膝の上に乗せていた、問題の本を。
ひとたび、ベッドの上へと避けて。
エドガーは立ち上がり、自室を横切ると、扉に鍵が掛かっているかを、念入りに確かめた。
『歴史書』と思えば、それを読み耽るさまを、誰に見られても、恥ずかしいなどと云うことはないのだが。
彼にとってその本は、歴史書であって歴史書でないので。
ページを繰ってる姿など、エドガーは誰にも、見られたくなどなかった。
故に彼は、ほんっきで念入りに、鍵が掛かっているかいないか、確かめて、確かめて。
枕辺のランプ一つだけを残して、部屋の明かりを落とし。
ぱらりそろり、ページを繰った。
一一一一開かれた、本の一ページ目は。
整えられた体裁は、歴史書、と云う言葉に相応しく、堅苦しい序文で始まっていた。
だが。
そんな風に形式ばった、どうしてこの本を記すに至ったか、などと云う文章は、エドガーにはどーでも良くて。
己が欲求に正直に、ちゃっちゃと彼は、序文を飛ばす。
序文が終わり、中表紙が登場し。
中表紙も、その後に続いた目次も、さかさか、かっ飛ばして。
どきどき、としつつ。
漸く辿り着いた本文に、彼はちらりと目を走らせ、読み出し。
「………………は?」
が、そこで。
彼は己が目を疑い。
ぱふん……と、一度、本を閉じた。
結構厚みのあるその本を、再度ベッドに放り出し、立ち上がり。
暗過ぎたのかな、と彼は、寝所の明かりを、少しばかり大きくする。
そうしておいて、再びのチャレンジっ、とばかりに、先程と同じ姿勢を取り、同じように本を抱え、同じページを開いて。
「……………………えーっと……」
そのページに踊っていた文字達を、明るさが足りなくて、見間違えた訳ではなかったことを知った。
「……ばあや……。恨むよ……」
幾ら同性愛に関することが書かれているとは云え、たかが一ページ目を開いただけなのに、エドガーは額を抱え、瞑目し、ばあやに向けて呪詛を呟く。
一一一一歴史書、だと思っていたのだ、エドガーは。
いや、確かに、その本の表紙には、歴史云々、と云う言葉が綴られているから、歴史書は歴史書なんだろうけれども……。
本と対面した途端、目の中に飛び込んで来た、同性愛を示す単語と、歴史云々、と云う単語の所為で、本の正しいタイトルを、それ以降一度も、エドガーは把握しようとはしなかったから。
誤解したのだろう。
だから、一ページ目を開いて直ぐ、衝撃を受けたのだろう。
何故ならば。
件の本。
歴史書は歴史書、でも。
物凄く特殊な歴史、ぶっちゃければ、男であるにも関わらず、春をひさぐ運命を辿った少年達が、如何にしてその世界に『溶け込んで』行ったか一一則ち、とっっっっっ……ても簡単に云えば、男同士で致す為に、そんな少年達が、どんなことを教え込まれたか、そしてそのやり方、が、大変具体的に、記載されていたから。
勿論、挿し絵付きで。
ああ、蛇足ながら。
どうしてそのような本を、ばあやが持っていたのかは、多分永遠の謎だ。
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