戦乱に生きる10題 +Ver.B+

2. 闇に潜む

幻水2 アガレス・ブライト

戦うことを、本心から好んだことはなかった。

ともすれは、王家よりも遥かに強大な権力を握れる軍部の存在する、ハイランド皇国皇王、との立場にありながらも。

ジョウストン都市同盟と、終わりの見えぬ戦をし続けること、それを儂は、好んだことなどない。

それは、ハイランド皇王としては、余り歓迎されぬのだろう質だったのだろうが。

儂は、戦うことなど好んだことはなく。

血を見るのも大嫌いだった。

だから、この手の中には。

何も知らぬ民達が、皇王たる者『そうであるのだろう』と思い巡らせたかも知れぬし、期待していたかも知れぬような『力』など、一つもなかった。

戦う為の術など、この手の中にはなかった。

強さも。

──真実、ハイランド皇王としての己が、どうであったのかなど、己自身では判り得ぬ。

賢王であった、と讃えてくれる者も、おるかも知れず。

愚王であった、と蔑む者も、おるかも知れぬ。

それは儂には判らない。

が。

戦うことを好まず。

血を見るのも厭い。

王であるが為に、戦人でなくてもならなかったが故、持ち得なければ嘘だった、戦うことを割り切る術も覚悟も持たなかった儂は、『そういう意味での皇王』としては、正しく、愚かでしかなかったのだろう。

そして今尚。

愚かであり続けるのだろう。

しかし、それでも。

己にとって、ハイランド皇王であること。

それは、『総て』だった。

力も術も、強さも持ち得ず。

戦場にて戦い抜ける皇王では有り得ず。

なのに、皇王でしか、有り得なかったから。

……『あの時』、儂は、眼前の何も彼もに、背を向けるしかなかった。

それしか、方法が見付けられなかった。

このままでは、最愛の妻とたった一人の大切な息子が、敵国の者共に如何なる目に遭わせられるか判らない、そう思いながらも。

掛け替えのない家族を、お前は自ら打ち捨てるのか、そんな後ろ髪を引かれても。

ハイランド皇王であること、ハイランド皇王でしかないこと、それが総てだった己には、目の前の光景の何も彼もから、逃げ出すより他なかった。

…………死ぬ道だけは、例え何があろうとも、決して、選べはしなかったから。

──戦うことを、好めなかった。

血を見ることが、嫌いだった。

故に、術も覚悟も、この手の中にはなく。

力も強さも、持ち合わせられず。

だから『あの時』、何も彼もに背を向け、総てから逃げ延びるより道はなく。

…………その所為で、儂は。

妻を失い、息子を狂わせ、不憫な娘を得た。

そして。

己が妻を失ったように、息子の手からも娘の手からも母を失わせ。

娘には、耐え忍ぶだけの道を。

息子には、闇に沈み、闇の中、潜み続けるだけの道を。

────戦うことを、本心から好んだことはなく。

血を見ることを、どうしようもなく厭い。

戦う為の力も術も、強さも覚悟も、この手の中に必要などないと、そう思うことが度々だった。

けれど、恐らくはその所為で。

儂は、妻を、息子を、娘を。

…………もしも儂が、ハイランド皇王となるべく世に生を受けずにいたら。

祖国の片隅で、最愛の者達と共に、ひっそりと、静かに生きていける運命の下に生まれ落ちていたら。

誰にも何も求められず、何一つとして、失うことはなかったのだろう。

だが儂は、ハイランド皇王となるべくこの世に生まれ。

皇王であること、それだけを『総て』とし。

なのにこの手の中に、何も掴もうとはしなかった。

……それは、息子の言う通り、罪悪でしかなかったのかも知れぬ。

夫でもなく、父でもなく、人ですらなく。

皇王であること、それだけを選んだ己の手に、何も持たずに生き存えて来たのは、罪でしかなかったのかも知れぬ。

……皇王であること。

それのみを選んで生きていた己は、もしかしたら。

何よりも、皇王であること、その総てを、恨み続けて生きて来たのかも知れぬから。

皇王であること、それを恨み続け、恨み続けるが故に、皇王でしか有り得ぬ道に立った儂は、もう、随分以前より。

闇に沈めさせてしまった己が息子のように、己だけの闇の中に沈み、己だけの闇の中に潜み。

祖国からも、王家からも、民からも、最愛の家族からすら。

唯ひたすら、逃げ続けようとしていたのかも知れぬから。

恐らくは、総てが。

己、という総てが、罪悪でしかなくて。

……己が血を分けた息子にこの命を奪われる程厭われているのだとは、今、この瞬間ですら、思いたくないけれども。

儂の息子には、もう、こうするしか道はないのだと、そう思いたいけれど。

もしもこれが、せめてもの、購いになると言うなら。

End

後書きに代えて

…………うちの話のアガレスおとっつぁんは、本当にこんな人なのか? 自分……(悩)。

あんまり思い入れのない人だから、難しかったな、アガレスおとっつぁん。

つか、アガレスおとっつあんをセレクトすることがそもそも、間違っていたのではないのか? 私。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。