戦乱に生きる10題 +Ver.A+

1. この手に握る『剣』の意味

幻水1〜2 ビクトール

生まれて初めてビクトールが握った、『剣』と例えても差し支えないだろうモノは、林や森の中に少し分け入れば何処にでも転がっている、折れた枯れ枝だった。

俗に言う、棒切れ、という奴。

それが、彼が初めてその手にした、『剣』と言えなくもないモノ、だった。

何故、その辺に転がっている棒切れを、彼が初めて手にした『剣』と例えられるかと言えば、彼自身がそれを、『剣』と思って握ったからだ。

棒切れを『剣』と思い込み、彼が手にした理由は、生まれ育った村の幼馴染み達と、『ごっこ遊び』をする為。

……そう、子供には、ありがちな話だ。

ビクトールが生まれ育った、ノースウィンドゥという名の村は、ジョウストン都市同盟、と当時は呼ばれていた、都市国家の寄せ集まりで出来上がっているような、明確に、『国』と語るには余り相応しくない『一団』が支配している地域にあって、彼が生まれ落ちるずっと以前から、ジョウストン都市同盟は、北の隣国ハイランド皇国や、南の隣国赤月帝国と、幾度となく、戦争を繰り返して来ていたから。

年中、直ぐそこで起こっている、戦を見て、戦の話を聞いて、と、そうやって育って来たビクトールのような悪ガキ達が、戦争を模すような『ごっこ遊び』に興じたとしても、無理からぬのだろう。

その時々の気分に応じて、今日は都市同盟対ハイランドの戦争ごっこ、明日は都市同盟対赤月帝国の戦争ごっこ、と。

戦争、その意味することを、深く考えられもしなければ、理解することも出来なかった幼子の頃。

仲間達と、そんな遊びをする為に、ビクトールは、道端に落ちている棒切れを、『剣』と定めて手に取った。

──彼が生まれる以前から、戦は何処にでも転がっていたから、自然、『兵隊さん』や『騎士様』に憧れる少年達は多く。

何時か自分達も、あんな大人になりたいと、無邪気に願いながら。

あんな風になりたいと願った大人達が、故郷を守る、その真似事を。

子供だった頃、ビクトールは、幼馴染み達と共に良くした。

陽が暮れ始めて、母親達に、

「夕飯だよ!」

……と叱られる風に呼ばれても、中々それを止められぬ程。

子供だった彼にとって、その遊びは、とても楽しいそれだった。

けれど、時が過ぎて。

剣を取って戦うこと、戦というもの、『兵隊さん』や『騎士様』達が成すべき、本当のこと、それを、ビクトールも知る時が来たから。

長じた、というのもあって、彼も、彼の幼馴染み達も、自然、そんな遊びに興じることはなくなった。

何処よりやって来るのか、それは恐らく、この世の誰にも判らぬのだろうけれど、確かに何処かから湧いて出て来る魔物達より、自分の命や村の皆を守らなくてはならないから、棒切れではなく、本物の剣を取るようにはなったけれど。

彼が手にする剣、それは、見境なく人間を襲う魔物から身を守る術でしかなかった。

戦の為に剣を取ろう、とは。

長じたビクトールには、思えなかった。

戦の為に剣を取る、それが、生まれ育った故郷を守る、その為であっても。

────……それは、彼が、大人と呼ばれる年齢に達して、程ない頃のことだった筈だ。

父に頼まれたのだったか、それとも母に頼まれたのだったか。

それをもう、ビクトールは思い出せないけれど。

兎に角その日、彼は、『誰か』に遣いを頼まれて、ノースウィンドゥの村を離れていた。

……良くあることだった。

だが、良くあること、それを終えて故郷の村に戻った時、そこにはもう、見慣れ切った風景は、なく。

人の生き血を啜る鬼に襲われて、無惨な姿を晒す故郷、そんな光景しかなかった。

生き血を啜る鬼──ネクロードという名の吸血鬼によって、『生ける屍』と成り果ててしまった己の家族や仲間や友人達が、僅かばかり青みがかった、朱のような色の乗る、けれど真っ白い瞳を見せ合いつつ、互い、互いの肉を喰らい合う。

……そんな光景、しか。

──………………そこから先のことを。

ビクトールは余り、良く憶えていない。

気が付いた時には、誰の物やも判らぬ、なまくらな剣を両手で握り締めて、昨日まで共に笑い合っていた、家族、友人、仲間、そんな存在だった彼等の首を、自ら刎ね飛ばした後だった、それしか、彼にはもう、憶い出せない。

……但、その刹那の『感覚』だけは、彼は今でも、はっきりと憶えている。

剣の柄を握り締める手が痛くて、気持ち悪くて、なのに、剣は両手から離れてはくれず、高熱を発したかと疑う程に体は熱く、なのに、凍えるように寒く。

どういう訳か頬は濡れていて、濡れたそこが痛くてどうしようもなくて、剣を握ったまま袖口で頬を拭ってみれば、何時の間にか真っ赤に染まっていた袖口は、更にあか染まって、潮のような香りを放った。

……それだけは、良く、彼も憶えている。

どうして自分がそんなことになってしまっていたのかは、どう首を捻ってみても、あれから何年もが過ぎた今でさえ判らないし、頬を濡らし、真っ赤だった袖口を、一層の紅に染めたあれが、返り血だったのか、それとも、己自身が流した血の涙だったのかも、彼には判らないけれど。

──あの日。

そんな『感覚』の中で、知らずの内に剣を取り、そして剣を振るったことだけは、彼は今でも。

…………あの日の出来事が。

今でも尚、彼の胸の中にはあるから。

だから彼は、剣を取った。

それが、棒切れだった『剣』を捨てた筈の彼が、それでも剣を手にした、最初の理由だった。

平穏に。何事もなく。死ぬまで。平和のまま。のどかに、静かに。

……そうやって暮らしていける筈だった故郷の村を、僅かの刻で滅ぼして、手の中に在った全てを奪って行った、ネクロードに対する復讐を成す為。

それが、彼が本当の意味で剣を手にした、始まりだった。

穏やかで、平和で、静かだった故郷。

己達のやり方で、細やかに、それでも確かに守って行ければそれでいい、そう思っていた故郷を、守ることが出来なかったから。

それも、始まりの理由の一つだった。

しかし。

あれから歳月は過ぎて、故郷は遠くなって、穏やかだった頃の想い出は土へと還り。

かたきだった存在が、彼自らの手で塵となって風に消えても。

彼は未だに、その手の中に剣を握り続け、決して、手放そうとしない。

敵討ちの為、ノースウィンドゥの村を後にした彼の傍らで流れて行った歳月は、それまで、ビクトールが知らなかった世界を、見せてしまったから。

……例え、あの日のように、両手から、離したい剣が離れてくれなくなったとしても。

涙も汗も、血色に染まってしまっても。

失いたくないモノの為、『足掻く』ことが必要なら。

失いたくないモノの為、『足掻こう』としている者がいるなら。

目指す『路』の為に剣を握り続ける、そんな愚かさも必要かもと思える『世界』を、彼は歳月に見せ付けられたから。

だから彼は、剣を取り続ける。

……失いたくないモノを、失わずに済むなら。

戦えば、それを失わずに済む、そう言うなら。

例え何も、生めなくてもいい。

唯、失わずに済むと言うなら。

戦いの果てに、それがあるなら。

剣を握る果てに、それがあるなら。

失いたくないモノを失う痛み、そんなもの、この世の何処にも、もう要らないと、彼は、そう思うから。

だから。彼は。今日も、剣を。

End

後書きに代えて

このお題は、熊さん。

一寸、フリックで書いてもいいかな、とか思いましたが、ビクトールで。

但、ちょーっと、この話は、私の中のデフォルトビクトールとは相違があるかなー。うん。

何て言えばいいのかしら、うちの熊さん、本当はもう少し、達観してる人、と言うか。ええ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。