「父上に、ですか?」
上座を背にして立った父を。
カナタはその時、驚いたように丸くした瞳で、困った風に見詰めた。
「……不満か?」
「いえ、そうではなくて……。何時か僕は、父上の部下になるんでしょうから。父上の前で、帝国への忠誠を誓うことは、陛下に誓うことと同じ、なんでしょうけれど……」
「けれど、何だ?」
「………………その、一寸、照れ臭いなと、そう思っただけで……。──でも、父上であろうとも、僕の上官であることには、変わりありませんから、照れ臭いなんて、感じる方が間違ってますよね」
「……そうだな」
だが、彼は。
明日になればもう、『この関わり』の中に、親子、という血の繋がりも、肉親同士の情愛も、持ち込むことは許されないからと、こうしていることを照れ臭いと感じた自らに、言い聞かせるようにして。
微かに頷いた父を見上げ、綺麗に立ち、姿勢を正した。
そうして、カナタは、テオへと向き直った際揺らめいた、正装の裾が落ち着くのを待って。
己が父を、見上げたまま。
「我が祖国の忠実なる息子として。我が祖国を脅かす、外なる敵と。我が祖国を脅かす、内なる敵と。この身とこの命を以て、戦うことを誓います。我等が国と、我等が民とを脅かす、全ての敵と戦うことを。皇帝陛下の御名と、祖国の名に懸けて。我が祖国の剣となり、そして、盾となることを。今日、ここに」
瞬きもせず、一息に。
彼は誓った、父の前で。
「…………皇帝陛下。お受け取り下さい。我が不肖の息子が、陛下とこの国へ捧げる、忠義でございます」
それを受けて、テオは、背を向けていた上座へと向き直り。
深く、深く。
頭を垂れた。
「…………帰るか。グレミオが、首を長くして待っているだろう。余り遅くなると、何をしていたのかと叱られる」
「……はい」
────長過ぎる、と、傍目には感じられただろう、長く静かな黙礼を、この場にはいないバルバロッサへと捧げて、漸く、面を上げ。
カナタを振り返り、テオは穏やかに、笑った。
その笑みを受け、カナタも又、微笑みを返して。
ゆるりとした歩調で進み出した父に並んだ。
「父上?」
「ん?」
「……多分今夜も、シチューでしょうね」
「…………多分な」
「本当に、掛け値無し。グレミオの作るシチューは、美味しいと思いますけど。おめでたいことがあっても、不幸事があっても、取り敢えずシチューを作るグレミオのあの癖、何とかなりませんか?」
「……それは無理だ。私にも、どうにも出来ん」
「…………今年の春先だったかに。毎晩、グレミオがシチューを作り続けた時期があったじゃないですか。根菜を貰い過ぎたとかで。あの時、僕は正直、握り拳固めそうになりました……」
「まあ、そう言うな。あの時は確かに、私も辟易したが。食卓に着くだけで、黙っていても暖かい食事が出て来るのだ、文句は言えん。それに、あれは多分、グレミオの、趣味、だ」
「……そうですね…………」
ゆっくり、ゆっくり。
二人並んで行くことを、楽しんでいるかのように。
グレッグミスンター城の廊下を歩いて、今度こそ、城を後にし家路に着こうとしながら。
親子にしか出来ぬ会話を、彼等は交わして、最後には、忍ぶように笑い合った。
「まあ、諦めるより他ないな。家で一番偉いのは、お前の母が逝ってしまってからこっち、ずっとグレミオなのだから。あれには私も、頭が上がらん。あれが居なくては、家のことは何一つ、廻らんから」
「僕も、グレミオには勝てません」
「有り難いことだと思おう。あれがああしてくれているから、私達は日々に煩わされることなく、この国のことと、家族のことを考えていられる」
「そうですね。……グレミオのお陰で、というのは、僕も重々承知してます。──父上? もしかしたらグレミオが、我が家で一番の、愛国者なのかも知れませんね」
「それは、言えているかもな」
…………城内の廊下で、彼等と擦れ違った者達皆が、仲睦まじい親子、と。
そんな眼差しで見遣る程、楽しそうに忍び笑いを続け。
冗談さえも交わして。
注がれる、周囲の視線に気も払わずに、カナタとテオの親子は、そのまま、グレッグミンスター城を去って行った。
この日交わされた、祖国への誓い、冗談めいた会話、その全てが。
過ぎること、一年数ヶ月後に、全て覆されるとは、夢にも思わず。
End
──自由の大樹は、愛国者と反逆者の血によって育つ──
一 Thomas Jeferson 一
後書きに代えて
すいません、ワタクシ今、パパンブーム再来中で。
今、猛烈にテオパパラブモードで。
……いや、その。テオパパラブモードだからどうだと言うのか、と言われると、ちと困るのですが……。
例によって例の如く、パパと一緒の頃のカナタは、大変大変、大人しいお子です。パパン敬愛街道驀進中だった、この頃のカナタ。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。