カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『Wonderful world』
ここが一体何処なのか。
目の前は真っ暗闇で、俺には解らない。
唯一つ言えるのは、『ここ』が未だ、『この世』ということだけだ。
──赤月の何処かなのか。
それともそうじゃないのか。
そんなことすら、俺にはもう、解らないけれど。
『ここ』は確かに、『この世』。
それだけは、言える。
────何処なのかも解らない、ぼんやりと光が射しているような、そうではないような、薄いとも言える、濃いとも言える、冷たい闇の中で。
テッドは、そんなことを思っていた。
自分は未だ、『この世』にいる。
今は未だ、生きている。
それを確かに思って、そして。
己が未だいる『この世』の何処かに、やはり確かに生きているだろう親友のこと、を。
今は、遠い遠い、どうしようもなく『遠い』、親友のことを彼は想った。
…………巡り会ったのは、偶然だった。
テッドが、永い旅の途中で、赤月帝国五大将軍が一人、テオ・マクドールと巡り会ったのは、些細な偶然故だった。
何百年かに亘るその歴史の中で、周辺諸国や辺境地域と戦を繰り返して来た赤月帝国。
そんな巨大な帝国が繰り返す、『小さな』戦いの一つに巻き込まれて、進退窮まっていた彼を助けたのが、たまたまテオだっただけ。
そして、旅行く途中、良い噂も悪い噂も飽きる程耳にした、『ありがち』な評判の国の大将軍にしては、随分と……、とテッドが感心した程、テオは真っ当過ぎる人となりをしていたから、行く当てもなく、日々に困っていると言うなら、帝都・グレッグミンスターへ共に、と申し出てくれた彼の温情を、素直に受けてみようかとテッドが思ったのは、一言で言えば気紛れのようなもので。
『そこ』に、それ以上の深い意味はなかった。
それ以下の何かもなかった。
唯、テッドは偶然テオに巡り会って、気紛れに、その温情に乗り。
唯、テオは偶然出会ったテッドに、細やかな救いの手を差し伸べただけだった。
その結果、テオが申し出た通り、彼と共にテッドは、黄金の都・グレッグミンスターへ足を運ぶことになり、そこで彼は、テオの一人息子、カナタ・マクドールと出逢うことになった。
些細な救いの手を差し伸べる、その代わり……、という訳では決してないが、グレッグミンスター以外の『世界』を知らない息子と親しくしてやっては貰えないか、とテオに請われた時も。
只より高い物はない、助けて貰った借りを、僅かの時間、貴族のお坊ちゃんとの間に築く見せ掛けのお友達ごっこで返せると言うなら、と。
テオとの巡り会いが、その時のテッドには未だ細やかなことでしかなかったように、カナタとの出逢いも又、その時のテッドにとっては、些細な、その程度の思いで処理されるくらいのことでしかなかった。
不本意に借りてしまった恩を返すに足りた、と思ったら直ぐさま、テッドはグレッグミンスターを離れるつもりだったし、例えカナタが、彼の父であるテオに良く似た、好ましい人となりをしていようとも、三〇〇年の永きに亘り宿し続けるソウルイーターの呪いが掛かったテッドに、誰かと心を通じ合わせようなどとは、微塵も思えなかったから。
……遡ること、一五〇年程前。
心通じ合わせてもいいかも知れないと思えた、海が良く似合った少年にすら、背を向け去ったテッドには。
故に、それより暫く。
始めの内は、テオやカナタだけでなく、住まう者全てが、それはそれは暖かな質をしていたマクドール邸にて毎日を過ごし。
その内には、街の片隅に小さな家を借りて、何でも屋のような生業で日銭を稼ぎつつ。
テッドは、グレッグミンスターでの日々を送った。
一五〇年程前、海が良く似合ったヨミという名の少年の元にいた頃は、魂を喰らい歩く紋章の呪いを持て余し、誰彼構わず己の周りから退けるしかなかった彼だけれど。
その頃より過ぎること、更に一五〇年。
誰も心の中に入れず、作り物の感情を晒して上手く他人を躱すことを、彼も多少は身に付けたので、カナタとの見せ掛けだけのお友達ごっこも、順調だった。
作り物でない本当の感情が豊かで、悪戯が好きで、でも、己がテオ・マクドールの嫡男であるという現実をきちんと弁え過ぎていて、歳の割には酷く聡く、物判りも酷く良い、カナタ。
けれどテッドの目には、所謂大貴族のお坊ちゃん、としか映らない彼。
そんな彼を御するのは、三〇〇年を生きて来たテッドには、とても容易なことに思えた。
この分なら、後半年もして年が明ける頃になれば、黄金の都を旅立っても自分は恩知らずとならずに済むだろう、とも。
………………でも。
テオにより、テッドがカナタと引き合わされて一月半程が経った、晩夏のと或る日。