……何時の日にかは、終わってしまう関係でしかないのだとしても。
お終いの日を迎えるのは、少しでも『未来』の方がいいから。
己が意思で掴み取った、運命の行く先に分たれるのではなく。
自分達がこうしていることを望まない誰かに、引き裂かれることなどないように。
『それ』を残し合えないのは、一寸勿体ない……とは思いつつ、二人の関係を誰にも悟られぬ為の、決して『痕』の付かない愛撫を、互いが互いに施し合って。
腕を、身を絡ませながら、二人は暫し、静かに抱き合った。
────タナも、ニクスも。
その心も、恐らくはその身も。
同じ年頃の少年少女達より遥かに早く、大人になってしまっている。
彼等が、年相応の子供でいることを、彼等を取り巻く全てが、許してはくれなかった。
でも誰も。
誰かを好きになると云うこと、好きになった誰かへの想いを身と心で形にすること、それを、教えてはくれなくて。
その部分だけ、大人になることを許してはくれないから。
『大人』のように、手練手管を使って愛し合う方法なんて、彼等には判らない。
唯、幸福感だけを求めて、仔猫のようにじゃれ合って、寂しくとも、『痕』を残さず愛し合って。
繋がり合う。
それが、彼等に出来ることの全て。
……だから。
身を絡めて、暫し抱き合い。
「……ニクス」
タナは、恋人の名を呼び。
「うん……。いいよ、タナ……」
ニクスも、頷きながら、恋人の名を呼び。
結び合う為に、今宵も。
例え、幼子が交わす愛のような、仔猫のじゃれ合いのような、それでしかなくとも。
二人にとっては、それが、精一杯のことで。
誰にも『何も』、『教えては貰えなかった』二人が、本当に好きになった人の為に自分達だけで見付けた、精一杯のやり方で。
「……ね……え……」
「…………ん?」
「愛し……てる……んだよ……?」
「……うん」
「ホントに……愛して……」
「知ってる」
「だから、ねえ……」
「……うるさいよ」
「……だって……」
「愛してる、って。それを言いたいのは、僕の方だ」
………………結び合ったまま。
大好きと云う想い、それだけではなくて。
この人が、僕の中に潜めば、『己』を感じられると言うなら、僕はそれでいいから、と、その片割れは思い。
愛している、それだけではなくて。
僕が潜むことで、この子が平穏を覚えると言うなら、僕は幾らだって。望まれる限り……と、その片割れは思い。
何処か、切羽詰まったような言葉を、辿々しく交わしながら。
──二人だけで行き着ける先を、唯一の術で求めているのに。
そうして辿り着いた行き着ける場所は、どうして何時も、こんなにも呆気なく掻き消えてしまうんだろう、僕達はそこでしか、幸福にはなれないのに……と、今宵も又、胸の奥のみで嘆きつつも。
刹那のみ姿を見せる、行き着ける幸福の場所を、共に目指した。
『密会』の終わりに訪れる、寂しいような、気だるいような、澱む風である雰囲気に、身を沈める間もなく。
宿屋の窓辺を覆い始めた朝靄を眺め。
「夜が明け切っちゃう前に、帰る……」
目尻を擦りながら、ニクスはベッドより這い出た。
眠たげな顔を誤摩化しつつ、のそのそ支度を整えて、昨夜のように、頭からマントを被り。
夜着を肩から羽織っただけの姿で未だベッドの中にいる、タナを振り返り、彼は。
「又ね。…………又……うん、又直ぐ、皆で『お願い』に行くと思うし。……だから、その時にね」
近い内の再会を約束しながら、にこっと、極力軽い感じで微笑みを浮かべた。
「判ってる。又、近々」
首だけを巡らせ、ニクスがタナを見遣れば、言われるまでもないから、とタナは肩を竦め。
唯、ニクスの顔をじっと見詰めながら、そう言った。
「……何時ものことなんだけど。慌ただしくって、御免ね?」
「そう言うことは、言いっこなしだろう? お互い様なんだから。いいよ、君は何も気にしなくて」
…………別れ際、これまではいとも簡単に振り切ること叶っていた、タナのその視線を、今宵はどうにも避け難くて、ニクスはつい、言い訳を告げながら俯き。
言うべき台詞ではないよ、とタナは表情も変えず答えた。
……故に。
別れ際にどうしても生まれる、逃げ出したくなるような何かへ、もう、それ以上の誤摩化しも言い訳も、ニクスには告げられなくなって、彼は、タナにも聞き取れぬだろう程の囁きで、又ね……と呟き、扉へと振り返った。
帰らなくてはならないから。
──けれど。
前を向き、ノブに手を掛けた瞬間、背後で風が沸き起こって、振り返る間もなく。
何時しかベッドより抜け出したタナに、彼は背中から抱き締められた。
「………………タナ……?」
「御免、なんて……言わずともいいことを言うもんじゃない。──もし、僕が。だと言うなら帰さないって、そう言ったらどうするの? このまま何処かに消えようか……って、そう言ったら……?」
「それは…………。──そんなこと言われたら……付いてっちゃうかも知れない……。でも、タナはそんなこと言わないから、そんな風にはならないから、だから…………」
「……だったら、余分なことを言ってはいけない。言わない方がいい。…………少なくとも今、僕達は、こうしているしかないのだから」
「うん……。御免……」
肩越しに、振り返ることも出来ず。
抱き締めて来た人の名を呼んでみれば、低い、哀しみの籠った声で『叱られ』。
ニクスは深く、項垂れた。
「……ほら。不用意に謝らない」
変なこと言って御免ね? と項垂れたニクスを、タナはもう一度叱った。
……けれど。
「…………うん……」
「──なら、お帰り。何時ものように、振り返らずに。でないと、本当に攫ってしまうよ?」
「それは、駄目。……未だ、駄目。…………だから、うん……帰るね。………………でも…………でも、御免」
──叱られて。
振り返らずに帰れ、と言われて。
それでもニクスは御免……と、もう一度だけ告げ、タナの腕より抜け出し、扉を開け放ち、そして閉ざした。
閉ざした扉に凭れ、
「御免。……御免……。御免なさい…………」
と、己がそう呟いた時。
眼前で閉ざされたその扉へ、タナが、躊躇うように手を伸ばし、が、やはり躊躇うように、伸ばしたその手を引き戻したのを知らず。
深く被ったマントの襟を、胸許にて掻き合わせ、ニクスは歩き出し。
彼の気配が消えた扉へ、漸くタナは、片手を添えた。
何時の日か。
こんな密会が、終わること夢見て。
ニクスは歩き続け、タナは佇み続け。
そうして、祈り続け。
祈り続ける二人のみを残し、世界は又、夜明けを迎えた。
End
後書きに代えて
『逢い引きをするWリーダー』が書きたくなったが為に拵えた、タナ坊とニクスの話。
カナタ&セツナは、密会なんかしてくれない(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。