幻想水滸伝2

『徒花』

同盟軍本拠地一階──正確には、中二階──にある、『えれべーたー』の乗り込み口手前の、手摺を乗り越え。

本拠地一階広間の、宿星という運命に導かれる者達の名の浮き上がる不可思議な石、『約束の石版』が設置された辺り目掛け。

「マっクドールさーーーーーんっ!」

……と、大声を放ちながら飛び降りて来た、同盟軍盟主の少年と。

「お仕事、ちゃんと終わった?」

少年の投身を、何でもないことのように見上げ、何でもないことのように受け止め、「言うべきことは、もっと他にあるだろ?」と言いたげな目になった周囲の者達を綺麗に無視した、隣国トランの建国の英雄殿を。

己が発明した、大切な『えれべーたー』の傍を決して離れようとしない、発明家のアダリーや。

約束の石版の守人、との役目柄、石版前より余り離れることが出来ない、風の魔法使いルックや。

一階広間の片隅を借りて、この本拠地に据える守護神像を製作中の、彫刻家のジュドや。

ボディガード、という使命を果たす為、しょっちゅう、この辺りを見回っている、オウランや。

その他、役目柄、仕事柄、そして、通りすがり。

その時、本拠地一階広間付近に居合わせた者達は、お世辞にも、常識的、とは言えぬ行動を披露してみせたくせに、一向にそれを介していない風な盟主殿と英雄殿の二人を見遣り。

…………どうして、この二人は……と、深い溜息を零した。

──北の国境を接する隣国ハイランド皇国と交戦中の、同盟軍の盟主、即ち彼等の『上司』は。

盟主、との役割を押し付けるには、余りにも、と言える程に年若い、少年、だから。

彼に対し、元気なのは良いことだし、少年でしかないのに、盟主とは言え、あんまりにも大人びた様を知らしめられても後味が悪い、と思っている者達も、本拠地である、湖畔の古城に集った仲間内には、割合といる。

一方、南の国境を接する隣国トラン共和国の英雄殿──数週間前に出逢った、盟主の少年と、やたらと馬が合うらしい英雄殿も又。

見た目は兎も角実年齢の方は、少年、とも言えるし、青年、とも言える、微妙なお年頃であるらしいから。

そんな彼へ、年相応に羽目を外すことがあるのは、決して悪いことではないだろう、と、今を遡ること三年前、トラン共和国を打ち立てる為に彼が身を投じた戦いを知る者達も、この湖畔の古城で、初めてトランの英雄を知った者達も、思ってはいる。

……が。

戦争中、と言う、『非常事態』と呼べる重苦しい今だからこそ余計、固いことは言いたくないし考えたくもないと、誰しも、感じないではないが。

馬が合い過ぎる程に合ってしまったのか、或る意味、良くも悪くも『運命』だったのか。

仮にも盟主、仮にも建国の英雄、である彼等に、もしも、盟主殿と英雄殿のどちらか片方が女性だったならば、『ふぉーりん・らぶ』とすら言えてしまうのではなかろうか? ……な勢いで、一目合ったその日から、延々延々引っ付き歩いて、行き過ぎにも程があります、と言えるくらいの仲睦まじさを振りまきつつ、視界の端を横切られると。

男女問わず、大概のことには動じない、太い肝っ玉を持ち合わせた同盟軍の面々も、うんざりする、と言いたくなる何かを覚えるのは、確かだった。

況してや、今、本拠地一階広間で彼等に展開されたように。

……これから逃避行ですか? それとも、駆け落ちでもするんですか? ……と言うような馬鹿げた科白が脳裏を掠める程『情熱的』に、片方に中二階から飛び降りられ、片方に難なくそれを受け止められ、挙げ句。

「君の仕事が終わったんなら、今日はもう、何しても構わないよね? ……どうしようか」

「僕は、何でもいいですよー。マクドールさんがしたいことが、僕のしたいことです」

「でも、君は仕事して来て疲れてるんだから。君のしたいことで僕は構わないんだよ?」

………………とか何とか言った、ベタベタな会話を交わされると。

そしてそれが、ここの処の彼等の日常茶飯事、と来れば。

それを見せつけられる同盟軍の面々的には、うんざりを通り越して、眩暈すら覚えそうな事態以外の何ものにもならない。

だが、かと言って。

「何でも良いから、今直ぐ何処かに行きやがれ!」

などと、彼等へ向けて、魂の叫びを放とうものなら、チラリ、と流された横目の視線と、数回の瞬きが、叫びを放った者へと静かに送られ、別に僕達、何にも悪いことしてないもん、と言わんばかりに、彼等の『仲睦まじさ』っぷりは、これ見よがしにエスカレートするから。

例えば、無口な割に、口を開かせれば毒舌、と有名な、ルックであろうとも、彼等の『それ』へ、おいそれと、嘴を突っ込むことは出来ない。

……と言うよりは、したくない。正直な話。

だから、盟主殿と英雄殿が、誰の手も届かない場所へと『旅立って』しまったが最後、彼等のそれに一区切りが付くまで、周囲は黙って耐える外なく。

早く消えろ、早くどっか行け、これ以上の馬鹿っぷりを見せつけてくれるな哀しくなるからっ! と、人々が心の底で念じている間中、飛び降りて来た盟主殿を横抱きに抱えたままの英雄殿と、自分を抱えてくれた英雄殿に抱かれつつ、両手でその首に縋りつつ、の姿勢を保ち続ける盟主殿が、「マクドールさんの好きにして下さいよぅ」「何言ってるの、君の方こそ」「でも、それじゃあ悪いですぅ」「いいんだってば、僕は君さえ良ければ」………とやり合った果て、漸く、次の行く先を決めるまで、仲間達は忍耐を重ね。

「じゃあ、お茶でもしに行こうか。おやつ食べてもいいし」

「はーーーい。今日は一寸肌寒いから、僕、暖かい物飲みながら、何か、甘い物食べたいです」

「そうなの? じゃあ、レストラン行こう」

「ええ、早く行きましょうっ」

彼等が肩を並べて立ち、そして歩き出し、レストランの方角へと姿消してやっと、人々は、肩の力を抜いた。

「…………あの……ね。ルック君?」

「……何。何か用……?」

「どうして、あの二人は、ああなんだと思う……?」

「知らない……。僕が聴きたい、そんなこと…………」

────そうして。

この上もない脱力感を覚えながら。

ジュドは、直ぐそこに立っているルックへと、言ってもどうしようもないことは判ってるけど、どうしても言いたいと、そろそろと問い掛け。

ルックは、うんざりしつつ、一応、それに応え。

「護る価値がある……と見たから、私はここにいる筈なんだが……」

ぽつり、独り言を零しながら、オウランは、己がこの城にやって来た理由を、思わず振り返った。