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							 突然、背後より聞こえた、する筈のない男の声に。 
							 はっとエドは身を捩って振り返った。 
							 己へと近付いて来た侍が、鞘から白刃を抜き掛けている事を、刹那失念し。 
							「……セツっ!」 
							 嘘でなく、幻でもなく、細雪の向こうから駆けて来るセツへと、彼は数歩、走り寄った。 
							 一一途端。 
							 鋭く振り上げられた刀の切っ先が、細かな雪を纏わり付かせて、灰色の空の下、翻った。 
							「あっ…………一一」 
							 風を斬る音、何かを断つ音、沸き上がったそれらが治まり。 
							 セツへと向かっていたエドの足は止まる。 
							 小さな呟きを洩らして彼は、とさりと、異様な程軽い音と共に、雪道へと倒れ込んだ。 
							 辺りには、白い雪を染める紅色の雫が点々と散り、伏したエドの躰から流れ出した『暖かさ』が、散った紅の上に、更なる紅を滲ませていく。 
							「エドっ!」 
							 崩折れたエドの傍らにセツは駆け寄り、その身を抱き上げた。 
							 袈裟掛けにされた躰より溢れる血は留まる処を知らず、エドの、長い絹のような髪も、抱き上げたセツの両の腕(かいな)も、生温く濡らす。 
							「エドっ。おい、エドっ! しっかりしねえかっっ」 
							 一一この、降り続ける雪の所為で。 
							 男の足が、微かに滑ったのかも知れない。エドの足下が、揺らいだのかも知れない。 
							 その理由は判らぬが、血を流しはすれど、命を取り留め、浅い呼吸をしている彼に、セツは呼び掛けた。 
							 すれば、セツの腕の中にて、うっすらとエドは眼(まなこ)を開き。 
							「…セ…ツ……?」 
							 震える腕を、エドは、セツの頬へと伸ばした。 
							「…………大事ないから。ちょいと……ああ、少しだけ、待ってな……」 
							 凍えた、揺れる白い指先を強く握り、セツはエドを抱き上げる。 
							 次々と、刀を抜き構える男達を、怒りに満ちた眼差しだけで制し。 
							「雪様っ!」 
							「雪之丞様っっ」 
							 漸く追い付いたらしい主人と影に、彼はエドを預ける。 
							「あの、薮医者の処へ連れてけ。……早くっ!」 
							「しかし……」 
							 手負いのエドの躰を預かりつつも主人が、去り難そうな呻きを洩らした。 
							「ここへ向かう道すがら、仲間に繋ぎを取って来た。だから、ここは任せて……一一」 
							 影は、セツもこの場より去れと、そう云い掛けた。 
							「……戯けた事、抜かしてんじゃねえよ……」 
							 けれど、セツは。 
							 鋭く、影の面を睨み。 
							「落とし前は、俺が着ける」 
							 腰の刀を鞘ごと取り上げ、瞳の高さに持ち上げて、白刃を露にすると。 
							 トン……と、自ら鞘を、その場に放り投げた。 
							 
							  
							  
							
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