逢いたかった……と互い言い合い、抱き締め合った時のように、強い力を腕に込め、抱き締め直したニクスの躰の全てを、ベッドへと横たえ終えて、タナは。

少しばかり荒っぽい仕種で、ニクスの額を飾る金輪と、胸許を覆うスカーフを取り去った。

剥ぎ取られるように、自身の躰から離れていった金輪とスカーフ──ニクスにしてみれば、大切な亡き祖父の形見である品々が、床へと放り投げられるのを横目で見遣って。

ああ、又何時もの癖が出たなあ……と、ニクスはぼんやり、頭の片隅で思った。

祖父の形見である金輪とスカーフが、自分にとって大切な品である、と云うことを、タナは充分理解しているのだろうけれど。

それが、形見の品であると云う事実以上に、タナにしてみれば、その二つの品は、『同盟軍の盟主の象徴』と受け取れる品でしかなく。

投げ捨てたくなる気持ちも、それが癖になってしまった過程も、判らなくはないか、と。

ふぁさり……と、軽い音を立てて舞ったスカーフ、カン……と、甲高い音を立てて床にぶつかった金輪、それらより、目を逸らしてニクスは、タナだけを見詰め直した。

大切な品も、大切な人も、大切な想い出も。

大切な今、大切なこの人、それに勝てる筈なんてない……と、彼は疾っくの昔に知ってしまったから。

そうすることで、愛した人が何らかを得ると云うなら、それでいい、と。

覆い被さって来るタナの首筋に両腕を伸ばし、ニクスは縋り付いた。

──どうせ。

……どうせ自分も、己には気付けない何処かで、様々な眼差しを注いでくれる愛しい人から、何も彼もを『取り去って』しまいたくて、似たようなことを仕出かしているのだろうから。

お互い様だよね……と彼は、腕絡めたタナの躰を自ら一層引き寄せ、頬に頬を寄せた。

「甘えたがり」

「…………だって」

「だって? 何?」

「こんなこと、タナにしか出来ないもん」

「……本当に、甘えたがりだ」

頬に、頬を寄せて。

スリ……っと、猫の子が良くそうするように、じゃれる風に甘えてみせれば、瞳を細めてタナは、笑いながらニクスを揶揄し。

そっと、キスを与えた。

タナからニクスへと降った接吻くちづけは、『仔猫』の甘えに応えて余りある程に甘く。

何時の間にか取り去られたバンダナの下に隠れていた、タナの漆黒の髪を掻き上げながらニクスは、甘いそれを受けた。

「…………ねえ」

──長いような、短いような、それでいて永遠に続くかのような。

そんな接吻を終えて、ぼんやり、ニクスはタナの瞳を捕らえる。

「何?」

「愛してるー……って、何回言ったらいいかな。何回、愛してるって言ったら、タナの全部、僕のものになるかな」

「…………何回告げてみた処で、それは叶わないよ」

じっと見上げて来る琥珀色の瞳の問いに、タナは言った。

「……どうして?」

「君が、僕を愛してると言う数よりも多く、僕が、君を愛していると告げるから。僕が君のものになるよりも先に、君が僕のものになるから。だから、叶わない」

「欲張り」

「そうだよ。僕は君よりも、遥かに欲張り」

「何か、狡い」

……愛してる、の言葉の数で、それを計るなら。

僕の方が必ず勝つよ、と言うタナに、ぷっとニクスが頬を膨らませたので。

「狡くて結構。……僕はね、君のものになるより先に、君を僕のものにしたいんだよ。その気になれば、『僕』なんて何時でも君のものになる。幾らだって君にあげられる。……でも、『君』はそうじゃないだろう? ……だから。先に君を僕のものにしてしまえば、後からゆっくり、君に僕をあげられる」

タナは臆することなく、殺し文句に近い言葉をニクスの耳許で囁き。

もうお喋りはお終い……と、再び、ニクスの唇を塞いだ。

唇が触れ合い、彼等の『他愛無い』やり取りは消え。

代わりに、濡れるような音が、室内には響き出した。

舌と舌が絡み合う、微かな音が。

──キスを交わしたまま、タナはニクスの腰帯を解き、ニクスはタナの襟元を寛げ。

くしゃりと丸められた二人の服が、床の上へと打ち捨てられる頃、両手の指と指とを結び合った。

それでも未だ、二人の唇は離れようとはせず。

甘い、微かな音が響き続けた。

…………長い接吻が終わったのは、固く繋がれていた彼等の指先が、ゆるゆる、解けるのと同時で。

銀糸を引きながら、唇が離れる代わりに、結び合っていた指先が離れる代わりに、タナは、押さえ込んだニクスの躰の上を滑って、髪に、耳朶に、首筋に顔を埋め。

ニクスはタナの、胸許に唇を寄せた。

────彼等を取り巻く事情。

例えば、ニクスが同盟軍を率いている盟主であること、とか。

あれから三年が過ぎて、何処か世捨て人のように生きていても、未だにタナが、トラン共和国にとっては、手放し難い人物であること、とか。

それらに絡む、二人の肩書きのこと、とか。

世間が、決して彼等より取り去ってはくれぬ、彼等の『小さな』肩に乗ってしまっているもののこと、とか。

そういった事情を全て排除しても、先ず第一に、タナとニクスの恋路の前に立ちはだかる壁──二人が共に、性別を同じくする者である、と云う壁は、永遠に、消え去ってはくれないけれど。

そんな現実、眼中にすらない、とでも言わんばかりに、互いしか見ようとしない彼等のこんな姿は、まるで、生まれたての仔猫が、楽しくじゃれ合っているそれのようだ。

性別のことも。

男であるタナが、男であるニクスを組み敷かなければならない、男であるニクスが、男であるタナに組み敷かれなけれぱならない、という『形』のことも、微塵も気にしていない風に。

恐らくは、懸命、と言う言葉が相応しい程、ひたむきに彼等は互いを求め合う。

十代後半のタナ、十代半ばのニクス、この二人が睦み合いに長けている筈などなくて、それは確実に、つたないのだけれど。

求めたい物は、快楽ではなくて。

愛した人と共に在る、と云う幸福感、だから。

身も心も、の例え通り、心にも、躰にも、同時に触れ合えればそれで良く。

仔猫のじゃれ合いのように、幸せと安堵を齎してくれる温もりが感じられればそれで良く。