戦乱に生きる10題 +Ver.B+

1. 決起

幻水4 ヨミ(主人公)

時には、仲間達の中からでさえ呆れ返る者が出る程、彼、ヨミが持ち得ている性分は、とてもとても大人しい、というそれだから。

何を考えているのか良く判らない、と、評されることすら彼にはある。

だから、只でさえ彼は、ともすると他人に誤解され易いのに、大人しく遠慮深いからなのか、それとも身に付いてしまった癖なのか、思っていることを、そう簡単には言葉にしないし、表情も、余り移ろわせないので。

もしかしたらヨミは、『そのこと』を、周囲の想像よりも遥かに、『軽く』考えているのではないのだろうかと。

そんな風に疑う者達も、いない訳ではなかった。

けれど、感情面では兎も角、誰もが頭では理解しているように、ヨミとて、人よりも多少、喜怒哀楽の表現が乏しいだけの、極普通の少年でしかなかったから。

例え、大国クールークとの戦いに挑まんとしている、一軍の長であって、巨大船の船長であっても、十代後半の、只の少年でしかなかったから。

彼とて、『そのこと』──己の意思を介在させる余地すら与えられぬまま、二十七の真の紋章の一つ、罰の紋章を、その左手に宿してしまったことを軽く考えることは出来なかったし、恐れずにいることも、又出来はしなかった。

──どうして、こんな厄介な代物が、世界に二十七も在って、間違っても在り来たりとは言えぬ運命を、紋章宿した者に与えるのか。

そしてどうして、己が宿すことになってしまった罰の紋章が、宿した者の命を、餌か何かのように、削り続けて行くのか。

そんなこと、どう頭を捻ってみた処で、ヨミには答えを見付けることすら叶わなかったけれど、現実問題、紋章は確かに存在していて、宿した人間の命を削り取る、という風評も、眉唾ではなく。

だから、どうしたって、何一つとして判り得ぬまま、理解も共感も出来ぬまま、ヨミは、確かに存在し得る紋章と、紋章が齎す事実に、向き合わなくてはならず。

そしてそれは、酷く難儀なことだった。

難儀で、どうしようもなく厄介だった。

何の為に、罰の紋章などという代物がこの世に存在しているのか、これっぽっちも理解出来ないのに、現実は、現実であるが故に、何としてでも受け止めなくてはならず。

罰の紋章を振るえば、己の命が削られる、というそれも、己の胸の中に飲み込まなくてはならず。

でも、クールークから、自身達の営みを送る為の海や、母なる海に浮かぶ故郷である島々や、群島を守る為の戦いに身を投じた仲間達の為にも。

何もせずにいたら、大国に、呆気なく命を摘まれてしまうだろう人々の為にも。

そしてもう既に、簡単過ぎる程簡単に、命を摘まれてしまった人々の為にも。

罰の紋章が、何の為にこの世に存在していようが、振るう度、己の命が削り取られようが、ヨミは紋章を、掲げぬ訳にはいかず。

けれど。

大義の為に、己が命を紋章に喰わしても、と、すんなり割り切ることは、ヨミにとっても難し過ぎた。

…………例えば大義の為に。

例えば戦に勝利を収める為に。

命を賭しても構わない、との覚悟と。

死にたいか、死にたくないか、の答えが位置する次元は、別の場所にあるから。

左手の紋章を振るいながらも。

進んで、死にたいとは思わないな……と。

豊かな表情を拵えることない面の下で、ヨミとて。

────けれど。

ある日、水面を進む、巨大船の甲板から、変わらぬ海を眺めながら。

物心付いた時より常に眼前に広がっていた、紺碧色を見詰めながら。

己が命を賭せば、少なくとも、物心付いた時より眼前にて広がっていた、この紺碧の海くらいは変わらずに在り続けてくれると言うなら、もう、それでいいか、と。

唐突に、彼はそう思った。

──難しいことは良く判らない……と言うよりも、考えたくはない。

罰の紋章には罰の紋章の。

罰の紋章が齎す運命には、罰の紋章が齎す運命の。

理がそれぞれ、何処かには在るのかも知れない。

でも、少なくとも自分にとっては、そのようなこと、どうでもいいことであるのは、始めから変わらなくて。

幼い頃から夢見たように、眼前に広がる大海の向こう、その何処かに、ひょっとしたら存在していてくれるかも知れない、そう願った『家族』が本当にいてくれて、そして本当に、在り続けた大海が、『家族』と己を繋いでくれると言うなら。

己が命を賭すだけで、幼き頃からの紺碧色が、何一つとして変わらないと言うなら。

もう、それでいいか、と。

ヨミは唐突に、全てを振り切ってしまった。

……そうして。

何の前触れもなしに、全てを振り切ってしまった彼は、己の中の『決め事』を、大海へと示すかのように。

そっと左手を伸ばして、母なる海へと捧げる風な、素振りを取ってみせた。

────だから。

今はもう遠くなってしまった昔、群島と呼ばれる島々の民達と、群島の島々を己達の物に、と企てたクールークとの間で起こったその戦の折。

巨大船にて大海を駆け、人々を率いた、ヨミという名の少年の、本当の戦いが始まった日は。

ヨミにとっての、決起の日は。

その日、だったのかも知れない。

真実はもう、歴史の向こう側に埋もれて、判りはしないけれど。

End

後書きに代えて

初手から、カナタ&セツナの話に出てくる幻水4主人公、ヨミで書いてすいません(汗)。

余り、幻水4の時代が舞台の話は書かないので(Wリーダーいないから。私は自分に正直です……)、一寸、書いてみたかった。

最初、アナベルさんで書こうかと思っていたのは、内緒です。

……うちの4主って、淡白だな…………。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。