詠人を守りはする、と誓ったものの、何故、三代将軍の命に背き、そうしている事が出来るのか、その部分を吐こうとしない影の相手を、足留めもかねて主人に押し付け。
賑やかとも、静かとも言えぬ、四人にての夕餉を終えた後、雪と詠人は、雪が寝所として使っている座敷で、向き合っていた。
「色々、黙ってて、すまなかった……」
蝋燭の明かりが何故か乏しく感じるその部屋で、正面に在る雪を見遣り、誤魔化しのような笑みを浮かべつつ、詠人が云った。
「それは俺も一緒だ。そう云う意味でなら、五分と五分だな」
お互い様だろう、と、雪は軽く笑った。
「でも……君と私では、立場が違うよ…。君が頭を下げなければならない事なんて、何一つとしてないけれど、私は……」
「俺とお前の立場の、何が違うってんだ」
「私はこうして生きていても、誰にも迷惑を掛けるばかりの存在でしかない。でも君は、そうじゃないだろう? 君が生きている事を、君の父上……有馬殿は、厭いはせぬだろう? ……君には、君が生きていて欲しいと願う親御様がいると云うのに。こんな事に巻き込んでしまった……。従兄弟同士である事も知らず、あんな事まで……」
その時雪が浮かべた笑みは、詠人の慰めにはならなかったらしく。
霞むような微笑みから、つい、と顔を逸らして、女人のような指先で、彼は口許を押さえ、何か、覚悟でも決めるように、瞼を閉じた。
「俺達の血の繋がりに、何か意味があるとでも云うのか?」
今、詠人が感じただろう覚悟を、うっすらと察して、雪の眼(まなこ)が半眼になった。
「伯母上一一お前の母は既に亡く、父親も、お前とは折り合いが悪いかも知れねえ。だが、お前に生きていて欲しいと願うのは、親ばっかりじゃねえだろう? ……俺は、惚れ抜いたお前に、俺の為に生きろと願える。それじゃ、駄目だってのか? 衆道※13なんて、珍しい話じゃない。血の繋がりがあるからって、俺は臆さねえよ。何の覚悟を決める必要があるってんだ」
「そんな……。それじゃあ私は、有馬の叔父上に、申し訳が立たない……っ。母上が持っていたような信仰なんて、私にはないけれど、母上も叔父上も、きっと一一」
細められ、少しばかり語調が強くなった雪の態度に、詠人の頬は、益々苦しそうに歪む。
亡き母や、見た事のない叔父へ、申し訳ない事は出来ない、と、袴の膝の上で、きゅっと彼は拳を作った。
しかし、雪の仕種は、何一つとして変わらず。
「それがどうした」
「雪っっ」
「バテレンの信仰なんざ、俺にだってねえよ。親連中がそうだとしても、俺にゃ関係のない話だ。俺は、お前がいればいい。それだけでいい。有馬の家なんぞ、とっくの昔に捨てた。一介の素浪人がどう生きようと、御天道さんだって気にはしねえさ。……お前とて、松平の名を、後生大事に抱えてる訳じゃねえだろ?」
「それは、そうだけど……」
「一一それとも、何か? もうお前は、俺の事なぞ何とも想っちゃいねえか? だから、もう共は居られない、そんな覚悟を決めるのか?」
詠人を追い込むような言の葉を、雪は重ねて行く。
……もう、惚れてはいないのか、と、そう尋ねる彼に、詠人は強く首を振った。
「ずっと……ずっと、一人で生きて来た私が、初めて手に入れた人なのだもの。惚れ飽きるなんて……そんな事、有り得ないよ」
「…………なら。躊躇うのも、尻込むのも、なしにしろ」
一一燃え行く蝋燭が、乏しくなって来た座敷の直中で、正面から向かい合っていた詠人に、雪は、腕を伸ばした。
「……あ…」
くい、と、痛む程しっかりと掴んだそこを引いてやれば、崩れた詠人の躰が、雪の胸に凭れた。
柔らかな指先に、己が指を絡め、握り込み、雪は、しなだれ掛かった詠人の肩を抱く。
「…唯一つだけ、俺が決めなけりゃならねえ覚悟があるとしたら、何が有ろうと誰を斬ろうと、お前を守り通す、それだけ、だな……」
広い、雪の胸に、そっと頬を押し付けた詠人を、しっかりと抱き包んで。
何処より忍び込んで来たすきま風が、フ……と蝋燭の炎を消し去ったが為、障子越しに射し込む雪明かりだけが頼りとなった、その座敷にて。
雪は、詠人の額に、唇を寄せた。
※13 云わずもがなかも知れないが、男色(ホモセクシュアル)の事。念の為。昔はかなり、一般的だったようで。
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