周りの者達にはあからさまに渋い顔をされたが、この数日、酒以外を飲み下そうとはせず、又、それ以外を得たいとも思えなかったセツは、エドの眠る座敷にて、目覚めぬ彼の手を握りながら、不意に重たくなった瞼に、負けようとしていた。
 時折、すい、と引き抜かれるように途絶える意識に抗いつつも、胡座を掻いた姿勢を崩さぬようにと、彼は努めていたが。
 このままでは、何処に倒れ込んでしまうか判らないと、エドの布団の片隅に、ほんの少しだけ頭を預け、体を崩し、想い人に添うように横たわり、静かに彼は眼を閉じる。

 左手で掴んだエドの指先だけは離さず、右手を、襟元から懐へと突っ込んで、セツは眠った。
 そう遠くない行く末、エドが目覚めるとセツは信じているから、彼が眼開いた時にはまっ先に、その双眸を覗き込みたいと、願って願って。
 故に、片時も眠らず、こうしていたが……彼とて、人の子である以上、どうしてみても、限界と云うものはあり。
 うつらうつらしながら、大分血の匂いも消えて、本来の香りを取り戻しつつあるエドの隣で、セツは、夢も見ずに。
 

 

 又、空の加減が、少し悪くなって来たのか。
 寒さを覚えてセツは、ふるり、身を震わせ、閉じていた瞼を開いた。
 障子を向こうより照らしていた陽は、何時しか陰ったのか、それとも落ちたのか、もう、陰りさえも伺えず。
 僅かのつもりだったのに、随分と眠っちまったと、布団に乗せた頭を彼は、少々揺すった。
 眠っていた間も、エドの手を離す事はなかったと、己の温もりを移した指先の存在を確かめ、伏せ加減だった面を持ち上げ、瞳巡らし。
 あ……と彼は、息を飲んだ。
 巡らせた眼差しの行き着いた場所、目と鼻の先には、横顔しか伺えなかった筈の、エドの面があって。
 確かな意志を持ち、己が手を握り返して来るエドの目が、自らへと注がれているのが判ったから。
「……目、覚めたか?」
「うん…」
 これが、真であるのかと云いたくなった、自身の疑いを晴らそうと、セツはそっと、エドに話し掛ける。
 それへ、微かな頷きをエドは返した。
「お前の目覚めが、ちょいとばかり遅かったんでな……。雪、溶けちまって。もう一度、雪兎を見せてやれなくなっちまった……」
 何時の間にか気付いていた彼に、セツはそんな詫びを告げる。
「未だ、冬はこれからだから。幾らでも、雪は降るよ……。今度雪が降ったら、又、作ってくれたら、嬉しい…」
 未だ、頬の赤みを取り戻せぬ顔に、エドは笑みを浮かべた。
「何度でも、作ってやる。…お前が、ここにいるってならな。来年も、再来年も。お前が俺の傍にいるってなら、幾らだって。……どうする? ここにいるか? 傍に……いるか?」
「……いるよ。『ここ』にいる。今、そう決めた……。何が遇っても、きっと君が、『全て』を守ってくれるんだろうから……」
 向けられた笑みに、セツもやはり笑みを返し。
 返された笑みに、エドは笑みを深めた。
「お前がそう云ってくれるなら。梅が咲く頃も、櫻が咲く頃も、一緒にいてやるよ」
「…………山吹だけは、君と愛でたくないけどね※20
 一一そうして、彼等は、そんな戯れ言を言い合い。
 陰りゆく座敷にて、くすり笑い合った。
 

 

 ※20 山吹の色は浮気の色と、まあ、そんな例え話より。

 

 

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