03/08/2003 説教タイム その三
 
 事と次第によっては、そこを攻撃されたら男にとっちゃあ一生の問題となり得る箇所に、もしかしたら生涯お付き合いしなければならなかっただろう程の痛手を負わされ。
 さすがにキレたセッツァーと。
 何処を攻撃されようが、そんなこたぁ自業自得、何を思い余ったのか切羽詰まったのかは知らないが、問答無用で押し倒すなんて、どう云う了見っ! 身体の危機だっ!
 ……と、やっぱりキレたエドガーが。
 お互い、勢いに任せて、ベッドの上に鎮座まし。
 正座までして膝突き合わせ。
 せーの、で始めた口喧嘩は、中々終わりを見なかった。

「何を考えてるんだ、君って男はっ! 幾ら何だって、押し倒すって、何なんだ、押し倒すってっ!! この、犯罪者っ!」
「それを云いたいのはこっちの方だっ!」
「……何でっっ」
「お前の気持ちを考えないで、押し倒したのは悪かった。それに関しちゃあ、謝る。謝りもする。……だがなっ! お前、幾ら何でも急所を蹴り上げるってな、やり過ぎだろうがっっ。使い物にならなくなったらどーしてくれるんだっ!!」
「そんなの、自分の所為だろうっ!」
「やり方ってのがあるだろうが、世の中にはっっ」
「仕方ないだろう、他に、君の目を覚まさせる手段が見当たらなかったんだからっっ」
「ふざけんなっっ。お前だって男だろうがっ。付くモン、付いてんだろうがっっ。急所なんざ攻撃したら、どう云うことになるのか判るだろうがあああああっっっっっ!!!!」
「判るからやったんだろうっっ。馬鹿だね、君もっっ」
「……おま……。おーまーえー……。ほんっとーーに、男か、それでもっ! おんなじ苦しみ、味わいたいかぁぁっ!」
「御免被るっ。一一ああ、やり過ぎたのは、私も認める。さすがに、可哀想だったかなー、って、私だって思ったっっ。でもね、セッツァーっ、君、忘れてないかい? そもそもが、自業自得だってっっ」
 
 …………とまあ、こんな具合に。
 低レベル、なお二人さんの罵り合いは、延々やり取りされ。
 だが、その、聞くに耐えない低次元の口喧嘩の最中。
 彼等は。
「大体なー。俺達の関係が、いつっっっっまでも、えんっっっっえんっっ。進展しないから、俺だって切羽詰まったんだろうがっっ」
「そんなこと云われたってっ! ……私だって気にしてるっっ。でも、仕方ないだろう、出来ないものは出来ないんだからっっ」
「気にしてるんだったら、ちったあ大人しくしてやがれっ! 一息にヤッちまえば、何とかなるっっ。俺はそう聞いたっっ」
「……セッツァー、君はどうしてそう云う嘘をっっ。私が読んだ本には、時間を掛けてゆっくり慣らさなきゃ駄目だって、書いてあったっ!」
「そんな筈はないっ。俺は、あそこのマダムに……一一」
「だって、本には……一一」
「……………ん?」
「……………え?」
 一一……彼等は。
 罵り合いの最中、お互いが、勢いに任せて発した、御下劣な発言より。
 もしかして、今夜の騒ぎは、お互いの、『それ』に関する認識の違いの所為で……? と云うことに気付き一一まあ、だからって、セッツァーが一歩間違えば、否、間違わなくとも性犯罪者だった、と云う事実は何処にも消えないが一一。
 ぴたり、と口論……と云うよりは、本当に誠に、下世話で低俗な怒鳴り合いを、止めて、まじまじと、見つめ合った。
 そうして、暫し見つめ合い。
 いたーーーー……い、沈黙の時を過ごした後。
「……一寸待って、セッツァー。君は、その、何処ぞのマダムから、何て聞いたんだって?」
 漸く、意を決して、エドガーが、上目遣いをしながらセッツァーに問うた。
「…………俺は、その。顔馴染みの色町のマダムに、男同士がヤる時は、一息にヤッちまった方が相手の為だ……と……。だから、その……。何時まで経っても、関係に進展がねえんなら……マダムの云う通り、ヤっちまった方が手っ取り早いか? って思ってだな……。一一で、お前は……?」
 問われたことへ、辿々しい答えを返しながら。
 セッツァーも又、エドガーの瞳を覗き込んで、尋ねた。
「わ……たしは、その……。あー……。物の本、を読んで……。そうしたら、そこには、あー……『その時』には時間を掛けないと駄目だって書いてあったから……そう云うものだと思ったし……だから、君がそんなことするなんて、考えもしなかったし……押し倒されるなんて冗談じゃない、って思って……」
 だから、今度はエドガーが、辿々しく、セッツァーの問いに答えて。
 もう一度、まじまーーじ、と見つめ合った二人は。
「…………どっちが正しいんだ……?」
 声を揃えて呟き、揃って頭を抱え。
 むーーーーん……、と悩み始めたが。
「あのー……ですね?」
 一一今は、真夜中。
 ここは、フィガロ城の城主の、則ち国王陛下の寝室。
 ……であるにも関わらず。
 国王陛下の寝室に篭った当人達は、素っ裸、でベッドの上に、ちんまり座っていると云うのに。
 …………何故か。
 そんな時間、そんな場所で、悩み始めたセッツァーとエドガーの背後より。
 何者かの声がして。
 まっっっっさお、な顔色になった二人は、恐る恐る、声のした方向を振り返った。
 


03/10/2003 説教タイム その四
 
 どうして。
 どうして、こんな真夜中。
 ここは、国王の寝室だと云うのに。
 しっかり鍵も掛けたのに。
 何で、何者かの声がするのか、と。
 全裸のまま、寝台の上に鎮座ましていた二人は、恐る恐る、声のした方を振り返った。
 のっそり……と。
 出来れば、そんな方角見たくない、幻聴だったらいいのになー、そんな、風情で。
 一一たった今、耳にした誰かの声は、幻聴には思えなかったが。
 まあ、これで、聞こえて来た声の中に、僅かでも殺気が篭っていれば、二人揃って瞬時に、シリアスモードに移行したんだろうが、掛けられた声は、どちらかと云えば間の抜けた感じだったから、取り繕うきっかけを、自身に与えることも出来ず。
 のっそりノロノロ。
 心底、嫌っそー……に。
 悪くなった顔色で、二人が振り返ってみれば、そこには。
 困ったような、呆れたような顔をした、エドガーの侍医が、ちんまり、立っていた。
「…………な、何っ? 何で、何で、何でっ?」
 そこに立っていた人物の正体を見定めて、一瞬、呆気に取られ。
 直後、はっっと我に返って、自分が素っ裸だと云うことを思い出したエドガー、シーツをたくし上げ、女子(おなご)のよーに胸までを隠し、青冷めた顔色から一転、真っ赤に頬を染めて俯いて、意味不明な問い掛けを放った。
「……どうして、お前さんがここに……?」
 一方セッツァーの方は、間男の経験でもあるのか、見られたものは仕方ない、と、開き直った表情になって、のーんびり、腰から下だけを毛布で隠し、いっそ見事なまでのふてぶてしさを湛えた。
「………………いや、そのですね……」
 そんな、誠に対照的な二人を見比べ、益々、呆れたような顔を侍医は作ったが。
 呆れていても埒があかない、と彼は、口を開く。
「神官長様から、陛下のお部屋より、何やら『盛大な口論』が洩れ聞こえて来るから、行って、仲裁してくるように、と仰せつかりまして……」
 何故、自分がここにいるのか。
 それを、低い声で侍医は語って、神官長より預かったのだろう、小さな鍵を、手のひらに乗せて差し出した。
「……ばあや……」
 聞かされた事実に、エドガーは遠い目をし。
「何を考えてるんだ、あのばー様は……」
 セッツァーは、頭痛でも起こしたように、頭を抱えたが。
 侍医の説明は、未だ、続いて。
「そのー、私も、何で、陛下と陛下の御親友との『口論』を、医師の私が仲裁するんだろう、と不思議に思ったんですが。どうしても、行け、と神官長様が仰るので……。失礼かなー、とは思ったんですがー……まあ、その。一一あー、でも。お二人の『口論』、先程から聞かせて頂いて、神官長様が何で私に命じられたのか、良く判りました。……色々、諸々、御存じなんですねえ、神官長様……」
 しみじみ……とした口調で。
 侍医は、更なる説明と、『己が役割』を理解した、と語った。
「ば、ばあや………………」
「女狐……」
 故に。
 エドガーは遠い目をするのを止め、涙目を拵え。
 セッツァーはムスっと、不機嫌そうに悪態を吐いたけれど。
 もう一度だけ、そんな二人をまざまざと見比べ、呆れていたような面を、すっと、とっっっても真剣な色へと変えると、侍医は。
「事情は、おおよそ、飲み込めました。要するに、陛下とセッツァー様は、『そう云う』関係なんですね。ま、先日、陛下が訳の判らないことを私にお尋ねになられた時から、そう云うお相手がいらっしゃるんだろうなー、とは思っておりましたが。……ああ、私は、御仕えさせて戴いている君主の私生活に兎や角云う程野暮じゃありませんので。あー、唯、ですね……」
 ……彼は、一息、そこまでを語り。
「一一唯。お二人のお話を伺っておりますと、どうも、『上手く』行っておられないみたいですねえ。何が、駄目なんです? 仰って頂けませんか、陛下。……神官長様が私に振られた『仲裁』の役目は、『そう云う意味』だと思うんで……。一一上手く、行かないのですか? 挿入が。やり方、間違えておられませんか?」
 一一一一国王陛下のお体を気遣う顔、とやらになった侍医は。
 とっっても、どストレートに。
 sexが上手く行かないなら、医者として御相談に乗りますけれど、と云う意味のことを、二人を交互に見遣りつつ、云った。
 

03/12/2003 説教タイム その五
 
 この世の中には、尊敬に値すべき職業、と言うものが、数多く存在する。
 職業に貴賎などはないが、中々出来ないよなあ……と言いたくなる職業は、確かに存在する。
 医が仁術である限り、医者、と言う職業も、その、尊敬に値すべき職業なのだろう。
 ……………………なーーんて、たらたら告げさせて頂いたが。
 貴き職業であるが故に、なんだろう、職務に燃えてしまった医者って言うのは、中々にして、恐ろしい人種だ、ってことを、外野は言いたい訳で。
 んで、こう云う手合いの方々に、下手に逆らうと、時折、恐ろしい結果を招きかねない訳で。
 ……だからして。
 自分達の顔を見比べて、私は医者、医者なのおっっっ! ……と表現するのが誠に相応しい表情と態度を拵えた、砂漠の国の国王陛下の侍医に、まっっっこと真顔で、事情を語れ、と迫られてしまったセッツァーとエドガーの二人は。
 気まずそーーーに、ぽつりぽつり、所々を濁して一一尤も、濁した部分には、その都度侍医の突っ込みが入り、結局は包み隠さず、ベッドの上にちんまりと座ったまま、これまで、己達が行ってきた努力の経緯、を語った。
 あーして、こーして、こうしてみて、こんな風にしてみて、そうしたら、こうなって。
 而(しこう)して、現在に至る、と。
 ぶつぶつ、ごにょごにょ、己等の来た道を、侍医に。
「…………成程……」
 すれば、侍医は。
 何処までも何処までも、僕は、私は、医者ですものおおおっ! ってな固いお顔のまま、語られた事情に、深く深く頷き。
「……あのですねー、陛下も、セッツァー様も。そりゃあ、本をお読みになるのも結構ですし、その道で食べてらっしゃる方にお話を伺うのも、結構ですが。体のことと云うのはやはり、医者が専門家なのですから、そこまで、ぎゃあぎゃあ悩まれるのでしたら、一言、御相談下されば宜しかったのに……」
 一転、渋い顔を作って侍医は、悪戯を発見されて、これからお目玉を食らうクソガキのような風情で座っている、祖国の王と、その王の恋人一一同性だが……一一に対して、懇々と、ある意味ではとっても不敬な表現さえ伴う、説教を始めた。

 ……で? 上手く行かないのに業を煮やして、セッツァー様が陛下を押し倒されてしまったから、今夜の口論が始まった、ってことですか?
 一一……。云いたくはありませんがー。
 男性だって、性被害を受けると、とんでもない障害を抱えるんですよ? 度合いは、ケース・バイ・ケースですけど。
 セッツァー様が、陛下を強引に押し倒してどうするんですか。
 陛下が性的に不能になったら、責任取れます?
 強引に挿入しちゃって、裂けちゃったら大事ですってば。
 それからっ。
 まあ、心通じ合わせていらっしゃるお二人のなさることに、兎や角云いたくはありませんけどね、私も。
 ちゃんと、手、洗われました? 爪、きちんと切られてますか? 駄目ですよ。清潔にしないと。
 だって、素手でなさるんでしょ?
 お二人共、慣れておられないんですから。気配りと云うのは大切です。
 病気になってからじゃあ遅いんですから。
 一一陛下も陛下で。
 臀部の開口部……ま、ぶっちゃけ、あそこ、ですけど。
 普通ですね、人間の指の一本程度、通ってみた処で、何の準備もしないで、と云うならそりゃあ痛いでしょうが、そうじゃないのなら、そこまで痛い、なんて、そんなにはあり得ない話なんですよ?
 そうでしょ? そうだと云うんなら、その部分、病気になった時、医者は触診出来ませんでしょう。
 痔、患っていらっしゃる、と云うなら別ですけども。
 でも、陛下のお通じは普通ですよね?
 御不浄に行かれた時、痛い、とか、血が出る、とかありますか? ありませんよね?
 なら、もう、後はメンタルの問題で。
 ……ま、『モノ』が通れば痛いでしょうが?
 実は、無意識に、ものすっごーーーーく、その行為が嫌、とか。
 ものすっごーーーーく、恐い、とか。
 セッツァー様のこと、信頼してない、とか。
 そんな風に思ってらっしゃいません?
 御自分の恋人のことですよね? 陛下。
 少し……こう、気楽に考えられて御覧になられたら如何です?
 最初に、痛いの痛くないの、脅かした私も悪いんですが。

 ………………と、まあ、こんな感じで。
 侍医は、懇々、と、繰り言を、二人に語って聞かせた。
「は、あ………………」
 顔全体に、医者っ! って書いてある侍医に、そんなことを云われてしまえば、所詮は素人、の二人に、具体的な反論の術はなく。
 唯々、曖昧な相槌を、彼等は返したが。
「まー、私に言わせれば、同性間のsexを行うからと云って、必ずしも挿入しなきゃいけない、とは限らないと思いますけどねえ……」
 一一ぶちぶち、くどくど、ねちねち。
 セッツァーとエドガーに、説教を食らわせた後。
 シメに、そんな一言を洩らして、侍医は。
 唖然呆然の二人を置き去りにして。
 ま、云いたいことは云ったし、後は解決方法を考えるだけ、そんな表情を作って。
 んーー……と暫く、考え込んだ後。
「どーーーっしても、挿入が上手くいかない、陛下が過剰に痛がる、と云うのであれば、筋弛緩剤とか、使ってみます?」
 サラッと、それってあんまり、解決方法って云わないんじゃ……? な助言を、二人に与えた。
 

03/16/2003
 
「……筋弛緩剤……?」
 恥も外聞も無く云ってしまえば。
 挿れる時、そんなに痛いんなら、薬でも使ってみますかー? と。
 問題解決方法の一つとして、そんなことをサラっと云った侍医へ、二人は、見たこともない生き物を眺めるような目付きを送り。
 その薬は何ぞや?
 と言いたげな顔も作った。
「あー。我々は便宜上、そう呼んでるだけですけどねー。まあ、簡単に云えば、筋肉の強ばりを取ってくれるもので……一一」
「一一そんなことは、聞けば判る。で? それを使って、どうするって?」
 だから、不審な顔を作ったエドガーとセッツァーに、侍医は説明を始めたが。
 それが何なのか、聞けば判る、とセッツァーは遮った。
 ……が。侍医は、説明を止めようとはせずに。
「聞いておいた方がいいですよ? 一一あのですね、暖かい地方に行くと生えてる、クラーレって植物を、陛下とセッツァー様は御存じですか? 判り易く云えば、南国産の瓢箪みたいなものなんですが。それ煮詰めて人間に与えますとですね、『上手いことやれば』、こう……程よく体が弛緩しますから、痛みも軽減されるんじゃないかと、私は思うんですね。あの薬は意識は明瞭さを保てるそうですから、『営み』に支障は来さないと思われますし」
 淡々と、侍医は。
 主人を目の前にして、そんなことを語った。
「…………クラーレ? 何処かで聞いた覚えが……」
 たった今聞かされた説明の中に出て来た植物の名前に、エドガーは心当たりがあったらしい。
 聞き覚えがある、と首を捻る。
「一部では有名な植物ですよ。クラーレの原産地の原住民が、狩りの時に使う、毒矢に塗る、毒ですから。簡単に人間も殺せますけど、まー、配合さえ間違えなければ、大丈夫だと思いますし」
 首を捻った己が主人に向けて、侍医は。
 何処までも淡々と、そんな語りを続けた。
「……あのねえ、侍医?」
 そんな臣下へ。
 エドガーは向けていた訝し気な表情を一転させ、にっっこりと微笑みを向け。
「君は、私に、死ね、と?」
 ふるふるふる、彼は、怒りを堪えているかよーな、低い低い声を絞ったが。
「御冗談を。陛下のお命奪って、どうしろと云うんですか。上手いことやれば、って申し上げましたでしょう? 一一先程伺わせて頂いた、お二人の口論、あんまりにも『凄まじかった』ですし……お聞きした事情も、芳しいとは言えないと、私は感じましたので。ここら辺で一発、思いきった打開策が必要かなあ、と考えましたので、進言させて頂いただけですよ、私は」
 何でそこに、死ぬ、と云う単語が飛び出して来たのか判らない、そんな表情に、侍医はなって。
 強烈な打開策を伝えただけだ、と言い放った。
 …………要するに。
 盗み聞きしてしまった『口論』、聞き出した事情、それらを鑑み。
 恐らく侍医は、『毒を持って毒を制する』的な発想をして、それを二人に伝えてみただけなので。
 クラーレ、と云う、人間だってイチコロに出来る物騒な『薬』を持ち出して来ただけなんだろう。
 だが、所謂『営み』の成就の為に、命まで賭けたいとは、セッツァーにもエドガーにも思えなかったので。
「じょーーーーだんじゃないっ!」
 二人は速攻、その案を却下した。
 ……唯。
 自分達が抱えている『悩み』が、馬鹿馬鹿しいけれども『毒』に匹敵する程強烈な事項、と、眼前の侍医が無意識の内に判断したと云うことに、二人が気づけているか否かは、謎だが。
「そうですか? 手っ取り早くて良いと思ったんですがねえ……。一一あ、クラーレが恐くて嫌だ、と仰られるなら、阿片、って手もありますけど」
「薬は遠慮するっ!」
「………そうですかあああ? どうしても、自然のままの形にお二人がこだわると仰れるんなら、これ以上、私は何も申し上げられませんが……。一一ま、お悩みがお有りでしたら、何時でも仰って下さい、陛下」
 一一ちょーっとばかり、顔色を変えて。
 二人が、薬物投与案を、却下したのを受け。
 渋々ながらも、侍医はそう云って引き下がり。
 今夜は取り敢えず、これで失礼します、と、国王の寝室より辞して行った。
「……お前んトコの連中は、どいつもこいつも、何を考えて生きてるんだ……?」
 くるっと踵を返し、極普通の足取りで、侍医が出て行った後。
 心底の脱力を見せて、セッツァーが呻いた。
「私が聞きたい…………」
 セッツァー同様、エドガーも又、げんなりとした佇まいで、べしょっと、シーツの上に沈む。
「取り敢えず……」
「寝るか、もう……」
「うん……」
 そうしてそのまま、彼等は。
 物凄く、やる瀬ない気分を抱え。
 今日の日を終わりにするべく、寝室の明かりを落とした。
 二人共に、今夜もやっぱり何一つ、事態の進展はあり得なかった……と、泣き濡れたい程、落ち込みながら。
 

03/25/2003 云われちゃうとね、どうしても その1
 
 思い出す度に、あー、情けないよなー、と、自己嫌悪に陥りたくなる醜態を晒しながら、侍医に説教を食らった翌日。
 やっぱり、夕べのことを思い出して、落ち込んだり嫌気が差していたりするんだろう、ベッドの中で、うだうだしたまま、何時まで経っても出てこないセッツァーを置き去りにして。
 午前の遅い時間、エドガーは、昨日『要らん情熱』を発揮してくれた、侍医の元を訪れていた。
「おや、陛下。何か?」
 勢いと、忠誠心と一一かなり的が外れた忠誠心だとは思うが一一、職務に対する情熱及び義務感で、国王陛下に小言をカマしたまでは良かったけれど、まさか、昨日の今日で、エドガーに訪ねられるとは、侍医も思っていなかったのだろう。
「一寸、時間はあるかい?」
 ……とか何とか、表情だけは爽やかに、ごにょごにょーっと云いながら入って来た国王様へ、医師は、不審そうな、バツが悪そうな、そんな顔を向けた。
「いや……大した用件ではないんだけどね……」
 一体、何が? と言いたげな佇まいで振り返った侍医に、やっぱりエドガーは、ごにょごにょ、来訪の意を誤魔化す。
「……陛下?」
「あー……その、ね」
 が、何時まで誤魔化し続けても、埒があかないと、エドガーにも思えたんだろう。
 ながーーーい躊躇いの時を過ごした後、王様は、臣下へ向けて、俯き加減だった顔を、すっと上げ。
「一寸、相談が、あるのだけれど…………」
 本気の恋愛のことになると、何処までも、初々しさを引きずる、ある意味、とっっっても厄介な質だったんですね、陛下。初々しいのは何時までも新鮮で宜しいとは思いますけど、何事も限度問題ですよ? それって、一歩間違うと、男は引きますよー。陛下も男なんですから、身に覚えありますでしょうに。
 …………と。
 喉元まで出掛かった台詞を飲み込むのに、心底の苦労を侍医が要する程、テレテレに照れ捲った態度で、エドガーは、『相談』とやらを持ち掛けた。
「はあ………………」
 一一『相談』を、暫しの時間を要して、エドガーが語り終えた後。
 複雑そーーー……な顔をして、侍医は、呻きに近い声を洩らした。
 そうして。
 やはり、暫くの間、お悩みポーズを決めて考え込み。
「なら……これなんて、如何です?」
 背後にある、薬瓶の並ぶ棚を振り返った侍医は、えーと、とぶつぶつ呟きながら、液体で満たされている瓶の一つを取り上げ。
「どうぞ」
 何処までも果てしなく、複雑そーな顔をしながら、それでもその瓶を手渡した。
「大丈夫かい? ……夕べ聞かされたような、物騒な薬は、私は御免だよ?」
 そっと手渡されたそれを、さも、大事そうに受け取って、でも、国王陛下は不安げに、小首を傾げる。
「まあ……人体に、不都合はないと思います、が……。ええ、効能以上の『不都合』は。一一でも、陛下? 本当にそれで、宜しいんですか?」
「それは、その……。一寸、ナニな手段かな、と私も思うけれど……。関係が進展させる為に、何事も、試してみる価値はあるかな、と思ってね」
 そんなに不安なら、『馬鹿なこと』なんて考えなきゃいいのに、ってなトーンを、侍医は声に滲ませたけれど、当のエドガーは、これだって、努力の一つだし、と、半ば言い切って。
 医師より受け取った薬瓶を、慎重な手付きで懐に仕舞うと、じゃあ、と、そそくさ、侍医の部屋を立ち去って行った。
「……………………。ま、いっか。何とかなるんだろう、多分……。私は別に、同性愛の専門家じゃないし……」
 さかさか、早足と云うよりは、駆け足、と云った風情で去ってしまったエドガーの背中を見送りながら。
 ぽりぽり、頬を掻きつつ、侍医は独り言を洩らす。
 が、世の中、なるようにしかならないしなー、と。
 そんな、無責任なことを考えつつ。
 夕べ、あんな説教、カマすんじゃなかった、と、若干の後悔も覚えつつ。
 しーーーらない、っとばかりに。
 侍医は仕事に戻った。
 

03/27/2003 云われちゃうとね、どうしても その2
 
 クラーレ、なんて物騒な物から出来ている薬なんて、試したいとも思えない。
 大体、クラーレって、瓢箪の南国バージョン、と云えばラブリーに思えるが、人間様だってイチコロに出来る一一因みにクラーレの最低致死量は、0.3ミリグラムだ一一毒薬なのだし。
 それを、大いなる目的の為だろうが何だろうが、飲み干す、なんて冗談ではない。
 だが。
 それが、毒物を元に作られたものではなくて、生死に関わらないと云うならば、話は別だ。
 …………なーーーんて。
 説教に勤しんだ侍医の言葉より、エドガーが考えたとしても、誰にも咎めることは出来ないだろう。
 この場合、恐らく咎められるに相応しきは、何処か無責任なことを云った侍医である筈だから。
 ……そう。
 とっくの昔にお判りだろうとは思うが。
 お小言食らった翌日、ほてほて、侍医の元へと赴いて、エドガーがした御相談、それは。
 人体に、強烈な影響を及ぼさず、でも、夜のナニに使えて、自分が痛みを感じない薬ってある?
 ……と云う御相談だった。

 一一生死に関わる程の効力を、一応は持たず一一何故、一応なのか、と云えば、ものごっつい影響を、人体に及ぼす物もあるから一一、且つ、夜のほにゃららー、に使われる確率が最も高い薬剤、それを人は、『媚薬』、と云う。
 又の名を、『惚れ薬』、とも云うが。
 だが、一口に媚薬と云っても、その歴史はとっても長くって、種類も沢山あって。
 胡散くさーーーい顔して、胡散くさーーい声で以て、『媚薬』なんて云った日にゃ、お若い少年の目の前で淫らな行為をして見せながら殺した、その少年の骨髄と脾臓を取り出して……とか、魔術師の内臓の生き血を乾燥させて粉末にして……とか云った、不気味な黒魔術の世界一一ああ、ここでお伝えした媚薬の作り方は、本当の『レシピ』ではあるけれど、真似しないように一一を連想させてしまうけれど。
 いっくら、責任は何処にある? と云った感の侍医の言葉より、その脳裏から、媚薬……と云う言葉が消せなくなったエドガーでも、迷信を信じて犯罪に走る程、愚かではないし。
 第一、そんな『材料』から作った媚薬に、実際の効力を求める程、彼は非科学的でもないし。
 かと云って、チョコレートだって、れっきとした媚薬の一つだからー、なんて、花も恥じらう乙女が好む、『おまじない』に頼る程、ラブリーな思考を廻した訳でもないので。
 大体、確かにチョコレートは媚薬だが、それを云ったら小豆だって動物の糞だって媚薬だ。
 ……なので。
 彼が侍医に求めた物は、ちゃーーんと、科学的、医学的根拠に基づいた効力を発揮する、薬品、だった。
 で以て。
 そんな国王陛下に、侍医殿が渡した薬は、とある植物を原料とした代物だった。
 ……物騒な話ではあるが、別に、迷惑な主人の目的を達成させる為、と云う一点だけを何とかするんだったら、麻の葉っぱや樹脂与えても、幻覚キノコ食わしても、アサガオ飲み込ませても、構いはしなかったのだけれど。
 その手合いは却下、と、国王陛下が宣ったので。
 うーーーん、と首を捻った侍医殿が選択したのは、某世界では、植物オイル、とか、アロマテラピー、とか云った言葉で表現されているらしい代物…………ではなくって。
 要するに、生死に関わることはなく、常用性もなく、が、その部分の効能は高いだろう、と思われる。
 カトゥアバ、と云う名の、やっぱり南国を産地とする、植物から出来た薬だった。
 偉大なり、南国風土。
 確かにカトゥアバならば、例えその木の幹に噛り付こうが、人間様が死ぬこたぁない。
 ………………でも。
 この植物、は。


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