カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『それから』

僕だって別に、鬼畜生という訳じゃないし。

労ってあげたいとか、気遣ってあげたいとか、思いはするけれど。

但、ね。

そうもあからさまに、態度に出されると。

からかってみたい……、なんて欲求が、生まれたりもする訳で。

────……などと。

かつて、トラン共和国建国の英雄、という肩書きを背負っていた──否、今でも背負っているかも知れない、彼、カナタ・マクドールは。

暫く振りに訪れた、その、己が打ち立てた国、トラン共和国の首都、グレッグミンスターを後にして一週間後。

トラン南方へ向かう船に乗ろうと、辿り着いたリコンの町で、宿屋のベッドの上にちんまりと座っている、己が旅の道連れ、セツナを眺めながら、そんなことを考えていた。

……丁度、今より遡ること百年と十日前。

ここトランと、隣国デュナンとの国境の村・バナーで、自分と、当時はあの大地の覇権の為に戦っていた、同盟軍の盟主だったセツナが、巡り会った『記念』の日を、どうしても、黄金の都で迎えたい、と我が儘を言い、セツナが頷いてくれたのを良いことに、思惑通り『記念日』を、カナタはセツナと共に、グレッグミンスターの宿屋で過ごし。

二人が出逢って、百年目のその日。

大げさな言葉で言えば、カナタ的には『大願成就』と表現出来るだろう、『念願』を果たして以来。

どうにも、セツナが『挙動不審』なので。

つい、むくむくと。

態度のおかしい、己が片割れをからかってみたい、と。

彼はそんな欲求を覚えてしまった。

──何故、自分達が出逢ってより数えて、丁度百年目に当たっていた日より、セツナの態度がおかしいのかなど、カナタには充分過ぎる程、判っている。

もう、十日前の事となってしまったあの夜、二人で送った、『時間の過ごし方』の所為だということは、火を見るよりも明らかだ。

だから。

暫くの間は、セツナの気の済むようにさせてやろうと、彼は思っていたけれど。

この世に溢れる、何も彼もがどうでもいい、とのそれが本心のカナタにも、一応、『忍耐の限界』というものはあり。

事、セツナに関する彼の忍耐力は、余り強くなく。

からかいの衝動も、覚え。

故に、彼は。

今日は逃してしまった、リコンの街とトラン南方の街を結ぶ定期船に明日乗るべく、一晩を過ごすこととなったこの宿屋で、身を潜めるようにして、ちんまり、と片隅に座っているセツナへ、誠に判り易い眼差しを送って、徐に立ち上がった。

「セツナ?」

片割れのいるそれと、並ぶようにして置かれているベッドから腰を浮かせ、ゆっくりと近付きながら、さも、心配しきりの声音で以て、彼の名を呼び。

「…………な、何ですかっ」

ぱっと、弾かれるように俯き加減だった面を上げたセツナの横へ、

「どうしちゃったの? ここの処、ずっとそんな調子だよね。何処か、具合でも悪い?」

……と、告げながら並び座り。

「べ、別に具合なんて悪くありませんっっ」

身構えるように身を強張らせ、ひくりと唇の端を引き攣らせた彼を、じっ……と、真っ直ぐに見詰め。

「…………そう? なら良いんだけど。──ねえ、セツナ……」

甘ったるい声を出し、カナタはセツナへ、腕を伸ばした。

「え、ええっ。別に僕は、具合なんか悪くありませんっっ!」

そうしてみれば。

悲鳴に近いトーンで声を放って、セツナは伸ばされたカナタの腕より逃げ出し、ビタっっと、音がする程の勢いで、ベッドの片側と接している壁へと、背中を張り付かせた。

「……どうして、逃げるの」

「逃げてなんかいませんっ」

「…………僕の目には、充分、逃げてるように映るけど」

「気の所為ですっ。カナタさんの気の所為ですっ!」

「ふうん……。そうなんだ、僕の気の所為なんだ。逃げてる訳じゃないんだ。……じゃあ、ここの処セツナがずーーーっと、僕のこと避けてるような態度取ってるって思うのも、僕の気の所為なんだ」

故に。

内心、笑い出してしまいたいのを堪え。

「そ、そうですよっ。カナタさんの気の所為ですよっ」

綺麗な微笑みを湛えながらカナタは、唇の端だけに浮いていた引き攣りを、顔全体に行き渡らせているセツナの方へとにじり寄り。

「じゃ、そっち行ってもいいよね? 逃げてる訳じゃないんだろう?」

「え…………。……えっと、それは駄目ですっ」

「どうして?」

「どうしてもですっ」

「……何が気に入らないの? セツナ」

そこより先、逃げる場所がなくなってしまったから、益々壁に背を押し付ける格好を取った片割れの、両の手首を素早く掴んでカナタは、ベッドへと押し倒した。

「何も、気に入らないことなんてないですーーーーっっ。でも、駄目ですっ」

すればセツナは、泣きそうな顔を拵えて、ぐいぐいと、何とかカナタの体を押し戻そうと足掻き。

「もしかして、セツナはもう、僕のことが嫌いになった? ……もう、僕に、愛想を尽かした? だから、そんな風に僕を避けるの? 結ばれたばかりなのに」

誠にわざとらしい哀愁を声に持たせて彼は、セツナより眼差しを外した。

「……そうじゃありません……。カナタさんのこと、嫌いになったりなんかしません……。但、その…………」

と、セツナは、ワタワタと慌てたように言い、が口籠り。

「但、何?」

「十日前の『アレ』の所為って言えば、まあ……そうなんですけど…………」

「……セツナの、本意ではなかった? 僕の独り善がりで、僕は君に、無理強いをしてしまっただけ?」

「………………だから、そうじゃなくって………。──………………です……」

「ん?」

「…………ったんです……」

「……? 聞こえない」

もう一押し、とカナタが、そんな彼を追い詰めてみたら。

「……………………痛かったんですってばっ。あんなに痛いものだなんて、思わなかったんですってばっっ。序でに言うと、怖かったんですってばーーーっ」

「……は?」

「だから、ああ、もうっ! 僕はもう当分、あんな想いしたくないんですぅぅぅっっ! カナタさんの、馬鹿ぁぁぁぁっ!」

──開き直ったように、セツナは、大声で、『真相』を喚き出した。

「あ、そう……。……そうなんだ」

だから。

一瞬、切れ長の瞳を丸くして、あっけに取られたような表情を晒した後。

カナタは、腹を抱えて笑い出した。