深々と降る雪が、庭先を全て、白一色に染めても。
 顔馴染みの町医者と飲みに出掛けたらしい主人が、帰宅して来る気配は一向に感じられなかった。
 背の向こうに、パチパチと爆ぜる囲炉裏を背負い、手を重ねつつ、障子の向こうの雪景色を、彼等は見ていたけれど。
 今宵、主人は帰らぬかも、と、どちらからともなく立ち上がり、雨戸を閉ざし、障子を閉ざし。
 閨へと向かった。
 帯を解く音、袴を脱ぐ音、それさえも密やかに。
 襦袢だけを纏って彼等は、一つの床に横たわった。
 身を預けたそこは、今宵の寒さを物語らんばかりに冷たく。
 自然、身を寄せ合い。
 互いの温もりを奪う如くに抱き合った。
「あの……」
 それぞれが、それぞれを掻き抱(いだ)いて、暫し。
 消え入りそうな、詠人の声が湧いた。
「……何だ?」
 どれだけ待とうとも、人肌を移さない冷たい床の中で、雪は一層、詠人を抱き寄せる。
「笑わ……ない……?」
「何を」
「その……私は、この年になっても……知らない……んだ、何も……」
「女、も?」
 これだけ身を寄せていても、拾うのがやっとの詠人の告白に、不躾な問いを返し。
 こくり、と頷く気配を、胸元の揺らめきで感じて、雪は、詠人を抱く腕に、再び力を込めた。
「笑うような事じゃねえだろ。俺にとっては、な。喜びこそすれ……一一」
 詠人の髻(もとどり)※6を解きながら、こめかみ辺りに雪は唇を触れさせる。
 ぴくりと身を捩った詠人が、雪を見上げる眼差しは、激しく揺れていた。
「どうしたら……いい、のか………」
「判らない、か?」
「……ああ…」
「なら。目を閉じて。俺に縋って。じっとしてれば、いい……」
 不安と戸惑いで、泣きそうに顔を歪める詠人の眦を、軽く舐め上げ、瞳閉ざさせ。
 雪はふわりと、己が身の下に、詠人を閉じ込めた。
 言付に従い、詠人は大人しく、雪の首に両腕を絡げ、縋った。
 襦袢の襟を寛げても、腰紐を解いても、廻された詠人の腕は、逃げては行かなかったが。
 その先に、何が待っているのか知らぬ彼が、それでも震えているのは、雪へも伝わったが故。
「惚れちまったんだ。お前を、俺のものにしたいと思う程に。……だから…この先に何があっても、逃げるな」
 彼は、正直な想いを、詠人へと告げた。
 一一雪の想いに。
 頷きだけの応えが返された。
 閨の闇の中で、詠人の瞼が開かぬのを確かめ。
 雪の唇と舌は、暴かれた詠人の胸元へと落ちた。
 躰を抱き締めていた腕の一つは、合わさっていた膝頭を割り、内股を伝った。
 ……それだけで。
 詠人の躰は仰け反り。
 絡げた腕から逃げて行くかのように下へと降りていく雪を引き止めようと、指先は、襦袢の肩をきつく掴んだ。
「……やだ……っ」
 恐らくは。
 怖い、と云う想いが、詠人に拒絶を呟かせたのだろう。
 瞳だけは開かず、彼は、ふるふると首を振った。
「…詠人……」
 そんな彼に安堵を与えるべく、雪は名を呼び。
 柔らかい接吻を施したが。
 接吻を与えた唇は、瞬く間にそこを離れ、頬を伝い、首筋を伝いしたから。
 雪に絡げられていた詠人の腕は何時しか、被い被さる躰を押し返そうとするように、雪の胸に添えられた。
 一一ばさり、と。
 やはり、髻を解いた己が髪を逆巻かせ、雪は詠人の両手を掴む。
 抗えぬ力で両の手首を取り、磔るように布団へと縫い止め。
 己が身を押し入れ、詠人の躰を、雪は開いた。
「…せ……つ……っ……」
 雪の名を呼ぶ、詠人の声が震える。
 なされた事に、怯える声音。
「逃げるなと、云ったろう……? それでも、逃げたいのか? 一一だが……お前が心底怯えても……もう、逃してはやれない……」
 詠人の様に、雪は宣告を成した。
 縫い止めた手首を離し、ほっと息を付いた彼を、抱え上げるように強く抱き締め。
 おずおずながら、詠人の腕が、己が背へと、廻った事に安堵して。
 雪は。
 詠人の胸を、激しく貪った。
 

 

 

 何も知らない人の肌を。
 初雪が降り続けるその夜、雪は愛し続けた。
 初めて放つだろう己が嬌声に、耳を塞いでしまいたそうな詠人を、何処までも追い詰めて。
 時掛けて寛げた詠人の中に、彼は、己が身を。
「……ふっ……ん……。んん……っっ」
 ゆるりと己を与えてやれば、詠人からは掠れた声が上がり、痛みを覚えたろう躰は攀じられ、目許には、涙が滲んだけれど。
 雪の『求め』が、止む事はなかった。
 最早、艶さえも失った、引き攣るだけの声すら、詠人は上げられぬのに。
 穿った己で雪は、詠人の意識を引き上げる。
 身を押し進める度、詠人の足先は蠢き、丸められた足指が、布団の織を掻いた。
 一一それでも。
 雪の背に廻された、詠人の腕は逃げて行かず。
 苦しさ故に立てられる爪は、雪の肌を傷つけたが。
 けば立つ痛みさえも、雪には心地よく。
 閉ざされたままだった、詠人の瞳が、刹那開かれて、雲を眺める眼差しを取り、再び、すっと伏せられた時。
 雪は、惚れ抜いた相手と一つになれた事を知り。
 

 

 ※6 頭髪を束ねた物の事。何と申しましょうか、簡単に云うなら、丁髷(ちょんまげ)の、髷の部分(丁髷の髷だけが、髻と云う名前じゃないんですが)ですな。あ、因みに、雪さんと詠人さんの髪型は、丁髷ではなく、現代風に云うならば、ポニーテールです(笑)。

 

 

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