12/23/2002 『以前』の問題 その二
 
 さて。
 大の大人の男が二人、ごろりんと横たわっても、スペース余りまくり、な巨大ベッドを見下ろして、セッツァーが首を捻っていた頃。
 御不浄、トイレット、雪隠、化粧室、手洗い、e.t.c…………まあ、呼び方は何でもいい、そんな場所に篭って。
 ほう……とエドガーは溜息を付いていた。
 だって……そう、だって。
 お通じを、促さなくてはならないから。
 盛大な溜息を吐き出したくなる彼の気持ちは、想像に難くない。
 別に、エドガーは便秘体質一一ああ、生々しい……一一と云う訳ではないので、無理矢理にお通じを促す手段を取らずとも大丈夫そうだが……つーかそもそも、避妊具の材料が魚の浮き袋や牛の腸です、な時代の浣○一一さすがに、伏せ字にさせて下さい一一など、自力で使えるようには出来ていない。
 この世界では、浣○は、とても立派、且つ重要な、医療行為なのだからして。
 気軽には出来ないんだ、これが。
 ……って、ああ、ヨタ話はどうでもいい。
 兎に角、そんな訳で。
 御不浄に篭って。
 今、精神的ダメージを、些細な程度でも受けたら、首吊っちゃうかも、と云うくらい、どんより、とした空気を纏って、エドガーは。

 一一一一以下、余りにも彼が不憫なので、割愛一一
 
「あー、もー、嫌だぁぁぁぁっ!」
 割愛された、ほにゃららーな出来事の後。
 『それ』が済んでも彼は、御不浄の片隅でちんまり蹲りながら、一人呻いていた。
 『出来事』は。
 うん、何とか、終わった。
 でも。
 彼には未だ、この『先』がある。
 一一一一又、少々話は脱線するが。
 某世界ではポピュラーな、トイレットペーパーなる物の歴史は、実はとても、浅い。
 浅い処か、某世界では未だに、世界人口の三分の一弱しか、トイレットペーパーと云う物を使用していない。
 んで。
 エドガーの故郷、フィガロは、砂漠が国土の大半を占める。
 と云うことは、水は貴重品な訳で、水洗式の御不浄は、フィガロ城と云えどもある筈もなく。
 故に、某世界のトイレット事情同様、砂漠の御国にてのトイレットペーパーの代用品は、『砂』、だ。
 しっかりきっぱり、『砂』。
 ええ、あの、『砂』。
 ロープや海綿、石や土塀、それよりは、良い……だろう、多分。
 だから。
 エドガーは。
 自分が傷付かない為にも、セッツァーが傷付かない為にも、ソコを、洗って来なきゃならないので。
 その事実を鑑み。
 ほとほと、嫌気が差して来て。
「何処か遠くに、旅立ってもいいかなー……」
 御不浄の片隅で、膝を抱えたまま、彼は。
 ぽつりと呟き、泣き濡れた。
 

12/24/2002 『以前』の問題 その三
 
 御不浄から出たくないよー、この先のことを考えたくないよー、怖いよー、と、手洗いの片隅で、ちんまりいじけていたエドガーが。
 何時までもこうしていたいけど、でも踏ん切りは必ず付けなくてはならない、と、のたくら、個室から這い出て、『身綺麗』にして、寝所に戻ったら。
 シーツを汚さない為に、タオルか何か、何処かに転がっていないかと、そんな物が、一国の国王の寝室に、コロンと転がされている訳がなかろう? な思考を、腕組みしつつ、セッツァーは未だ、ぶん廻していた。
「……何をして……?」
 なので、カバーもシーツも捲り上げ、じーっと、白い布の海を見つめている恋人を、見つけたエドガーは、身に付けた夜着の胸元をしっかりと押さえつつ、首を傾げる。
「いや、な……その。あからさまに寝台を汚すってのも、どうかと……」
 余りにも、己の思考のみに捕われていた所為で、『エドガーが戻って来たから声を掛けられた』、と云う事実に気付かず、セッツァーは、背後から掛かった疑問の声に、うっかり、素で答えた。
「あ………。えっと………」
 あけすけなセッツァーの言葉の意味を察して、エドガーは真っ赤になり、俯く。
「……っと。…………悪い。戻ってたんだな……」
 消え入りそうな、愛しい人の声音が洩れた処で、漸く置かれている状況を思い出したセッツァーが、はっと振り返った。
「その、な。そう言うつもりじゃ、なかったんだ……」
 なら、どう云うつもりだったんだ、と突っ込みたい、曖昧な台詞を、振り返りながら彼は囁き。
 熟れ熟れ林檎一一例えが古くて申し訳ない一一のように、頬を染めたエドガーを、そっと抱き寄せる。
 一一ああ、お二人さんの、雰囲気だけは申し分ない。
 でも、その裏に渦巻いている様々なことを考えると、余りにも滑稽過ぎて、涙さえ誘う。
 だが、彼等の辞書に、『めげる』と云う文字は、今の処刻まれていないから。
 盛り上がったムードの恩恵にあやかって、彼等は手を取り合い、寝台に横たわる、決意を固めた。
「………あ、あの……。明かり、落としてもいいかい……?」
「……ああ。好きにしな」
 がっちりと、親愛の証しの如く、手と手を握り合い。
 辿々しーい言葉を、二人は交わし。
 取った両手をするりと離し、身を屈めたセッツァーが、寝台脇のランプの明かりを静かに消した。
 一一一一と。
「………………あ」
 その瞬間、セッツァーからも、エドガーからも、忘れていたことを唐突に思い出した風な、小さな叫びが上がった。
 そう、忘れていたのだ、彼等は。
 未だ、しなくてはならない、細かなことがあるのを。
 故に、それを思い出してしまったセッツァーは。
 闇の中、ごそごそと、服のポケットを漁り、そんな所に無造作に突っ込んでおくと云うのも、如何なものか、な『魚の浮き袋』……もとい、避妊具と、人体に害を為さない、滑りのある物のなら何でもいいわ、ああ、でもシャボン系統は止めておきなさいね、お腹痛くなるから、との、男娼館のマダムの助言を元に用意した、植物性オイル一一手っ取り早く且つ、分かり易く云うならオリーブオイルの入った瓶を、手探りで取り出して、やはり手探りで、寝台脇の、小テーブルにこっそり置いた。
 まあ……オリーブオイルと云うのも、不正解ではないが……ま、いっか。
 『男』の身だしなみ、の一環を、果たすが故の行動だ。
 ……で。
 セッツァー同様、小さな声を上げたエドガーは。
 確かにセッツァーの云う通り、あからさまにシーツを汚すのも、嫌だなー、でも、タオルなんてないしなー、と、闇の中、暫し思案をし、ああ、生地が生地だから、入浴タイムの為の、ローブでもいいかも、と、そろそろ、手探りで、壁際のクローゼットに近付き、何処までも手探りで、ローブを引きずり出し。
 パフパプ、と、シーツの上に広げた。
 ……かなりの勢いで、寝心地が悪そうだが、まあ、妥協案として、認めよう。
 一一一一さて、そんなこんなで。
 やーーーっと、自分達に考え得る限りの『下準備』を済ませ。
 とさり、と、どデカい寝台に横たわって。
 一応、腕なんぞ、互い絡め合ったりもして。
 ちゅう、もしてみたりして。
 どきどきー……なひとときへの突入を、果たし。
 

12/25/2002 『以前』の問題 その四
 
 一体君達は、何時の間に衣服を脱いだんだい? な疑問は、忘れることにして。
 闇の中、もそもそーと手を動かし、潔く素っ裸になった……としか考えられない、セッツァーとエドガーの二人は。
 裸になり、ころん、と横になった寝台の中で、首の一寸上辺り、口許が隠れるか隠れないかくらいまで、毛布をひきずり上げ、まるで、その中に潜るようにして、むふん、と、ちゅうを交わした。
 ……多分。ああ、恐らく。
 極一般的なコトの始まりと、この辺は余り大差ない……のだろう。
 双方共に、男だと云う事実を抜かせば。
 なので。
 辿々しく、初々しい一一本当に、この表現は正しいのだろうか一一お二人さんが、お布団の中で蠢いて致す、『前哨戦』など余り具体的に語ってみても、特筆することはなく、面白くも何ともないと思われるので、割愛。
 威勢良く、ぶっ飛ばさせて頂く。
 唯、まあ、極一般的なコトの際、極一般的に、世間の皆様がそうなるだろうように、二人共それなりに……否、とっても?
 『気持ち良く』なったらしいことだけは、伝えさせて貰いたい。
 どの程度のレベルまで、彼等のお躰がほややんモードに突入したのかは、当事者以外は預かり知らぬことなので、推測でしかないのが、誠に申し訳ないが。
 ……以上、現場レポート。
 一一閑話休題。
 さて、実際のレベルの程は何処までも謎だが、前哨戦の結果、一応、躰の方は、ほややんモードになったセッツァーとエドガー。
 前回のデートの時、脱いじゃいなかったけど、ここまではクリアしてる、だから今日はこの先っっ! と。
 ピンク色の霞み掛かった脳内の片隅で、互い、一寸した緊張を覚えつつも。
 大丈夫です、覚悟の程はOKです、とエドガーは、セッツァーに縋り付いた。
 縋り付いた、と云っても、本当にダイレクトに、ぐわしっ! と抱き着くと、こういうことの最中には、そうなって貰わなきゃ困るんです、ならなかったら病気です、だからー……と云う訳で、元気になっちゃってる自分の一部分と、同じく元気になっちゃってるっぽい、セッツァーの一部分が、否応無しに、双方の肌に触れてしまうので、結構、腰は引けていた。
 そして。
 ていっ! と、恋人に及び腰ながらも縋り付かれたセッツァーは、大丈夫、おにーさん怖くないし、優しくするし、とオヤジモード全開な仕種で、が尤も、そんな彼もエドガー同様、及び腰にて恋人を抱き返し。
 一瞬だけ、『どっち』を先にするべきか、と彼は悩んだが。
 元気になっちゃってるトコを『虐めた』ら、何かそれで終わっちゃいそうな気がする、だって男はイったらお終いだし。
 男の身体が描く、コトの最中の快楽曲線は、達しちゃったら最後、急降下だしー。
 立て続けに、二回も三回も出来るなんて、ファンタジーの世界ー、と。
 そんな思考に従い。
 片手でエドガーを胸に抱く姿勢を何とか保ちつつ、ふんぬともう片方の手で辺りを弄って、セッツァーは、先程己が寝台脇にこっそり置いた、オイルの小瓶を探した。
 腕吊りそう……と、ちらり、情けないことを思いつつ、間を保たせようと、エドガーの耳元で、うんたらぴーたら、あまーい台詞を吐きつつ。
 目一杯伸ばした腕の先に触れた瓶を何とか手繰り寄せ、ペコリ蓋を開け、うにうにと、利き手の指先に馴染ませて。
 そろりとセッツァーは、たった今、背中から抱き直したエドガーが、数十分程前、これまでの生涯の中で最大の勇気と根性を振り絞って『清潔』にして来た『部分』に、滑った指先を忍ばせた。
「ひぇっっ」
 ……その途端。
 エドガーからは、叫びが上がる。
 どうやら恋人の指先が、彼にとっては余りにも、冷たかったらしい。
 しかし、ムードもへったくれもないエドガーの叫びにもめげず、ツンツン、とセッツァーは、『目的地』を突いて。
「……力、抜け」
「…………抜けと云われても……」
「じゃないと、痛いと思うぞ?」
「……だって……」
 感じた冷たさの所為で、もう間もなく行われるだろうことを予測し、物凄い勢いで全身を固くしてしまった、エドガーを宥め透かし。
 つるん……と一一嫌な擬音だ一一、とうとう目的地への、指先の侵入を果たした。
 一一一一が。
「…………いっっっ…!」
 直後、絶叫を飲み込んだような、半端な悲鳴を放ち。
 とっても素晴らしい、防衛の為の反射行動で、エドガーはセッツァーの利き手の手首を、渾身の力で握り締めた。
「痛……。エドガーっ、放せっっ」
 幾らエドガーが、セッツァーにとって、最愛の『まいすいーとはにー』であろうとも、相手は男、そして、一応は一国の王様であり、武人。
 そんな彼に渾身の力で手首を握り絞められたりすれば、痛いことこの上ないので。
 セッツァーは、彼的には暴挙に及んだエドガーに、苦情を訴えたが。
「私だって、痛いっ!」
 エドガーはそのまま、恐らくは本能に従って、セッツァーの腕を、捻り上げた。
 

12/26/2002 『以前』の問題 その五
 
 バッと、己の臀部の辺りに腕を伸ばして、エドガーはセッツァーの腕を一一体勢的にかなり辛いものがあったら、そんなことを気にしている暇はエドガーにはなかった一一捻り上げ。
 セッツァーは、ぎゅむぎゅむ手首を締め付けて来るエドガーの手から何とか逃れ。
 ゼーハーと、本来の目的だった運動をこなした訳でもないのに、肩で激しく息をして。
 勢い、寝台の端と端にそれぞれ退いた彼等、闇の中、相手がいるだろう方角を向き直った。
「お前、な……」
 暗闇の中で、と云っても。
 うすらぼんやり、相手の姿は掴めるので、そのシルエットをうんざりと見遣りながら、セッツァーがぼやいた。
「そんなこと云ったってっ! 痛いものは痛いのだから、仕方ないだろうっ!」
 呆れたような声音に、恋人が言外に含めた意味を汲み取って、エドガーは喚いた。
「そりゃ、そうなんだろうとは思うが……。一一物すごーーーーーく下劣だが、高々、指の一本だぞ?」
「…………君も、味わってみる?」
 先程までの、ほややんモードは何処へやら。
 下世話と云うか、下劣と云うか、ま、ある意味切実ね、な会話を、ベッドの端と端に避難し、彼等は続ける。
「本当に痛いんだってばっ。信じたくないくらいなんだってばっっ」
「そう云われてもだな……」
「だからっ。そんなこと云うんだったら、君も体感してみればいいだろうっ!」
「エドガー。そう云うことを俺は云ってるんじゃない。そのー……な。痛いのは不憫だと思うし、申し訳ないとも思うが、ちったあ我慢して、慣れないと……この先に進めないと思うんだが……」
「……うっ……。い、云われなくたって、私にだって判ってる、そんなのっ」
「だったら一一」
「一一でもっ! 痛いものは、痛いっ」
 一一そうして。
 深夜の寝室で交わすには、余りにも不毛過ぎる話をする内に。
 とうとう、エドガーは涙ぐむ気配を漂わせた。
 どうやら、退行現象の一種のようだ。
 簡単に云えば、お子様化、とも云うが。
「おい…………」
 故に、エドガーのお子様化現象を目の当たりにしたセッツァーは。
 どうすりゃいいんだ、と、真っ暗な天井を仰いで、溜息を零しつつ、寝台の上を這い、エドガーを抱き寄せ、あやし始めた。
「もう、ヤだーーーっ。こんなこと、嫌ーーーーーっっ」
 ぐすぐす、べそべそ、泣きながら、よしよしと慰めてくれる恋人に、駄々っ子モードのエドガーは縋り付く。
「ああ、悪かった、悪かった。俺が悪かったから。もう、今夜は寝よう?」
 別に俺は悪くない、悪いことをした覚えもない、なのに何で、謝ってるんだろう、と思いつつも、エドガーを抱く手に力を増させて、下手に出てやるのが一番か……と、セッツァーは、半ば無理矢理、恋人を毛布の中へ押し込めた。
「やだーーーっ。こんな苦労、もうやだーーーーっっ」
「判った。判ったからっ。もう、寝ろ」
 もふもふ、シーツの上で寝場所を探し。
 ぐちぐち、泣き言を続け。
 エドガーは寝の体勢に入る。
 セッツァーもセッツァーで、投げやりに、エドガーの愚痴を遠くに流し、眠ろうと決めた。
 セッツァーとエドガーの、先程までは『お元気』だった身体部位に、もう力なぞない。
 二人共に、これでも尚、勇猛果敢に、目的に挑む気合いはない。
 気分だって削がれちゃって、もう、どうでもいいや、って感じだし。
 ……と云う訳で。
 彼等は、去り行く雲を追ってみたってー、な心境のまま、瞼を閉ざし。
 お休みなさい、とふて寝した。
 眠る寸前。
 ああ、そう云えば、痛いの痛くないのって、物凄い個人差あるって話だったよなー……と、仲良く、そんなことを考えながら。
 空ろな気分に任せてふて寝をしてしまった結果、朝目覚めた時、爽やかーな朝日の元、寝台脇のテーブルに散乱する瓶だの避妊具だの、シーツの隅で丸まってる、ちょーっとばかり薄汚れたローブだのと対面して、赤面しつつ、アタフタする羽目になる、と云う、数時間後の己達の運命も知らず。
 ピヨピヨ、寝息を立てて、セッツァーとエドガーは、夢の中へと逃避した。
 結ばれるの結ばれないの、出来るの出来ないの、と云う以前に。
 自分達の関係を進める為には、受け手に廻ったエドガーの、ああ云う類いの痛みにとっても敏感らしい、と云う身体問題をクリアしなければならない、そんな現実に泣き濡れつつ。
 

12/27/2002 学習不足 セッツァーさんの場合
 
 今日こそはっ!
 ……と、そんな意気込みで、挑んだのに。
 恐らくはエドガーの体質の所為で、物の見事に玉砕してしまった、逢瀬の夜が明けた翌日。
 この世の終わり、とでも言いたげな風に、がくりと肩を落として、盛大に溜息を零しつつ、飛空艇を駆ると。
 先日、『色々』なお勉強をする為の手配をしてくれた、女衒の親分の家をセッツァーは訪れた。
 通された応接間の椅子に座り。
 彼の顔を見遣るなり、ニヤリと笑った女衒を捕まえ、セッツァーは、長椅子の突っ伏さんばかりの勢いで、延々、愚痴を垂れた。
 いや、もとい。
 悲劇一一正しくは喜劇一一に終わった自分達のホニャララーに関する相談を、吹っ掛けた。
 すれば。
 セッツァーの愚痴……ではなかった相談を聞き終えた女衒は。
 組んでいた腕を解くのも忘れて、そのままでは後ろにそっくり返るんじゃないかと心配になる程身を捩って大爆笑をし始めた。
 なので。
「……何がそんなに、可笑しい……」
 バシバシ、机を叩きながら大受けしている悪友の態度に、セッツァーは憮然となる。
「あったりまえだろうっ! これが、笑わずにいられるかっ! 真面目ってーか、純ってーか……。物事、余りにも真剣にやり過ぎると、滑稽って、いい見本だなあ、その話」
 だが、この辺りでは泣く子も黙る程の人物である女衒は、腹の底からの笑いを、ヒイヒイ、涙さえ零しながら続け。
 ゲホゲホと噎せるまで、『笑い話』を堪能すると。
「…ま、まあ、相談ってことだから、助言はしてやるよ」
 微かに肩を震わせながら、何とか彼は、真顔を作ることに成功した。
「……笑い過ぎだ、馬鹿野郎……」
「まあ、そう云わず。一一そうだなあ。お前の話から察するに、どー考えてもそりゃ、お前の惚れた相手が、マズかった、って事だわな。痛がる奴は、とことん痛がるからなあ。でも……それでも何とかしたけりゃ、お前さんが宥め透かして、何とか慣れさせるか……そうでもなきゃ、家の色子共みてぇに、道具でも使って『広げて』やるか、だな」
「…………広げる……って……お前……」
 漸く、強面を取り戻した悪友のアドバイスに。
 セッツァーは唯、遠い目をする。
「仕方ないじゃねえか。お前さん、その相手を諦めたかぁねえんだろう? だったら、何とかするしかない。そもそも、何も知らねえ者同士が、いきなりコトをおっぱじめようたって、早々上手く行くもんじゃねえよ。一一ま、今回は、相手の体質が悪過ぎた、ってことがお前さんの不憫の理由だな」
「……あー、そうかい……」
 だが、セッツァーの遠い目など何処吹く風の女衒は、ふと、真実の真顔を作り。
「しかし……そんなに痛がる相手だってんなら、向こうさんに、『具合』を良くして貰うってのも必須だが。お前さんも、かーなーり、技量求められっぞ? 大変だなー。励めよー。他の男で試したくはないんだろ? 精々、頑張りな。傷つけたりしちまったら、可哀想だぞ?」
 励ましているんだか、いないんだか、どっちなのでしょうか、と云いたくなるような言葉を続けた。
「……参考までに聞くがな」
 悪友が、真剣な顔をして語ったことを受け。
 相変わらずの遠い目をしながらも、セッツァーが口を開いた。
「何だ?」
「技量、ってな。『何の』技量だ?」
「ん? 技術って奴だなあ。テクニック、とも云うが」
「……だから、何の」
「抱く時の」
「んなこたぁ、承知してるんだよ」
「ああ、だからーって、お前さん、あそこの女将から、聞いてないのか?」
「………………何を?」
「……あの、な」
 一一一一お前の指す技量とは、一体、何の事なのだ、と。
 徐に口を開いたセッツァーが、そんなことを言い出したから。
 学習不足、とばかりに。
 女衒の親分は、とある事をセッツァーに伝えるべく、重々しく口を開いた。
 
 

12/31/2002 学習不足 エドガーさんの場合
 
 一生懸命。
 今まで生きて来た人生の中で、最大の努力と根性を振り絞ったつもりだったのに。
 結局、余り大っぴらには言えない処か、己自身も思い出したく無いです、な『初夜』以前、を経験してしまったエドガーは。
 セッツァーと分かれた翌日、又、どんよりドヨドヨ、落ち込んでいた。
 一一自分の所為ではない、と。
 良く判ってはいる。
 セッツァーの所為でもないと云うのも、充分過ぎる程に、彼は承知している。
 だが、一言で言い表わすならば、ま、体質的に不幸だったって奴? な所為で、どうにもこうにも上手く行かなかった『初めてーの、夜ーー。スイートな筈ーーの、夜ーー』が、何処までも果てしなく、幻想でしかなかったことは、エドガーにとって、かなり巨大な落ち込みポイントとなり得たし、打ち砕かれた幻想がもたらした結果は、へこんでへこんで、へこみまくるに、余り有り過ぎた。
 一一でも。
 一応は、さすが国家元首、と云ってやった方がいいのだろう。
 ここでめげちゃいけないっ! ここで挫けたら、未来にあるのは、死ぬまで続くフラトニックラブ、と、エドガーは奮起し。
 嫌々ながらも一一だったらいい加減、諦めて、老いても繰り返される清い交際に甘んじてもいいと思うのだが一一、もう一度、ばあやが『差し入れ』てくれた虎の巻を、熟読し始めた。
 すれば、そこには。
 前回その本に目を通した時、書かれていた内容の余りの強烈さに、思わずスルーパスしてしまった件があったことに、彼は気付き。
 やっぱり、嫌々ながら、恐る恐るながら、問題の箇所を、今度こそ読み洩らすまい、と、指でなぞりながら、エドガーは読み始める。
 ……極端から極端に走る御仁だな、とこちら的には思ったりなぞもするが、まあ、それは良しとして。
 ああ、それも恋の為なのね、貴方、と涙さえ誘うお姿で、確かに、その前後に目を通した記憶はあるけれど、中間部分は読み洩らしてしまいました、な箇所に、再度チャレンジしたエドガーは。
 何度かそこに、繰り返し目線を走らせた後。
 ぱふん、と音も高く本を閉じて。
 きゅっ、と胸に、その本を抱き。
 両の眦に、溢れんばかりの涙を溜めて。
 寝台の中に潜り、頭まで毛布を被って、さめざめと泣きながら。
 ちょっち、己が運命を呪った。
 


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