そんな世の中だった所為か、あの頃の子供達は皆、ロト伝説が好きだった。

私自身も。

……私は、本当にロト伝説が好きだった。勇者ロトの物語が大好きだった。

勇者ロトの伝説ならば、一言一句、違えずに語れた。

大きくなったら、ロトのような勇者になって、竜王を倒しに行くんだ、と夢見ていたし、教会の神父や尼僧達を捕まえては夢を語った。

尤も、それは、当時の少年少女ならば、誰もが一度は夢に描いたことだったし、幼かった私にも、『夢物語』にしか成り得ない夢だ、との自覚はあった。

私達孤児の面倒を見、育ててくれたラダトーム教会の神父や尼僧達は、本当に良くしてくれたし、孤児同士、それなりに仲良くやれてはいたから、そういう意味での苦労は余り無かったが、やはり、身寄りの無い、氏素性も判らない孤児と言うのは、有り体に言ってしまえば弱者で、私達は、魔物や竜王などでなく、現実や将来と戦わなくてはならかった。

神や精霊の教えに従い、何事にも正しく生きろ、と神父や尼僧達には教えられたし、そのように在りたい、とも思ってはいたけれど、碌でもないものを目にする機会も、碌でもない話を耳にする機会も、決して少なくなかった。

それでも、食べる物に困らず、生きていく為の、否応無しの悪事に手を染めずに済んだ分だけ。

その手合いとだけは無縁でいられた分だけ、私は、恵まれていたのだと思う。

…………まあ……、とは言え、余り自慢は出来ない日々を送り続けた私が、十八になったばかりの頃だった。

そろそろ、成人後の食い扶持をどうするか決めなければ、と言う頃。

ラダトーム王女のローラ姫が攫われた。

王城から出ること無い筈の姫が連れ去られた、と言うのは、私含め、市井の者達には信じ難い話だったが、姫が攫われたのも、それを成したのは竜王配下の魔物達だ、と言うのも、事実だった。

その頃、十六だった姫は、国民くにたみの為に尽くすのを使命とする王族としても、女性としても、未だ未だこれからの方で、当時の国王ラルス十六世の一粒種──即ち、直系と言う意味では唯一の世継ぎでもあった為、王都中が──恐らく王城でも──動揺したが、ラルス十六世は、国王として、一人娘でなく、竜王討伐に関する事柄を優先した。

その所為もあってか、王国軍の兵士達が有志と言う形で結成した、余り規模は大きくなかったらしいローラ姫の捜索隊は、王都出立から長らくが経っても、ラダトームに報せ一つ入れられぬような状態だったそうだ。

────そうして、姫が連れ攫われてから半年後。

或る日突然、ラダトーム教会に、王城よりの使者が私を迎えにやって来た。

……何事かと思った。

国王陛下が、直々に使者を遣わされるような心当たりなど、私には一つも無かったから。

知らぬ間に、私は何か、王族や貴族達の気に障ることでもしてしまっていたのだろうか、とすら思った。

王族とも貴族とも、袖振り合う以下の縁すら無かったのに。

人と言うのは、案外、思い掛けぬ出来事に弱いのだと、あの時、私は思い知ったよ。

……けれど、国王陛下の使者を追い返す真似は出来ず、もしかしたら罰せられるようなことでも……、との不安に駆られつつも私は王城へ出向き、促されるまま、ラルス十六世に謁見した。

そして、国王陛下の御前で、耳を疑うしか無かった話を聞かされた。

私は、ロトの血を引く者だと。勇者ロトの末裔だと。

だが、そうと語り聞かされても、私には戸惑いしか返せなかった。

自身も知らぬ氏素性を他人に語られ、肯定しろと言われても、はい、とも、いいえ、とも告げられぬだろう?

故に、はあ……、だったか、そう言われても……、だったか、兎に角、そのようなことしか言えず、至極曖昧な態度を国王相手に取ってしまったのだけれど、ラルス十六世も大臣達も、直前にした事情説明など綺麗さっぱり無かった振りを決め込み、

「勇者ロトの血を引く者よ、其方を待っておったぞ」

などと言い出してくれ、挙げ句、その昔、勇者ロトが神より授かり、魔物達を封じ込めた光の玉が、悪魔の化身である竜王に奪われ、光の玉は闇に閉ざされてしまった、とも語り出して、極め付けに、

「この地に再び平和を! 勇者アレフよ! 竜王を倒し、その手より光の玉を取り戻してくれ!」

と、言って退けてくれた。

…………この時も、何事かと思った。何を言われているのかさっぱり判らなかった。

だのに、ラルス十六世は、旅立つ私への贈り物だ、とラダトーム王国兵の鎧兜一式と、旅の資金として一二〇ゴールドを授けて──と言うよりは押し付けて──きて、大臣達は大臣達で、実にわざとらしく、ローラ姫を助け出して欲しい、と耳打ちしてきて、何が何やら……、と混乱していた間に、私は、ラダトーム城の玉座の間から放り出された。

────私にも一応は、お前の先祖の一人でありロトの血を引く者としての、更にはローレシアの初代国王としての、こう……見栄と言うか威厳と言うか、そのような物はあるので、この手記も、『現在の地』で綴っているが、つい先程も書いた通り、十八になる頃まで市井の直中で生きてきたので、私の『昔の地』は少々違う。

それを、今、些少のみ出しても構わないか?

…………洒落でなく、本気で、あの時私は、贈られたばかりの鎧兜が納まる箱を、ラルス十六世の頭目掛けてぶん投げてやろうかと思った。

事情も能く判らない、何でそうなるかも理解出来ない、一介の孤児でしかない青少年を王城まで引っ張り込んだ挙げ句、そこまでの悪ふざけをして楽しいか、このクソ親父! ……と怒鳴り掛けた。

…………いいかい。お前は、こんな言葉は決して使ってはいけない。

──あー、兎に角だ。

王城に召し出された私は、理解及ばぬ話を聞かされ、訳の判らぬ事情で以て、竜王討伐並びに光の玉の奪還、と言う任務を、ラダトーム王より拝命──と言うか、な……──した。

鎧兜は与えられこそすれ、得物も無いまま。

お陰で、暫くの間、玉座の間の扉前で黄昏れてしまったが、致し方のなかったことだと、今尚、私は声高に訴えたいね。

だが、右も左も判らぬ王城内を右往左往している内に、少しずつ、私にも『事情』が知れてきた。

はっきり言って、我がことながら惨い話だと思うが、ラルス十六世以下、ラダトームの重鎮達は、私が、紛うことなく勇者ロトの末裔と、知っていた訳でも信じていた訳でも無かった。

彼等が知り得ていたのは、勇者ロトの直系が、ドムドーラに居を構えていた、と言うことのみだった。

要するに、私は、そのドムドーラが故郷であるのには違いなかった為に、勇者ロトの直系かも知れない、との可能性のみで、竜王討伐に駆り出されただけだった。

……これは、後になって知ったことだが、私が未だ、竜王討伐処か只の旅にも出せぬような歳だった頃から、自称他称問わず、勇者ロトの末裔、と名乗る者が幾人も王城に詰め掛けていたそうで、『世界に新たなる魔が現れし時は、勇者ロトの血を引く者も現れる』との、古き言い伝えだけに希望を見出していたラルス十六世達は、その都度、今度こそ本当かも知れない、今度こそ……、と期待し、ラダトームより送り出してみたものの、勇者ロトの末裔と名乗っていた者達は誰一人として戻らず。

その手の輩に辟易した王達は、やがて、本物のロトの末裔探しに乗り出した。

しかし、手を尽くしても、彼等に掴めたのは、ロトの直系が既に滅ぼされてしまったドムドーラに住まっていたことだけで。

あの頃のラルス十六世達は、半ば投げ遣りになっていたのだろう。

ドムドーラを故郷に持つ者達を、片端から順番に、竜王討伐の旅に送り出した。

────そう。

その順番が廻ってきたから。

あの日、私は王城に召し出され、竜王討伐及び光の玉奪還の使命を与えられたのだ。

……それが、事情と理由だった。