幻想水滸伝2

『もしも私が恋に落ちたら』

その時のことを思い出せば、今でも胸が熱くなる。

それは勿論、感動や喜びと言った思いが齎す胸の熱さではなく、そう例えても許されると言うなら、悲しく辛い経験も、人の胸を『熱く』させるんだ、と、そんなことを考えている場合じゃないのに考えていた、そして知った、その時のちぐはぐな感覚をも、その時の出来事と共に思い出すからで、本当に胸が熱くなる訳じゃないけれど、胸は『熱く』なる。

あれから数年が過ぎた今ではもう、あの胸の『熱さ』は、熱さでは有り得なくて、痛みなのだと判っているから、その時も今も、本当は、胸が熱かったんじゃなくて痛くて苦しくて、でも。

その時確かに、僕の胸は熱くて。

今も尚、その時のことを思い出すと、『熱い』。

うっかりすれば、それは、毎日毎日見えてしまうものだから、それを忘れられないのは凄く嫌だ。

何も彼も片付いた訳じゃなくって、頑張る道も、頑張れる道も、未だ未だ沢山残されているのに、どうしても、あの時のことを思い出すと、涙で前が見えなくなりそうになるから、出来る限り、僕はそれから目を背けたい、そう思っているのに。

それは、毎日毎日、当たり前のように『繰り返されるもの』だから、ぼんやりしていたり、時間が過ぎるのを忘れて忙しなく、あっちこっちを飛び歩いていると、『一日』の最後に、それは僕の目の中に飛び込んで来る。

それを見てしまうのは、今の僕にはどうしても嫌なことだけど、毎日毎日繰り返されることだから、どうしたって避けられなくて、だから僕がそれを忘れてしまえばいいだけのことなのに。

どうしてもどうしても、僕はそれを忘れられない。

彼等二人の出逢いは、少しばかり、意味深長な出来事に彩られていた。

二人が出逢った、バナーという名の鄙びた村も属するデュナン地方の北方を領土と定めているハイランド皇国と、そのデュナンの大地の覇権を争っている同盟軍の盟主を、十五という若さで務めている少年、ファンと。

遡ること三年数ヶ月前、デュナンの南の隣国、赤月帝国を滅ぼし、トラン共和国を打ち立てた解放軍を、ファンと同じ、若干十六で率いていた軍主であり、今はトラン建国の英雄と人々に呼ばれているチュアン・マクドールの出逢いは、後になって振り返れば、という奴だが、兎に角。

意味深長な始まりだった、とは言えた。

──二人がバナー村で出逢った日より遡ること数週間前に、ファン達同盟軍は、トラン共和国と同盟を結んでおり、『運命の出逢いの日』、トラン共和国の首都、黄金の都と名高いグレッグミンスターへ交易に向おうとしていたファン達一行は、同盟軍領からトラン領へ向う為にはどうしても通らなくてはならないバナー村にて、少し前に顔見知りになった、コウという名の宿屋の息子に話し掛けられた。

コウ少年は、子供特有の思い込みの激しさで、顔見知りになったファンのことを、『自分と同じように、同盟軍を率いるファン将軍に憧れて、ファン将軍の格好を真似ているお兄ちゃん』だと看做していたらしく。

更には、数日前から己の両親が営む宿屋に逗留している、チュアン、なる名前の少年を、お忍びで休息の為の数日間をバナー村で送ろうとしている『ファン将軍』だと決めつけたようで。

『自分と同じように、ファン将軍に憧れているお兄ちゃん』も、『ファン将軍』に会いたくない? …………と。

ファンは、コウに、そう誘われたのだ。

「………………君のお父さんの宿屋に泊まってる、『ファン将軍』に会いたいか……? そう言われても、困る、と言うか、何と言うか……」

瞳一杯に、この人だって、『ファン将軍』に会いたくない筈はない! と書いてあるコウに誘いを掛けられて、当の『ファン将軍』は、曖昧な態度を取ったけれど。

「一緒にファン将軍に会おうよ!」

とねだって来るコウの期待を退けること出来なかったのと。

もしもその、チュアン、と名乗っている人物が、コウ君やバナー村の人達が、己をファン将軍だと思い込んでしまうような言動をわざと取っているとしたら、という懸念に駆られて、ファンは結局、己と間違われているらしい件の人物に、会ってみることにした。

と言っても、コウの話では、チュアンと名乗っている彼が日がな一日釣りに明け暮れている、村の裏手の溜池に行っても、すんなりチュアンに会える訳ではなくて、誰にもチュアンの邪魔をさせぬようにと、溜池へと続く細道の入口に陣取っている、チュアンの部下か供の者らしい青年を、先ずはやり過ごさなくてはならない、とのことだったので。

山の中に入って、見張り番のお兄さんを引き付けるから、とのコウ少年の『手助け』を素直に受けて。

ファンは。

共に、グレッグミンスターへ向おうとしていた同盟軍の仲間達を宿屋に残し、己とコウの企み通り、溜池へと続く細道から見張りの青年が消えた隙を見計らって、チュアン、なる彼の許へ向った。