カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『千年の神』

「……セツナ。一寸」

「何ですか?」

「いいから、一寸こっち来て?」

「……それは、別に構いませんけど……。お風呂場の鏡、二人して覗き込むことに、何か意味あるんですか?」

「ん。一寸だけね」

「………………今日のカナタさんは、おかしなこと、じゃなくって、胡散臭いこと、言いますねえ。まあ、良いですけど……。──で? 鏡覗いて、次はどうするんです?」

「……ねえ。何か、視える?」

「へ? …………カナタさんと、僕が映ってるのが見えます……けど?」

「…………それだけ?」

「……?? ……ああ、後ろのお風呂場の扉も見えますけど? 壁と天井も」

「そう。…………有り難う。御免ね、変なこと訊いて」

「はあ……。──……カナタさんには、何が見えるんですか?」

「ん? 僕にも、君と同じ物が見えるよ? 風呂場の入り口と、壁と、天井と。そして僕と、君」

昨日まで滞在していた街から、街道沿いにある次の街へと向かう為に、カナタ・マクドールとセツナの二人は、その国の、その地方の、深い森を抜けていた。

二人が抜けることにした、鬱蒼とした森は、今を遡ること百年程前、現・トラン共和国が打ち立てられる切っ掛けとなったトラン解放戦争にて、トラン解放軍の軍主だった経験を持つ、カナタの口で例えさせれば、トランの南にあった、『大森林』に良く似ている、と相成り。

やはり、今を遡ること百年程前、現・デュナン国が打ち立てられる切っ掛けとなったデュナン統一戦争にて、同盟軍の盟主だった経験を持つ、セツナの口で例えさせれば、リューベの村の森に良く似ている、と相成る。

そんな感じの森だった。

カナタとセツナ、そのどちらの例えがより、その森を言い表すに相応しいか、それは兎も角として、今、二人が抜けようとしている深い森は、かつては良く見知っていた場所を二人に思い起こさせる風情であるのは確かで、鬱蒼としてはいるけれど、重苦しい雰囲気は微塵もなく、高い位置で空を覆う大木達の茂みは、季節柄、緑の色鮮やかで、折り重なる梢の隙間から洩れる昼の陽光は、細く眩しく、きらきらと輝いていた。

近くに川でも流れているのか、それとも、地下に滔々と流れる水脈でもあるのか、土壌の色は濃く、根付く命は豊かで、時折見掛ける生き物達も多く、至る所から、せせらぎのような水音が聞こえた。

「物凄く、いい森ですねえ……」

森を貫いている、細い道の途中で立ち止まって、きょろきょろと辺りを見回しながら、セツナは感嘆を洩らした。

「そうだね。とても豊かで、良い場所だ」

旅の道連れである彼が足を止めてしまったから、カナタも又、それに倣い。

彼は、セツナの背中側に広がる方の茂みを眺めた。

「…………へぇ」

と、そんな風に辺りを見遣っていた彼の目に、一本の巨木が止まり。

「……メチャクチャに大きくって太い木ですね……」

何を見て、カナタが声を洩らしたのかと、その視線の先を追い掛けたセツナも、カナタと同じ巨木を見上げ、ぽかっと口を開いた。

「うん。見事だね。…………これだけ見事だと…………──。……ああ、やっぱり思った通りだ。ほら、あの木の根元に、小さな祠がある。あれは、この辺りに住む人の、御神木みたいだ」

「御神木……。神様ってことですよね」

「そうだよ。自然信仰って奴」

「……じゃあ、僕達もあやかって、お祈りしていきません?」

「ん? 良いよ」

セツナが、思い切り首を曲げつつ見上げ、その小さな口をぽかりと開く程、立派なその木の根元には、カナタがそう思い、そして見付けた通り、小鳥の巣と比較出来るくらい細やかな大きさの、祠があった。

故に、あの大木はこの辺りの御神木なのだろう、とカナタは踏み。

ならば、とセツナは相方を促して、お祈りをして行こう、と告げ。

カナタもそれに頷いたから、二人は揃って、大地の上に競り上がる木々の根を乗り越え、その巨木の真下に立った。

「あ、きれーーーい」

根元に立ってしまうと、首を直角に曲げても頂上が見えぬ程高いその木を見上げてから、傍らの、小さな祠を見下ろしたら、祠の直ぐ脇に、清水が湧き出ているのをセツナは見付け、声を上げた。

──御神木と目されているのだろう巨木の根元から湧き出る清水は、やはり、神よりの賜物、とこの辺りでは思われているのだろう。

湧き水の出口には、円形に近い大きめな石を二つに割って、中をくり抜いたと思える、人の手が加えられたそれが置かれていて、清水は、巨木と共に祭られているかのように、石の窪みに溜るようになっていた。

「美味しいですよ、カナタさん」

なので、早速、とばかりにセツナは、足許に、取り去った両の手袋を放り投げて、素手を、岩の窪みに突っ込み、掬い上げた清水を飲み干して、にこっとカナタに笑い掛けた。

「……お腹壊しても知らないよ?」

「へーきですよ、こんなに綺麗なんですから」

すればカナタは、少しばかり苦笑を浮かべて、嗜めるように言い。

だいじょぶですっ! とセツナは胸を張り。

「僕のお腹は、丈夫ですっっ」

「知ってる。健康な方だものね、セツナも。昔は良く倒れてたけど、それはセツナの所為じゃないし。まあ、今でも時々、風邪引いて寝込むけど。総じて、丈夫かな」

「はいっ。……でも、カナタさんの方が、僕よりも遥かに健康だと思いますよ? 僕、今まで一度も、カナタさんが寝込んだり、具合悪くしたり、風邪引いたりしてるトコ、見たことありませんもん」

「……そうだっけ?」

「そーですよ。序でに言えば、怪我したのも見たことありません。……百年ですよ、百年。僕達が出逢ってからもう、百年以上過ぎたんですよ? なのに一回も、そーゆーことない、って。健康とか、丈夫とか、そんなの通り越し…………。────……えーっと」

「健康とか? 丈夫とか? 通り越して? …………何?」

「…………何でもありません。聴かなかったことにして下さい」

二人は、穏やかな表情を作りながら、巨木を眺めつつ、何時もの馬鹿話に興じ始めた。