翌朝。
主人は、こんもりと積もった庭の雪を眺めながら縁側に腰掛け、エドに髪を結い上げて貰っている、彼から見れば、未だに若君であるセツを。
影は、細い、藤色の組み紐を唇で銜えつつ、柘植の櫛で丁寧に、セツの髪を梳くエドを、それぞれ、伺っていた。
昨夜、互いの止ん事無き事情が明らかになったと云うに。
相変わらずの風情で、仲睦まじそうな彼等を、憮然と彼等は見守る。
セツの襟足を被っていた手拭いを取り去りながら、手鏡を渡すエドも、エドを振り返るセツも、あからさまに幸せそうで。
「何処ぞの馬の骨のままの方が、未だ良かった……」
セツ自身がそう受け止めてはくれずとも、生涯を賭して仕えると決めた若君の有り様に、主人は項垂れた。
「詠人様のお相手が、雪様でさえなければな……」
影も又、叶う事なら斬って捨てたい、と云わんばかりに、溜息を付いた。
一一が、落ち込む主人の傍らで。
「まあ、でも。我らが胸を煩わせるあの様も、上手くすれば限りあるものかも知れぬから」
ぽつり、影は異な事を、小さく呟いた。
※14 Sethと書いて、セツ。旧約聖書に出て来る。カインとアベルの出来事の後に産まれた、アダムの息子の名前。
※15 St. Eadgyth(セント・エディス。若しくはセント・イーディス)。イングランドのエドガー温和王の娘(セツもエドガーも、本当に洗礼名に使うかどうかは、ちと疑問)。
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