に浮かべ。
セツナは、縋るように、カナタへと両腕を伸ばしながら、大好き……と。
「……セツナ…………」
そんなセツナを、カナタはゆるく抱き留めて、唯、名だけを呼んだ。
「大好きですよ、カナタさん……。愛してます…………」
──と、セツナは、縋るべく、カナタへと伸ばした両腕に、必要以上の力を持たせ、僅か、カナタを引き寄せるようにしながら。
掠めるよりも尚浅い、接吻とも言えぬ接吻を、した。
「夕べ……君になかった『勇気』は…………────」
「──……はい?」
セツナの唇が、微かに触れて行った己がそこに、右の指先を押し付け。
カナタは何かを、言い掛けた。
「……ううん、何でもない」
でも。
それは、最後まで語られはせず。
「君の言う、一日一回って、セツナから僕へのキスは、ってこと? 僕からセツナへのキスは、数えなくてもいいの?」
接吻を交わし合っていると云うのに、仄かに漂う重苦しい雰囲気を打ち消すように、カナタはニヤリと笑ってみせて、逃げて行こうとしたセツナの躰を引き寄せ直し。
「……へ?」
「何だ。そう云うことなら、遠慮なく」
「はい? あの? え、カナタさ……──。──……んーーーーーーーっ!」
息も出来ぬようなキスを、彼はセツナへと。
「外ではしないって……考慮するって……さっきそう言ったのは、どの口ですか…………っ」
──じたばた、暴れてみても、中々解放しては貰えなかった接吻の後。
突き飛ばすようにカナタの胸を押し、大慌てで身を引きながら、ぎゃんぎゃんと、セツナは喚いた。
「うん、だから。考慮はする、って。そう言ったろう?」
「……カナタさん、屁理屈の寄せ集めで出来上がってますか? 人格」
「…………物凄い言い種だね。セツナだって、ここが外にも拘らず、キスしてくれたのに」
「そ、それはぁっっ」
「それは、何? 何も違わないだろう? ……ああ、良かった。日に一度、って言うのが、セツナから僕へ、の話で。…………さ、セツナ。もうそろそろ日が暮れるから。戻ろうか、宿に」
ぴーぎゃー喚かれ、悪態を吐かれても。
そんなもの、歯牙にも掛けぬ風に、カナタは一人語り、一人納得し。
さっさと立ち上がり、ニ本の釣り竿を担いで、宿の方へと踵を返した。
「何を一人勝手に、都合良く解釈してるんですかーーーーっ! ……あっっ! 狡いですよ、カナタさんっっ。カナタさんってばーーーーっっっ」
己の意に沿わぬことに耳は貸さない、との態度を押し出し、とっとと歩き出してしまったカナタへ、セツナはそれまで以上に声高に、喚きをぶつけたけれど。
「なぁに? セツナ。…………ほら、おいで」
数歩歩いた先で、ぴたりと立ち止まり、振り返った彼に、誘うように、片手を差し伸べられ。
「ホントに、もう…………」
諦めたようにセツナは、伸ばされた右手へ、自身の右手を重ねた。
そうして彼等は、手と手を繋ぎ、宿への道を歩き出し。
「…………カナタさん」
「……ん?」
足を進めながら、セツナはカナタを呼び。
呼ばれたカナタは、セツナを見下ろした。
………………そして。
言葉は紡がれる。
「大好きですよ、カナタさん。例え『僕』が、削られても」
End
後書きに代えて
何と申しますか。延々、ちゅーしてるだけの話と言うか。
…………えーーーと。まあ、色々。うん。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。