執拗に、という表現は、当て嵌まらないけれど。
そう言われても仕方ない程、セツナの肌だけを、カナタが愛し続けたので。
力ない、カリッ……という音を立てながら、セツナの指が、カナタの背を掻いた。
「カナ……タ……さん……っ……」
『怖い』という感情を生む、己すら変えられてしまうような『ひと時』を、セツナは知ったけれど。
彼は未だ、それを知ったばかりで。
だからどうしたらいいのか、など、判り得る筈もなく。
苦しげに、唯泣きながら、カナタの背へ爪を立て。
片割れの、名を呼んだ。
──言葉にすれば、快楽、の。
その頂点に流れる忘却の河、それを一人で越えることなど、セツナには出来ない。
与えられるだけでは、河の向こう岸は遠く、導いて貰えなければ、そこへは彼は、辿り着けない。
連れて行ってと、片割れにねだればいい、ということさえも、彼には判らない。
潤む瞳で、唯、カナタだけを見て、唯、カナタだけを呼んで。
彼は。
…………すれば、接吻が又、降って来て。
セツナは、瞼を閉じた。
ほんの少し、上がっているようなカナタの息遣いと、カチ……と、固い何かが触れ合うような音が、閉ざした瞼の、闇の向こうから聞こえた。
「……カナタさ……?」
あの音は、一体何の音だろう、と、セツナは薄く、瞳を開く。
が、途端、冷たい何かに滑ったカナタの指が、何モノにも拒まれず、躰の奥へと忍び込んで来たから、言葉半ばで、彼は声を飲み込んだ。
「んっ……」
忍び込んだ指は、冷たい何かをそこに残して、直ぐに逃げて行った。
けれど又、指は、冷たい何かを奥へと運んで来て。
忍び込む指、逃げて行く指、それは幾度も繰り返され。
気が付けば、水面を弾くような濡れた音が、『そこ』からは沸き上がっていた。
──痛みも、恐怖も、もう遠く。
悦が、胸の奥から生まれ。
水音に良く似た濡れる音は、あの『痛み』を喜んで迎え入れる為の、淫猥な音、と思えて。
「…………カナタ……さんっ、のっ……馬鹿……っ」
不意に。
セツナの片隅に、カナタに対する憎らしさが湧いて、彼は弱々しく、右手を振り上げた。
持ち上げられた腕は、組み敷いている彼を叩くより先に、絡め取られる。
柔らかく、事も無げに手首を掴まれ、指は結び合わされ。
「いけない子だね」
薄く笑ってカナタは、セツナの中を掻き乱した。
「……ふぁ……。あ……んっっ……。そこ……駄目っ…………」
「憎まれ口ばかり叩くなら、達かせてあげないよ?」
「…………っ……ど……して、そ、いう……酷い、ことばっかりっ……」
「……さあ? どうしてだろうね」
突然、強い刺激を与えられて、仰け反りながらも悪態を吐き続ければ、益々カナタの蠢きは激しくなって、響き続ける、ぐちゃりとした音は、高さを増し。
「どう……すれば……いいっ……って……」
貴方は僕に、何を求めるのですか、と。
涙ながらにセツナは訴えた。
「……瞳を閉じて。僕に縋って。……それだけで、構わないよ」
だから、カナタは望みを囁き。
言われるままセツナは、瞼を閉ざし、カナタに縋り。
──潤むそこに、『痛み』は穿たれた。
けれどもう、『痛み』は痛みとして有り得ず。
有り得たものは、『重み』を持った、喜びと。
自分はもう、変えられてしまったのだ、という実感を伴う、深い哀しみと。
もう二度と引き返せない所まで、自分は来てしまったんだ、との、今更ながらの実感で。
溺れることの、遥か先に、…………が有ればいいのに、と。
霞み掛かって、鈍る想いの裏側で、セツナはぼんやり、そう感じ。
「ちゃんと……僕を見てる……?」
何を察したのかカナタは、追い詰めるように強く、セツナの中を満たし続けた。
初めてそれを知った『刻』よりも、長くきつく、愛されて。
何処となく、青褪めたような顔色になったセツナは目覚めた。
でも決して、心地の悪い目覚めを迎えた訳ではなく。
気怠いけれど、照れと、喜びのようなものは、胸の中にあり。
「……うぁ?」
幸福を感じるまで眠りを貪った早朝のような風情で、きょろきょろと、彼は辺りを見回した。
見遣った窓辺の向こう側は暗く。
今は未だ夜、と彼は知って、次いで、素肌を晒したままの自分を、同じように、素肌を晒したままのカナタが、軽く抱きながら見下ろして来ていることも知り。
「………………。カナタさんの……、カナタさん、の…………──」
「え? 僕がどうかした?」
「カナタさんの、馬鹿ーーーーーっ!」
くすくす、笑いながら見遣って来るカナタへ、声高な叫びをくれた後、セツナは、本能に突き動かされたように、がしっと枕を引っ掴んで、片割れの顔面目掛け、渾身の力を込めて投げ付けた。
けれど、情事が齎した、甘い疲れから目覚めたばかりの彼の渾身の力など、高が知れていて、あっさりと、手首の返しだけでカナタはそれを撥ね除け。
「……いっ。…………痛い……。腰、痛いっ…………。あだだだ……」
「あーあ。無理するから」
寝そべったままの、不自然な体制から枕を引っ掴んで投げた所為で、ずしりと腰に痛みを覚えて喚き出したセツナを、彼が目覚めた時より湛えていた笑みを一層深めながら、カナタは嗜めた。
「だ、誰の所為だとっ……」
「さあ?」
「さあ、じゃなくって…………。や、やっぱり僕、当分カナタさんの傍には寄り付かないことにしますからねっ……」
すればセツナは、嬰児のように躰を丸めて拗ね。
「でも、セツナ? もう、怖くも痛くも、なかっただろう? ……腰は痛いみたいだけど」
喉の奥から洩れる笑いを零しながらカナタは、膨れっ面になったセツナを、己が腕の中に納めた。
「直ぐそうやって、混ぜっ返すんですから、カナタさんはーっ」
大人しく、抱かれはしたものの。
ぶつぶつとセツナは、文句を言い募る。
だから、困っているような笑みをカナタは頬に浮かべ、セツナの髪を撫でて。
「…………幸せ? セツナ」
徐に彼は、片割れに問うた。
「え? ……ええ、それは、まあ……」
「そう。……良かった」
「……カナタさんは、幸せじゃないんですか?」
「まさか。幸せだよ、僕だって。とてもとても、幸せ。…………うん。幸せ」
問われたことへ、『僕は幸せです、でも、カナタさんは?』とセツナが返したから。
にこり、綺麗に微笑んで、幸せだ、と彼は答えた。
腕の中に、『キミ』がいて。
その身も心も、己がモノで。
『幸せ』でない筈がない、と。
──だから。
『今』は、確かに『幸せ』だ、と。
カナタはセツナに、そう答えた。
End
後書きに代えて
カナタとセツナの『初めて物語』の「それから」。
愛が有ろうと優しくされようと、痛いもんは痛いだろう、と(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。