ま、人生、なるようになるでしょ、と。
開き直りの境地で酒場を後にした青年が、少年の部屋を訪れたのは、ベッドの上でのたうち回っていた少年が、強く強く抱き締めた枕を、『破壊』する寸前だった。
「………いる?」
ノックの音と共に、そっと扉を開けて、すっと青年は、同盟軍盟主の部屋へ忍び入り。
「あ、は、はいっっっ!」
声と姿に気付いた少年は、破壊寸前の枕を、慌てて毛布の下に押し隠す。
「…………? 何か、やってた……?」
「い、いえっっ。そうじゃなくってっっ! あーはーはー……。な、何でしょう………?」
見るからに怪しい様子でワタワタしている少年に、青年が近付きながら首を傾げれば、少年は、ブンブンと両手を振って、青年の疑問を否定した。
「……あー……。えっとね……。うん、と…………」
──比較的、気楽な調子でこの部屋までやって来て、ベッドの上にいた少年の傍らに、腰掛けはしたものの。
ここへ来て、思いきり勇気を削がれ、少年の態度のおかしさに気付くことも出来ぬまま、青年は口籠った。
「………………ああ……グレッグミンスターに帰る、とかですか?」
青年が何処となく、何かを言い辛そうにしているのを、少年は察したのだろう。
帰る、と一言告げに来たのかと、青年を見上げたが。
「そうじゃなくって……。そのう……ね」
そうじゃない、と青年は、それだけははっきり、否定し。
が、それでも、言葉を探し倦ね。
「あー………のね? あの…………」
「はい?」
「変なこと……聴いても、いいかな……?」
「……? 何をですか?」
「僕のこと…………好き?」
「…………?? ええ、僕は大好きですよ、マクドールさんのこと。それが、どうかしました?」
「そう? ……あの……それなら、ね。僕と…………付き合ってくれる……?」
辛うじて、一部分だけが冷静だった、心の奥底で。
僕は一体、何を言っているんだろう……と、己に問い掛けながら、言葉を探し倦ねた果てに青年は、少年の瞳を見詰めたり、逸らしたりしながら、辿々しく、『意志』を告げた。
「いいですよ。付き合うって、何処にですか? 御飯ですか? お風呂ですか? それとも、御買い物ですか?」
…………が。
『意志』を告げられた少年は、青年の抱えた意図を、これっぽっちも理解してくれず。
何処に付いていけばいいですか? と、返して来た。
「………………いや、そうじゃなくって」
「え? あ、じゃあ、グレッグミンスターですか?」
「あそこでもない。…………あのね」
だから青年は、半ば、げんなりとしつつも。
ほんの少し、表情を引き締めて。
「僕はね、君のことが、好きなんだよ」
「そうなんですか? 有り難うございます。僕も、マクドールさんのこと大好きですよ。さっきも言いましたけど」
「……あー……。僕の言う好きは、その『好き』、じゃなくって。友人、としての好きでもなくって。俗に言う……その……──」
──キリっ……としていた訳ではないが。
それなりには『まとも』な顔を作って、好きは好きでも『種類』が違う、と、ごにょごにょ、青年が言い掛けたら。
漸く、少年も、青年の様子がおかしいことに気付いたのだろう。
「は?」
大きな瞳を、くりっと見開いて、ほんの少しばかり、思案する風な態度を見せ。
青年がやって来る直前まで己が『のたうち回っていた』理由と、青年の素振りが少年の思考の中で直結したのか、一瞬、ピシっと全身を強張らせると、浮かべていた笑顔をヒクっと引き攣らせて、頬を真っ赤に染めて。
何を思ったのか少年は、毛布の下に押し隠した破壊寸前の枕をひっ掴むと、べふっっっっ……と云った感じの音がする勢いで、青年の顔面を張り飛ばした。
「…………あ、ああああ……あ、あの……。あの、僕、その……っ! ひーーー、御免なさいっっっっ!」
……恐らくは、少年なりの、照れ隠しだったのだろう。……多分。
勢い余って、枕を使って、とは云え、青年の横っ面を張り倒して、破壊寸前だった枕を、本当に破壊して、挙げ句、それまで以上に顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり、くるくると、色を替えながら。
「ち、一寸僕、顔洗って来ますっっっ!! す、直ぐ戻りますからっっっ」
がばっとベッドより立ち上がって少年は、脱兎の如く、自室より逃走した。
「……………………嫌われているんだろうか。照れてるんだろうか…………」
枕を介して、ではあったけれど、トンファー使いの、中々にして強い腕力で以て張り倒され、一瞬怯んだ隙に、呆気無く逃走され。
羽枕なんだ、あの子の枕……と、破壊されたそれより飛び散った羽毛に塗れながら、明後日の方向を向いた思考を廻した後、青年はぽつり、独り言を洩らした。
何処となくではあるけれども、こちらの意志が伝わった途端、顔を真っ赤にして『暴挙』に及んだあの少年の態度は、嫌悪と照れの、何れなのだろう? と。
「でも………戻って来るって言ったよね……?」
だが、青年が悩んだのは一瞬のこと。
戻って来る、と言ったのだから、あの少年のことだ、本当に戻って来る気があるのだろうし、戻って来るつもりがあると云うことは……と、青年は考え直し。
「……追い掛けてみようかな……」
立ち上がり、あちこちに纏わり付いた羽毛を取り除きながら室内を横切り扉を越え、少年が曲がって行った方角へと、姿を消した。
────そんな出来事が、密かに起こった夜より、数日が経っても。
青年と少年が、共に連れ立って同盟軍の城内を歩いている姿が、消えることはなかった。
彼等の、初々しい恋が叶ったのか否か、それは未だ判らないけれど、青年と少年が、仲睦まじそうにしているのは確かで、眼差しと眼差しを合わせては、微笑み合っているのも確かだから、彼等の仲はそれなりに、上手く行っているのかも知れない、とは言えるのだろう。
愛だの恋だの、と云ったことを本当には良く知らない彼等が、恋慕の何たるかを判っていてそうしているのかも謎だし。
キスの味の一つも、彼等は知らないのだろうけれど。
未だ、何も知らない彼等の『日々』は、それでも始まったのだろうから。
何も知らない彼等も、きっと、これから。
End
後書きに代えて
アンケートに御協力頂いた皆様への、せめてものお礼になれば、と思い、この話、書いてみたんですが。
…………ちょーっと、私はなんつー話を書いたんだろうなあ……と云う気がしているのは、否めないですな。
性格、変、このWリーダー。
十代半ばから二十代になったばかりの男の子の恋愛は、こんなもんじゃろ、と信じて書き進めた私の認識が、少しおかしかったのかも知れません。
皆様に、お楽しみ頂ければ幸いですが、アンケート御協力お礼に、なってない気がしてならない…………。
え、えと……でもそれでも、せめてものお礼代わりです。
皆様、アンケートの方、御協力有り難うございました。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。