左手で掴んだエドの指先だけは離さず、右手を、襟元から懐へと突っ込んで、セツは眠った。 
							 そう遠くない行く末、エドが目覚めるとセツは信じているから、彼が眼開いた時にはまっ先に、その双眸を覗き込みたいと、願って願って。 
							 故に、片時も眠らず、こうしていたが……彼とて、人の子である以上、どうしてみても、限界と云うものはあり。 
							 うつらうつらしながら、大分血の匂いも消えて、本来の香りを取り戻しつつあるエドの隣で、セツは、夢も見ずに。 
							 
							  
							 又、空の加減が、少し悪くなって来たのか。 
							 寒さを覚えてセツは、ふるり、身を震わせ、閉じていた瞼を開いた。 
							 障子を向こうより照らしていた陽は、何時しか陰ったのか、それとも落ちたのか、もう、陰りさえも伺えず。 
							 僅かのつもりだったのに、随分と眠っちまったと、布団に乗せた頭を彼は、少々揺すった。 
							 眠っていた間も、エドの手を離す事はなかったと、己の温もりを移した指先の存在を確かめ、伏せ加減だった面を持ち上げ、瞳巡らし。 
							 あ……と彼は、息を飲んだ。 
							 巡らせた眼差しの行き着いた場所、目と鼻の先には、横顔しか伺えなかった筈の、エドの面があって。 
							 確かな意志を持ち、己が手を握り返して来るエドの目が、自らへと注がれているのが判ったから。 
							「……目、覚めたか?」 
							「うん…」 
							 これが、真であるのかと云いたくなった、自身の疑いを晴らそうと、セツはそっと、エドに話し掛ける。 
							 それへ、微かな頷きをエドは返した。 
							「お前の目覚めが、ちょいとばかり遅かったんでな……。雪、溶けちまって。もう一度、雪兎を見せてやれなくなっちまった……」 
							 何時の間にか気付いていた彼に、セツはそんな詫びを告げる。 
							「未だ、冬はこれからだから。幾らでも、雪は降るよ……。今度雪が降ったら、又、作ってくれたら、嬉しい…」 
							 未だ、頬の赤みを取り戻せぬ顔に、エドは笑みを浮かべた。 
							「何度でも、作ってやる。…お前が、ここにいるってならな。来年も、再来年も。お前が俺の傍にいるってなら、幾らだって。……どうする? ここにいるか? 傍に……いるか?」 
							「……いるよ。『ここ』にいる。今、そう決めた……。何が遇っても、きっと君が、『全て』を守ってくれるんだろうから……」 
							 向けられた笑みに、セツもやはり笑みを返し。 
							 返された笑みに、エドは笑みを深めた。 
							「お前がそう云ってくれるなら。梅が咲く頃も、櫻が咲く頃も、一緒にいてやるよ」 
							「…………山吹だけは、君と愛でたくないけどね※20」 
							 一一そうして、彼等は、そんな戯れ言を言い合い。 
							 陰りゆく座敷にて、くすり笑い合った。 
							  
							  
							 ※20 山吹の色は浮気の色と、まあ、そんな例え話より。 
							 
							  
							  
							
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