例え今、『貴方』達の近くにカナタ殿がおらずとも、あの方は何時の日か、死に逝く間際、私があの方との約束を破って、『後悔』を引き摺りつつ逝った、と知るでしょう。

それを知ればあの方は、嘆かれるかも知れませんし、私を蔑むかも知れませんが。

もしかしたら、あの方が私達に見せようとする『夢』が、時に『夢』とは成り得ない、と、気付いて下さるかも知れません。

あの方の中では、『行ってはならない無様な姿』とされているだろう、私の様も又、人の有り様だと、気付いて下さるかも知れません。

……私達のように、カナタ殿も又、人です。

そのようなこと、あの方は充分心得ているのでしょうけれども、今のままではあの方は、人ではありません。

…………だから。

何れにせよ、誰かが、カナタ殿の最後の盾にならなくてはならないのなら、その仕事を引き受けるのは、私の役目であるべきなのですから。

私はそれに従い、己の役目を引き受けたのみで。

どの道、その役目を負うならば、軍師としてではなく、人として、あの方の為に私に出来る最後のことをしようと、そう思っただけです。

……遥か遠い彼方だけを見詰め続けてゆくのだと、己自身に課してしまったあの方に、私に教示出来ることは、もうありません。

あの方に、私が伝えられる最後の教示は、『これ』だけです。

人生の最期に、あの方へ向けて、『後悔』を寄せてみせることだけです。

…………もしかしたら、『貴方』は。

何と愚かで早まったことを、と。

この手紙を読んで、そう思われるかも知れません。

愚かなだけでなく、カナタ殿にとっては、『酷』と言えるだろうことを、と、そうも思われるかも知れません。

でも。『貴方』も、そうであるだろうように。

私は、己の中の何かと──例え、命と引き換えにしてでも。

私達に『夢』を見せ続けて、私達の為に荒れ野を生み続けて、私達の全てを変えてくれたあの方に、幸せになって貰いたいのです。

唯、そう願っているだけなんです。

……こんな風に私が想い、こんなことを仕出かすこと、そのことがもう、あの方にとっての『不幸』なのでしょうけれども。

『不幸』を『不幸』だと判っていて、『夢』を見せ続ける存在に、身勝手な願いを寄せること、それがもう、間違いなのでしょうけれども。

それでも、私はカナタ殿に、幸せになって貰いたいのです。

幸せで在る為に、あるかどうかも判らない、遥か遠い彼方を見詰め続けるだけではなくて、振り返ることも、後悔せざるを得ないことも受け入れられる、人として在って欲しいだけです。

……私は、あの方に、私達が奪ってしまった、『普通』を返したいだけです。

……話を戻しますが。

こう言った、事情があるので。

私の抱える、こんな事情の為に、私はサンチェスを利用してしまったに等しく、彼には大変、申し訳ないことをしてしまったので。

サンチェスのことを、どうか宜しくお願い致します。

────戦争中、見飽きる程に見て来た、解放軍正軍師だった男の筆跡で、確かにしたためられている手紙を読み終えて。

レパントは、軽い溜息を吐いて後、そっと、その手紙を折り畳んだ。

手紙に綴られていた通り、マッシュ・シルバーバーグが今際の際に行おうとしたことは、今は何処にいるのか判らない、カナタ・マクドールにとっては、酷以上に酷なこと、としか思えないが。

それでも、マッシュが何故、そのようなことを考えて、そしてそれを実行に移して、こんな手紙を残したのか。

カナタに幸せになって欲しい、その一念の源が、一体何処にあるのか。

それは、レパントにも、充分過ぎる程に理解出来る気がしたから。

「あの方へと寄せる、最期の後悔、か……」

折り畳んだ手紙を、慎重に、懐の中に仕舞って、レパントは、腰下ろしていた椅子より立ち上がり。

「アイリーン。居るんだろう?」

隣室に控えているだろう妻の名を呼んだ。

「……はい、貴方」

そうすれば、レパントの思った通り、次の間より、アイリーンは静かに姿を見せて。

「すまないが、アレンとグレンシールを呼んで来てくれないか」

彼は、マッシュの言い置いて行った、遺言を果たす為に、妻と二人、その小さな部屋を出て行った。

End

後書きに代えて

2005年の新年早々、ド暗い話で済みません。

原典中、何でサンチェスは坊ちゃんではなくマッシュ先生を刺したのかとか、どーしてマッシュ先生は黙って刺されたのか(←妄想込み)とか、色々諸々考えましたら、書きたくなりまして。

この話の中で、マッシュ先生、ちょーーっとそれは酷なんじゃ……? って思えるようなこと仕出かしてますが、彼も又、カナタのこと想ってたんだ(肉親の情愛に近い形で)と、そう思ってやって頂けますか。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。