翌朝。

目が覚めて、起き上がろうとしたら、ガン、と金槌で殴られたような衝撃が、後頭部に走った為。

「うあー…………」

二日酔い? とセツナは、起き上がり掛けの姿勢のまま、もう一度ベッドに崩れ落ちた。

頭は痛いし、そんなに泣いた覚えはないのに瞼も開かない、と彼は、痛みと情けなさで胸を一杯にする。

「あれ……?」

が、それでも記憶だけはしっかり甦って、シエラに勧められるまま酒を飲み、寂れた酒場で沈没した筈なのにどうしてベッドで……と訝しみ。

「まさか…………──

──おはよう、セツナ」

「わあっ! やっぱりっ!」

今朝の状況を、悩んではみたものの。

己が宿屋のベッドに寝ていられた理由など、たった一つしか思い当たらない、と蒼白になった瞬間、『心当たり』に話し掛けられ。

悲痛な声を、彼は放った。

「やっぱり、って何が? ……ああ、ここで君が寝てる理由? そうだよ。いなくなっちゃった君を僕が見付けて、ここまで連れ帰って来たから。──駄目だよ、あの『おばあ様』に勧められるまま、お酒なんか飲んじゃ。どれだけ試してみたって、セツナはアルコール、強くなんかならないんだから」

自身の上げた大声の所為で、又、くわんくわんと頭の中が鳴って、自業自得の目に遭いながらも、声の方へと眼差しを向ければ、そこには案の定カナタが立っていて。

「御免なさい……」

しゅん……と、真っ赤に腫れているだろう目許を枕に押し付け隠しながら、小さくセツナは詫びた。

「………………いいんだよ。怒ってなんかいないし」

落ち込んでいる風なセツナへ、カナタはベッドに腰掛けつつ優しく笑んで、そっと抱き上げ。

「……御免ね……」

コシコシと目を擦り続ける彼を、ふんわりと抱き締めた。

「え……?」

「御免。……君を泣かせるつもりなんて、これっぽちもなかったのに。結局僕は、君を泣かせてしまった……。──君がね、彼女に悩みを打ち明けているのを、聴いてしまったんだ。知ってたんだね、セツナ。僕が、その…………『捌け口』を、春をひさぐ女性に求めたってこと」

「……それは、その……あの……ですね…………。僕……僕、別にそれを、怒ってる訳じゃないんですよ……? カナタさんのこと、責めるとか、そんなつもりこれっぽちもなくって……だから……。御免なさいっ…………」

「君が、口籠る必要も、謝る必要も、何処にもないだろう? 君に詰られるべきなのは、僕の方なんだから。……言い訳、なんだけどね……セツナ。僕にも、人並みの欲求はあるんだよ。でも君に、無理強いだけはしたくなかったから。……御免、辛い想いさせて。………どうして君が、何時か僕に捨てられると怯えるのか、それは僕には判らないし、僕が捌け口を別に求めたから、そんな恐怖を覚えるようになったのか、それも判らないけれど……セツナ?」

「……はい……?」

「今直ぐ、その恐怖を手放せとは言わない。でも僕は、確かに君を愛しているよ。ありとあらゆる意味で。君だけを、ね。だから……何時の日か、でいい。何時の日か、僕を受け入れて? ね? セツナ」

何で、御免ねと言いながら、カナタが抱き締めて来るのか。

それが判らずに、きょとんとしていたセツナへ、当のカナタが告げたことは、少しばかり『言い訳』の匂いのする『理由』と。

君を愛している僕を、何時の日にかで構わないから、叶うなら受け入れて欲しい、という『懇願』にも似た想いだったから。

「もう……一寸。もう一寸だけ、待って貰えませんか、カナタさん……。本当に、もう一寸でいいんです……。もう一寸の間だけ……。──えっと……その……その、ね、カナタさん……。僕も、カナタさんのこと、好きで、愛し……てて……。カナタさんは僕の一等なんです、あの頃からずーっと……。だけど、どうしても踏ん切り、付かないから……。未だ、僕は『怖い』から。待ってて、貰えませんか……」

そうっとカナタを窺い見てセツナは、『怖くなくなって』、『踏ん切り』が付くまで待って欲しい、と呟いた。

「…………例えば、何時まで?」

そんな彼を、カナタは儚げに見詰める。

「例え、ば…………。──例えば、僕達が初めてキスをした時みたいに。あの日が丁度、僕達が出逢って五十年目の記念日だったみたいに。……本当に、例えば、ですけど……僕達が出逢って、丁度百年目の日になるまで」

「……いいよ。その、『例えば』、の日まで、後、ほんの数年だ。それくらいなら、幾らでも待てる。その日まで、君が待ってくれと言うなら、僕は、幾らだって」

────あの、バナーの村の池の畔で出逢った日より、丁度百年の刻が過ぎたら。

そうすれば、と。

セツナがそう言い出したことに、カナタはゆっくり頷いて。

にこり、綺麗に笑い。

壊れ物を扱うような仕種で、セツナへ接吻くちづけを施すと。

「もう。片時たりとも離れない。何処にも行かない。君が望む限り」

二日酔いになんかなっちゃったんだから、もう少しお休み? と囁いて、腕の中のセツナを横たえ。

セツナがうとうととし始めるまで彼は、ひたすらにセツナの髪を撫で続けた。

「丁度、百年。僕達が出逢って、百年目になるその日。……ああ、それまでなら、待てる。……それまでしか、僕は待つつもりなんてなかった。あの頃の僕達を知る殆どの者が、この地上より去るだろう頃までしか。──僕の望む答えを出してくれて、有り難う、セツナ。効いたのかな、僕がイケナイ遊びをしてるって判るように、わざとらしい残り香なんか付けて、帰って来てたコト」

────未だ、『怖い』のか。

何処にも行くな、という風に、カナタの上着の裾を強く握ったまま、再び寝入ったセツナへ。

低く語り掛けながら。

カナタは何時までも、セツナを見守っていた。

End

後書きに代えて

スライディング土下座。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。