戦乱に生きる10題 +Ver.A+
2. 炎の中で
幻水2 シュウ
『あの人』は、何も彼も焼き尽くす、紅蓮の炎が嫌いだった。
どうしてそれを厭うのだろうと、そんなことを疑問に思ったこともあったし。
良くも悪くも、火は、文明の始まりであるのに、と、『あの人』へ、ついつい、言ってしまいそうになったこともあった。
けれど、『あの人』が、何も彼もを焼き尽くす紅蓮の炎、それを嫌うことは、『あの人』自身の問題だからと、余り深く、そのことを考えたことはなかった。
──実際に『あの人』の傍で過ごした年月を、長い、と言っていいのかどうか、それは判らないけれど、己の感覚の中では、随分と長い間、と相成る、『随分と長い間』。
『あの人』……『お師様』、と呼び続けたあの人が、それを嫌った意味を。
深く、思ったことはなかった。
あれは確か、『あの人』に教示を受けて過ごした、最後の夏、だったと思う。
『お師様』のお師様、即ち、己にとっても、又、『お師様』に当たる、レオン・シルバーバーグから。
『あの人』が何故、紅蓮の炎を嫌うのか、その理由を聞かされたのは。
……確か、あの年の、夏のことだったと思う。
赤月帝国という祖国を勝利に導く為に、赤月帝国の軍師として、祖国の者を、その者達の村を、祖国を同じくする自分達の手で焼き払うことを、成さなければならなかったから。
その策を、どうしたって止められなかったから。
だから『あの人』は、紅蓮の炎が嫌いになって、祖国の為の軍師の座より降りて、世捨て人のようになったのだ、と。
…………あの年の夏、それを知った。
──解らなかったし。
納得出来なかった。
どうして『そのようなこと』で、『あの人』が、そこまでの悔恨を覚えたのか。
軍師という生業の目指す所は、たった一つしかない。
戦に負けぬこと。そして、勝つこと。
それでしかない。
己が軍の為に、勝利を導かんとするならば、如何様なる手でも打ってみせる、それが、軍師という生業にある者の、成すこと。
祖国の者達を、勝利の為に、祖国を同じくする自分達の手で討ち滅ぼす、それが必要だったと言うなら、それしか道がなかったと言うなら、それを悔恨と抱える『あの人』は、間違っている、と思えてならなかった。
『あの人』──お師様の。
その又お師様である、レオン・シルバーバーグが、正しいと思えてならなかった。
その出来事に関する悔恨なぞ、レオン・シルバーバーグは、露程も抱えてはいなかったから。
……だから、あの年の夏。
それを正直に、『あの人』へ打ち明けた。
私は貴方が解らない。貴方の悔恨が解らない。貴方は間違っていて、正しいのは、お師様のお師様で。
戦の勝利、その為には、如何様なる方法を用いた処で、許されるのだと思う、と。
…………結果。
その年の夏が、『あの人』の傍にいた、最後の夏になったけれど。
それより時が流れて、戦事より離れ、交易商として生きるようになって、暫くが経った頃。
『あの人』の噂を耳にした。
戦より、遠く離れていた筈の『あの人』が、赤月帝国を討ち滅ぼす為に起ったトラン解放軍の、正軍師になった、と。
そんな噂を耳にしてから、更に、一年前後、時が流れた頃には、赤月帝国帝都、グレッグミンスターへ攻め上がる為に、解放軍が、トラン湖に浮かぶ水上砦、シャサラザードを焼き払った、との噂も聞いた。
……あれ程、紅蓮の炎を嫌っていた『あの人』が、そんな策を取った、と。
…………ああ、やっぱり。……そう思った。
それを聞いた時、そう思った。
『あの人』はやはり、何処までも軍師で、勝つ為には、己が真実厭うことでも成し得てみせる、そういう人なのだ、と。
あの年の夏、「貴方は間違っていると思う」、そう告げた己のあの一言は、やはり、間違ってはいなかったのだ、とも。
──だから、それは。
安堵、だった。
あの人に、間違っている、と告げた己の、安堵だった。
……トラン解放戦争の終わり、『あの人』が、逝ってしまった、と知るまで。
…………『あの人』が、解らなかった。何故、悔恨を、悔恨と成すのか。
どうしても、解らなかった。
トラン解放戦争で、『あの人』が、たった一人の少年に魅せられ、正軍師となったように、この、デュナン統一戦争で、『あの人』のように、たった一人の少年に魅せられ、正軍師となっても。
『あの人』は、『過ち』であって。
レオン・シルバーバーグは、『正しさ』、だった。
────盤上で、駒を進めるように。
戦場で、『兵
軍師の生業とは、本来そういうものであって。遊戯に勝つように、戦にも勝ってみせるものであって。
兵
……そうあるものだ、と。ずっとずっと、思って来た。
『あの人』の想いは、過ちであると。
軍師という生業にある者は、全て、絡繰り仕掛けの人形のように、目的の為だけに、『正しく』あるのが『正しい』のだと。
……だと言うのに。
たった一人の少年に魅せられて、正軍師さえ務めることになった、この戦の中で。
己は一体、何を見てしまったのだろう。
……あの少年の為に。長い間、あの古びた城の中で、戦場で、共に過ごして来た者達の為に、こうして、炎の中、一人佇んでいても悔いはない、そう思える程。
己は一体、何を見て来てしまったのだろう。
あの年の夏。
『正しい』と信じた、レオン・シルバーバーグへ、「神になる気などない。況してや、それを気取るなど!」……と、怒鳴り声をぶつける程に。
一体、何を。
軍師にとっての戦、それは、盤上で駒を動かすそれに等しいと。
あの年の夏、確かに、そう信じていたのに。
………………お師様。
我が師、マッシュ・シルバーバーグ。
私の、お師様。
……こうなって、初めて、貴方は『正しかった』のかも知れないと思う、そう告げたら、貴方は笑いますか。
それとも、叱りますか。
何を今更、と。そう仰りますか。
今になって、もう一度、貴方の教示を最後まで受けたかったと、そう思うと言ったら、貴方は許して下さいますか。
……お師様。私の、お師様。
貴方の弟子であると、そう思いながら貴方の住まう所へ行っても、貴方は叱りませんか。
貴方だけが、私のお師様であると、今尚、そう思っても。
貴方は許して下さいますか。
私の、お師様。
End
後書きに代えて
カミューさんで書こうかなあ、とも思いましたが、幻水2で火、ったら、やっぱしシュウさんかなあ、と。ルカ様でも良かったんだけど。
火計のこと、思い出してしまったので、シュウさんで。
……こう思った後、熊さんに救われたら、恥ずかしーだろーなー、シュウさん(笑)。
このシュウさんも、うちのデフォルトシュウさんとは、ちょいと違いますが、まあ、この話はこんな感じで。
──どうしてそう思うようになったのかは、私自身謎ですが、うちのシュウさんは、マッシュ先生のことを、お師様と呼ぶのです。何でだろう(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。